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再誕世界のルカ  作者: 葦原 綾真
第十章 白煙の号砲
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第四十八話 襲撃者と糸を引く者

 時は少し遡って、ルカたちと黒狼(こくろう)の群れの戦闘が始まった頃。

 隊列の後方、森林地帯の街道から外れた茂みの中に、二人の男が息を潜め様子を伺っていた。

「レイヴさん……何なんすかね、あの壁。あんな術使うやつがいるなんて話、聞いてないんすけど……」

「さあな。何にしても狼どもが使い物になるかどうかの確認がてら、襲撃しろって指示とそのタイミングしか連携されてないからな。」

 太い木の陰に隠れるようにしながら、無精髭を撫でているのはレイヴだ。

 二週間ほど前、フィリスたちの隊列を襲撃した隻鷹団(せきようだん)の頭領である。

「それよりガルザ、狼どもはうまくコントロールできてんだろうな?」

 レイヴの足元、茂みに伏せて戦場を観察していたガルザと呼ばれた男は、小さな人差し指程の筒をその手で弄んでいた。

 頭に巻いた薄手の布が特徴的だ。

「えぇ、もっと雑な命令しか聞かねぇかと思ってたんですが、意外と細かく指示できるみたいっすね。」

 乱立する石壁の向こう、ルカの目前に突っ込んだ黒狼(こくろう)が切り捨てられたのを見て、弄んでいた筒を加えると、筒の中に勢いよく息を吹き込む。

 すると、石壁の手前側でウロウロと待機していた数頭がぐるりと頭を巡らせ、そのままルカたちの方へ走り出す。

「人間には聞こえない音で狼を操る笛……何がどうなってんのかわからんが、その辺の商隊辺りを襲うのには便利そうだな。」

「そうっすねぇ。向こうの新兵みたいなやつらなら押し切れそうですけど、最前線にいる二人みたいな手練れには敵わないみたいですし。」

 突撃した黒狼(こくろう)がやられる度に、都度笛を咥えては攻め手が途切れないように追加の黒狼(こくろう)をけしかける。

 そうやっているうちにルカたちは少しずつその位置を下げ、対して黒狼(こくろう)の数は減っていく。

「にしても、やけに早く接近に気付かれたな。」

「ですねぇ。接近のタイミングとかはエディルの野郎からの情報っすか? それともその上っすか?」

「今回はエディルだ。ネクサバードで直接な。まぁブレーヴェで新顔を加えたものの、そいつらの力量を読み違えたんだろ。なんせあんだけの石壁を作れるくらいだ。風使いではなさそうだが、何かしらの索敵方法を持ってんのかもな。」

 顎先に手をやり、いろいろと考えを巡らせはみるが、レイヴが持っている情報は少なく、まともな答えは出そうにない。

 今のところは粛々と指示を実行して、適当なところで離脱するのが最良だろう。

「ガルザ、そろそろ先発側の狼が全滅するぞ。追加を差し向けとけよ。」

「了解っす。」

 ガルザが笛を咥えなおして吹く。

 二人の周囲に大人しく伏せていた狼たちがおもむろに立ち上がり、数匹ずつ進軍を開始する。

 追加の狼が石壁群の辺りまで進んだときだった。

「何やら厄介なやつが出てきたみてぇだな……」

 遅滞戦を展開し、少しずつ下がっていくルカたちの最前線。先ほどまでそこにいたルカが戦線から下がり、代わりにセオが立っているのが見えたのだ。

 一太刀で黒狼(こくろう)を屠る姿に、その戦闘能力の高さが伺い知れる。

「ガルザ、単調に攻めるのはやめだ。多少は緩急を付けねぇと、逆に押し切られるぞ。戦闘行為は長引かせろって言われてっからな。」

「いやまぁ、頑張りますけど、レイヴさんのその様子だと、それほど長くは持たねぇっすよ。」

 ため息混じりにガルザが答えた。

 レイヴという人間の戦闘能力は隻鷹団(せきようだん)の中でも飛び抜けている。

 そんなレイヴが警告するほどの力量ならば、黒狼(こくろう)では大した時間稼ぎはできないだろう。

 もう一度笛を咥え直し、残り半分の黒狼(こくろう)でどこまでやれるか。

 ガルザは軽く頬を叩き、気合を入れ直す。

「まぁ、もうしばらく頑張ってみますよ。」 


 ◇◇◇


 ルカたちからは遠く南東、海を越えたさらに先にある未開の大地。

 木や草、茂みがまばらに見える以外は緑の無い少し乾燥した荒野に、不似合いな小さな塔がある。

 その中にある薄暗い一室。

 酷く無機質で、壁は継ぎ目がない。材質は木でも石でもないことはわかるが、何でできているかはわからない。

 調度品の類もなく、部屋の主が部屋を飾る趣味などないということはよくわかった。

 窓はあるが、日が落ちて少し経っていることもあり、外も暗い。

 そんな部屋には、小綺麗に片付けられている机とリクライニングのついた椅子が一脚、そして簡素なベッドだけがある。

 その椅子に深く腰掛けている人影があった。

 人影の正面の机には、薄く光る四角い板――モニターが置かれている。

 モニターの発する淡い光が照らす人影は女性だ。

 漆黒の黒髪は長く、美しいストレートで、やや目尻の上がった切れ長の瞳は紺碧。

 少し薄く朱を挿したような小さな唇は、何か不服そうに口角を下げていた。

 美しい。思わずため息が漏れてしまうほどの麗人だ。

「はぁ……ダメね。」

 その小さな口が開き、漏れ出たのは妖しさと艷やかさに彩られた声だった。

「私のルカを見つけたところまでは良かったのだけれど。このままじゃ王女の排除は失敗しそう。」

 細くしなやかな指で下唇を軽く撫で、視線をモニターから少し上方の虚空へ向ける。

「お母様。この子、まだ使い道あるかしら?」

『そうね。無くはないけれど、不用意に口を滑らせる前に切り捨てたほうがいいのではないかしら?』

 女性の声に、誰もいない空間から反応が返ってくる。

 少し感情が希薄な、温度を感じない声だ。

「そうよね。せっかく見つけたルカのことをしばらく追えなくなってしまうけれど、エレドリアには寄るでしょうし、あそこなら他の"目"もあるからそちらに任せることにするわ。」

『そう……いい判断だと思うわ、アシェラ。好きにやってみなさい。』

「ありがとう、お母様。」

 少し寂しそうに目を伏せたあと、アシェラと呼ばれた女性はモニターに視線を戻した。

 目を細め、脳裏の意識を遠くへと送り出す。

 身体を襲う軽い浮遊感。ふわふわと意識の海を進み、アシェラの意識の先が何かに触れる。

「(繋がったわね……)」

 アシェラの意識が辿り着いた先、それは――

「数日ぶりね。エディル。」

 エディルの意識。

「アシェラ……何の用だ? 今忙しいんだ。」

 遠く、ここにはいないはずのエディルの声が聞こえる。

「ええ、分かっているわ、見ていたから。リィゼ=セリオール=ヴェールスフィアの排除、失敗しそうね。」

「な、何を勝手に! 多少時間は掛かってるが、もう終わるだろうが!」

 アシェラの指摘にエディルが動揺を見せた。

 何かに怯えるようにも聞こえる。

「でも狼煙代わりの感応術で助けを呼ばれてしまったでしょう? 私の見立てでは援軍が来るまで、五分……長くても十分はかからない、と言ったところかしら。」

「はっ! いくらなんでもそんなに早くは来ねぇよ。どんだけ距離を稼いだと思ってんだ。」

「貴方こそ隊長さんの判断の速さを甘く見すぎているのではないかしら? おそらく彼は十秒と待たずに判断を下すわよ。」

「……」

 エディルは反論しない。いや、できない。

 知っているのだ。セオが状況に応じて即断即決することを。そしてエディル自身その判断が間違ったところを見たことはない。

 あの爆発を見たセオは、即座に自分か適切な誰かを現場の確認に向かわせるだろう。

「そして貴方は、時間を掛けすぎている。そして目の前の四人はまだ諦めるつもりはなさそうよ? となるとやっぱり間に合わないんじゃないかしら?」

「好き勝手言いやがって……もう終わるって――」

「手伝ってあげましょうか?」

「あぁ?」

「手伝ってあげると言っているのよ。」

 アシェラがモニターに向かってその指を伸ばす。

「別にいらねぇよ。きっちりオーダーこなしてやるから黙って見てろ!」

「そんなに遠慮せずに、好意は受け取っておきなさい。ね?」

 伸ばした指でモニターを何度か撫でた後、最後にトンッと人差し指で叩くように触れる。

「だからいらねぇ……と……おまぇ、何……しやがった……!」

「何って……手伝ってあげただけよ。貴方の"頭の中"をちょっと操作してね。数分もすれば、動くものをひたすら襲うだけの知性の欠片もない怪物になれるわ。逃げる少女たちを殺すのにはちょうどいいでしょう?」

「う……あ……頭、が……ア、シェラ……」

 繋がった意識の先から聞こえるエディルの声から、明らかな異変が感じられる。

 先ほどまでのように会話が成立しない。

「あ、がっ……があぁあぁああーーーー!」

「あぁ、そうそう。もうあれこれ報告したりオーダーをこなしたりしてくれなくてもいいわよ。今までありがとうね、そしてさようなら。」

 その言葉を最後に、アシェラは意識の接続を切る。

 エディルがどうなろうが、もはや興味はない。

 最後の最後にその命を燃やしきって死ぬのだから。それで当初の目的通りリィゼ=セリオール=ヴェールスフィアを亡き者にできれば御の字だ。

「お母様、終わったわ。やっぱり会話以上のことをしようとするとかなり深く接続しなきゃならないし大変ね。」

「そうね。でもちゃんとできたんだもの、すごいわ。アシェラ、貴女は本当にいい子ね。」

「ふふっ……お母様の子ですもの。」

 虚空へ向けてアシェラが微笑む。

 モニターの明かりを受けて暗がりに光る紺碧の瞳は、深い狂気の光を湛えていた。

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