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再誕世界のルカ  作者: 葦原 綾真
第十一章 奇跡は胸の内に
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第五十二話 消えかけた灯

 その頃、隊列最後方で黒狼たちとの戦闘を続けていたセオやアーヴ、ユージンたちは、セオの獅子奮迅の働きもあり、黒狼たちの大半を討ち取っていた。

 新たに戦線に加わる黒狼もいないようで、最前線に立つセオやアーヴの視界には、こちらを警戒しながらうろつく個体が数匹残っているだけだ。

 しばらくすると、その数匹は後方の森の方へ耳を向けて立ち止まった。

「……打ち止め……いや、"退く"のか。」

「あんたもそう思うか。」

 残った数匹がこちらの様子をうかがいながら、森の方へ退いていく。

 セオとアーヴは大量の骸を前に、黒狼たちが消えていった森の方を見ていた。

「ああ、何らかの方法で黒狼どもをけしかけ、その数が残り少なくなったから"退いた"といったように見える。」

「攻めるか引くか、単身か複数か、ただの狼じゃねぇ。誰かが指示をしてたとして、その命令を聞いてたんだとすると、そこらの新兵よりよっぽど使えるレベルだ。」

「……同感だ。」

 いろいろとわからないことはあるが、黒狼という既存の獣よりも危険な種が一定数存在することと、黒狼を部隊として運用できるほどの"何か"があること、そしてそれを扱う勢力がいる、ということはわかった。

 その目的がわからない以上、まだ襲撃がある可能性は頭の片隅に置いておく必要があるが、こちらに比べ、あちら側の損耗率はかなり高いはずだ。

「こちらは数人が怪我を負ったのと、武装の消耗が酷い以外、目立った消耗は無い。少なくとも、今日のうちに再び襲撃にくることはなかろう。」

 自分の剣についた血を振り払い、鞘に戻すと、セオは森の方への警戒を緩めぬまま、ユージンやイアンたちの元へ戻ってきた。

「おそらくこれ以上の襲撃は無いが、しばらく警戒は続ける。だがアーヴ殿とお前たちは前方の側面警戒の部隊と配置を交代し、二人ずつ交代で少し休め。警戒は交代した部隊に任せる。」

 セオの指示の下、隊列の配置変更を行い、隊列はすぐに進行を再開することになった。

 次は先行して離脱させたフィリスたちに、少しでも早く追いつかねばならない。

 ルカにはノアを伴って先行するように指示はしたものの、今のところ伝令も報告も届いていないのだ。

 そもそも先行したのは二人だけなので、状況によっては報告に戻ること自体が難しいということもあり得る。

 焦れて落ち着かないが、残念ながらセオには状況を把握できるほどの情報はない。

「(あの爆発が何を意味するのか……誰か報告に戻してくれると良いのだが……)」

 不安は尽きないが、セオはそれを表情に出さぬよう、努めて冷静に振る舞う。

 そうして隊列の移動を再開して少し経った頃、セオのすぐ近くで周囲の索敵を続けていた索敵者(シーカー)の男が、ハッと何かに気付いた。

「セオ隊長。前方から集団が接近してきてます。馬が三……いえ、四頭、ですね。」

「馬だけか? 馬車はいないのか?」

「はい、馬車のような大きいものの反応はありません。」

 一体何が接近しているのか。セオの記憶にある先行した者たちの馬の数や人数と数が合わない。

 関係者ではなく、ただの行商や旅人なのだろうか。

 誰か馬に乗っている兵に確認に走らせるか少し考えていると、隊列の最前列にいる斥候担当の兵が声を上げた。

「セオ隊長! ノア様です! 後ろに二騎、リネットと殿下もいらっしゃいます!」

「何? 本当か!?」

「はい!」

 ノアとフィリスが馬で戻ってきたというその報告に、セオは耳を疑った。

 馬車で移動していたはずで、この雨の中を馬で移動するなど、普通は考えられない。

 とにかく、自らも前へ出て、主君を迎えねばならないと、セオは隊列の最前列へ走る。

 そうしてセオが斥候担当のところへ辿り着いた時、四頭の馬は目前まで戻ってきていた。

 報告通り、馬は四頭、ノアとリネット、フィリスが馬の手綱を握り、リネットの後ろにミリアらしき姿が見える。

 だがノアと共にフィリスたちの元へ向かわせたルカや、フィリスたちといたはずのエリナやエディルたちが見当たらない。

 加えてルカに預けたセオの愛馬は誰も乗せずにノアに引かれており、何があったのか、皆一様に表情が暗い。

 先頭を率いて来たノアは、厳しい表情でセオと向き合うように馬を止め、何かに焦るように話し出した。

「セオ隊長、説明等は後ほど。今すぐ隊列を止めてください! ミリア殿が重傷です。すぐに手当できる環境を……!」

「なにっ……!? わかった! おい、すぐに隊列停止だ! 救護の準備を始めろ! 急げ! 担架を持って来させろ!」

 セオはすぐに斥候担当に命じると、自分はそのままリネットの後ろにいるミリアの方へ歩み寄った。

 リネットの背に顔を埋めるようにして、動きを見せないミリア。

 一歩一歩近づくごとに、その身体が小さく、弱々しく震えていることがわかる。

 リネットの肩越しに、真っ青な顔で浅い呼吸を繰り返し、そして腰から下が出血で真っ赤に染まっていることが、次第にセオの目に飛び込んできた。

 出血量が尋常ではないことは見てすぐにわかる。これ以上の出血は――。

「セ……オ……」

「ミリア殿! マズいな、すぐに手当を……」

 顔をあげることもせず、視線だけをどうにかセオへ向けて、ミリアがか細くその名を口にする。

 セオはひと目見てミリアの状態にほとんど猶予がないことに気付いてしまった。いや、これはむしろ、手遅れの可能性すらある。

 リネットの身体から離れないように括り付けている革紐を解き、傷に障らぬように注意しながら馬から下ろすと、その身体をそっと担架に横たえてやる。

「セオ様、ミリア様の横には私がつきます。手当は急がねばなりませんが、濡れた服のままでは体温が下がって良くないはずです。私の手当は最後で構いませんので、とにかく身体を拭いて楽な服に着替えて差し上げないと……」

「そうだな。他に介助を頼める女性もおらん、頼めるか?」

「はい、おまかせ下さい。」

 ミリアを下ろした後、自身も馬から下りたリネットが願い出た。

 彼女自身疲労は色濃く、身体中雨と泥にまみれ、指先は怪我をし出血しているが、そんなことは構っていられない。

 リネットは、すぐにフィリスの方へ向き直った。

「殿下。殿下のお力が必要です。お手伝いいただけますか?」

 目を真っ赤にして、担架で運ばれていくミリアを見ていたフィリスが、リネットの声に振り向き、その目を見開いた。

 リネットと目が合う。

 一瞬、リネットは逡巡するかのように視線を泳がせたあと、もう一度フィリスの目を見た。

「……殿下、行きましょう。()()()()()()()()。」

 そばに居て、できることをしましょう。私たちにできることが、何かあるはずです。

 そう言わんばかりのリネットの赤い瞳に、フィリスの目がまた潤む。

「はい……はいっ……私も、行きます……」

 頬を伝う涙を拭いもせず、フィリスは馬を下り、リネットに手を引かれるようにして、ミリアを追っていった。

「で、殿下……」

 臣下の手当や介助など、王族のすることではない。

 反射的に呼び止めようとしたセオを、横からノアが手で制し、小さく顔を横に振った。

「セオ隊長、行かせて差し上げて下さい。動いていないと、不安でたまらないのだと思います。」

 ノアはそこまで言ってから、兵たちの動きを少し眺めるように見回すと、セオに向き直った。

「こればかりは私たちができることも多くはありません。信じて任せましょう。」

「そうだな……」

 セオやノアも応急処置の心得はあるが、衛生担当ほどの技量も知識もない以上、できることは多くはない。

 降り続く雨の中、二人の護衛騎士はミリアが運ばれていった天幕を見つめていた。




 ミリアの手当のために急遽立てられた天幕。

 その中央の寝台に、ミリアが寝かされている。

 ここへミリアを運び込んでから、衛生担当とリネット、フィリスはすぐに手当に取り掛かっていた。

 フィリスの感応術で水を準備し、フィリス自身とリネットはさっと身を清める。

 ミリアの濡れた衣服をすべて脱がせ、身体を拭いてから病衣のようなけが人用の衣服に着替えさせた。

 腹部の刺創は新しい当て布で押さえ、包帯で固定し、刺創部分が上になるよう、身体の左側面が上になるように体位を変える。

 もちろん天幕内も初夏とはいえ、気温が下がりすぎないように調整した上で、毛布で体温の低下を極力防ぐ。

「テオさん、次は何をすればいいですか?」

 リネットが衛生担当の男――テオバルトに次の指示を仰いだ。

 細身で白衣を羽織り、グレーの髪を後ろで束ねたその男は、ミリアの左手首に軽く触れ、脈を測っている。

「今できる処置はもうない。失血量が多いせいで、意識がな……」

 テオバルトの視線がミリアの顔を向く。

 ミリアは浅く呼吸をしながら、ぼんやりと遠くを見ている。時折テオバルトが頬や肩を軽く叩きながら声をかけているが、反応は良くない。

「意識を失わないように、手を握って声を掛け続けてくれ。あとは……ミリア様の体力次第だ……」

「そう……ですか。わかりました。私と殿下がミリア様のお側にいますので、テオさんはセオ様たちに報告をお願いします。」

「あぁ、何かあったらすぐに呼んでくれ。」

 リネットとテオバルトが話す様子を少し後ろで聞いていたフィリスは、すぐにミリアの隣へ進み、彼女の手を取ろうとしている。

 そんなフィリスの姿を見ながら、テオバルトは小さく息を吐き、天幕を静かに去っていった。

「ミリア、手当、終わったわ。気分はどう?」

 ミリアの手を優しく摩りながら、フィリスが声をかけた。

 血色の悪い青い顔で、弱々しく震えながら、ミリアの視線がフィリスを捉える。

「姫……さ……、寒……い……」

「うん……うん……そうね、少し寒いわね。……ちょっとずつ暖かくなるから、もう少しの我慢よ……」

 ミリアの手足は失血と雨に濡れたせいで氷のように冷たい。

 だが、テオバルトからは保温に留め、加温は固く禁じられている。

 下手に手足を温めると血管が広がってしまい、ただでさえ少ない血が手足に流れてしまう。そうなれば、脳や内臓といった重要な部位の血流量が減ってしまうからだ。

 寒いと言われても、励ますだけで温めてやることはできない。

 リネットはフィリスの後ろで二人を見守りながらも、無力感に歯噛みすることしかできなかった。

 一方その頃、天幕を出たテオバルトは、セオの元へ報告に訪れていた。

「失血が多すぎます。刺されてすぐであればまだ良かったのですが、傷ついた組織からの出血はすぐには止まりません。」

 テオバルトは顔を伏せ瞑目していた。

「できることは全部やりましたが、長くは持たないでしょう……」

「……っ……そうか……」

 報告を聞いていたセオも、隣にいるノアも、言葉が出ない。

 事実上の死亡宣告だ。まだ彼女は生きているというのに。

「私のせいだな……エディルのことを見抜けなかったのだから……」

「それを言うのであれば、私も同罪でしょう……」

 セオが小さく零した。

 セオはノアを経由する形で、エディルが凶行に走ったことを聞いている。

 口も行動も軽く、掴みどころのない人間ではあったが、まさかフィリスを害するような行動に出る人間だったと、欠片ほども疑ってはいなかったのだ。

 そしてそれはノアにとっても同じであった。

 しかし、現実としてエディルはこちらの体制内に入り込み、フィリスの殺害計画を実行に移してしまった。

 失敗に終わっているとはいえ、事前に気付けていればと悔やむ。

 そう、気付けていれば、離脱時の護衛をノアに任せられた。エディルを遠くに配置できた。

 いや、そもそも隊列への随行を指示せずに王都に留め置けた。

「それもこれも、今更だがな……」

 セオもノアも、そしてテオバルトも、言葉を失っていた。

 降りしきる雨粒が天幕を打つ音だけが鳴り響く。

 重苦しい空気に誰もが動けずにいると、その次の瞬間、天幕にリネットが飛び込んで来た。

「て、テオさん! ミリア様が!」

 リネットが飛び込んできたのは、ミリアの容態が悪化したことを伝えるためだった。

 しばらくの間は、フィリスの声掛けに対して反応があったようだが、次第にその反応が弱くなり、先ほど意識が無くなったというのだ。

 報告を受けたテオバルトは、跳び上がるようにミリアのいる天幕へ走り出した。

 リネットも後を追って走っていく。

 二人の後ろ姿に付いて行くように、セオとノアも移動するが、その足取りは酷く重かった。

 天幕に近づくと、中からはテオバルトとフィリスが声を張り、ミリアに呼びかけているのが聞こえてくる。

「隊長、私たちも行きましょう。」

 ノアが促すと、セオは頷きだけを返して、天幕へ入っていった。

 それに続くように、ノアも天幕に足を踏み入れようと一歩踏み出したその時だった。

「ノア殿!」

 不意に背後から呼ばれ、ノアが振り返ると、そこにはエリナを抱きかかえながら目の前にふわりと降り立つルカだった。

「ル、ルカ殿!」

 地面に降り立ったルカは、エリナを隣に立たせると、彼女の左側で支えるようにしながら周囲を見回した。

「野営の準備を……いや、ミリア殿の手当のため、ですか。彼女は今……」

 周囲を見回し、ざっと状況を把握する。続けてルカは、ノアにミリアの状況を問いかけた。

「ミリア! 目を開けて! ミリア!」

「……っ!」

 その時、目の前の天幕の中からフィリスの悲鳴にも似た声が聞こえてきた。

 ノアやルカ、エリナだけではない、周囲で作業に携わっていた者たちが皆、ハッとその視線を天幕の方へ向けている。

「ノア殿……」

「……出血が多すぎたのです。傷も深く、完全な止血が不可能となれば……」

 細かい説明などなくても、その言葉がミリアの現状と未来を物語っている。

 拳を握りしめながら、悔しさと悲哀をその瞳に浮かべ、ノアは言葉を詰まらせた。

「えっと……その……て、手当は……」

 エリナはノアの言葉の意味をそのまま受け入れることができなかった。

 手当はできなかったのか。間に合わなかったのか。もうどうすることもできないのか。

 漠然とミリアは助かるはずだと思っていた。死ぬなんてことはないだろうと信じていた。

「ど、どうにも……ならないんですか……?」

 問いかけられたノアの表情は暗い。

 顔を伏せ、瞑目して首を横に振るだけだった。

「そんな……」

 今にも崩折れそうなエリナを支えながら、ルカは足元をじっと見ていた。

 ルカにとってみれば、ミリアはほとんど話したこともなく、思い入れというようなものはないと言ってしまっていい。

 だが、目の前で生きている人間の命が失われようとしていることに、何も感じないほど冷血漢ではない。

 できれば、助かってほしいと思う。助けられれば、とも思う。

「ねぇ、ルカ……何とか、何とかならないかなぁ……」

 ふと横を見ると、エリナはルカの服を掴んで、縋り付くようにしながらこちらを見ていた。

「……ミリアさん、助けられないのかな……」

 目を伏せ、悲痛な面持ちでいるエリナの肩をそっと抱き寄せる。

 唇を噛み、じっと俯いているエリナが、はっと顔を上げ、ルカの目を見た。

「ルカ……お薬か何か……何か、無いの……?」

 サテライトでエリナを救った"薬"。そんな何かがもしもあるのならば。

 そんな藁にも縋るような、潤んだ淡い茶色の瞳。

「(……アリスには小言を言われるかもな……)」

 思い付いた手段。間に合いさえすれば、救える可能性は低くはない。

 "自分のことが露見するリスク"にさえ目を瞑れば。

「ふうぅ……」

 大きなため息を一つ。その短い時間の中で覚悟を決める。

「ノア殿。ミリア殿の怪我は、ほぼ腹部への刺創のみと聞いています。間違いありませんか?」

 突然、ミリアの怪我の詳細を尋ねてきたルカに、少し怪訝そうな顔をしながらも、ノアは頷き肯定した。

 それを受けて、ルカは驚くようなことを言い出した。

「確実に助かるとは言えません……先ほどの天幕内の声からもおそらくギリギリでしょう……ですが、救える可能性はあります。」

「……ほ、本当ですか!? 衛生担当すらも諦めているんですよっ!?」

「ええ。ただし、天幕内には必要最小限の人間のみを配置し、その場で行う処置について、一切他言無用に願います。」

 ノアは信じられないといった様子で、こちらを見た。

 光明があるのならばと期待したい。だが状況からしてルカの言葉をそのまま信じていいものか、疑ってしまう。

 期待も不安も焦燥も、いろんな感情が入り混じった視線を向けられても、ルカの目は真っ直ぐノアを見ていた。

 嘘を言っているようには見えない。騙す理由も思いつかない。

 言葉が出ないままのノアに、ルカは呟くように、しかし力強い声音で、言い放った。

「それが守られるのであれば、全力で助けます。」

「……っ! 隊長に具申してきます。少しお待ちを……」

 ノアは弾かれるように動き出す。

 ルカとエリナは、ノアが入っていった天幕を見つめながら、降り続く雨に打たれていた。

 どうか一刻も早く、セオが判断を下してくれることを祈りながら。

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