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再誕世界のルカ  作者: 葦原 綾真
第十章 白煙の号砲
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第四十七話 遅滞戦

 ルカが構築した即席の石壁群の隙間を縫うように抜けてくる黒い狼が、先頭のルカと接敵してから数分ほどが経った。

「左翼側! 一匹抜けたぞ!」

 アーヴの声が飛ぶ。

 最前線で中央より少し左寄りに位置取ったルカは、石壁群から抜けてくる狼を順に一匹ずつ処理していた。

 あるものは胸を一突きに、またあるものは足を切り捨てるなど、アーヴの指示通りに相手を行動不能にし続けている。

 だが、狼たちの数の多さと素早さが、ルカの処理速度を大きく上回っていた。

 ルカが一匹処理する間に、別の一匹が後ろへ抜けていく。右後方十メートルほどの位置でアーヴも戦ってはいるが、アーヴは自身も戦いながら、ユージンたちの全体指揮を受け持っていることもあり、ルカの打ち漏らしをすべて処理することができない。

 ルカの左側、アーヴからも距離があったために手が回らず、すり抜けていく狼が陣地の左翼側へ迫っていた。

「ニコ! 行くぞ!」

「う、うん!」

 左翼側に身構えているのはユージンとニコ。

 ユージンは少し細身の片手剣を構えて迫ってくる狼に集中している。

 ニコもユージンの斜め後ろで円盾を正面にしつつ、細剣を構えていた。

 迫ってくる狼に対して、左右に分かれるように広がり、挟み込むような立ち位置を取りながら、片手剣で切りつけ、細剣で穿(うが)つ。

 ユージンの斬撃は躱され、ニコの刺突は浅い。

「二対一ならなんとかなるが、こいつら野狼より全然速ぇぞ!」

「速さだけじゃない……なんか剣も刺さりづらいよ!」

 ユージンは素早さに、ニコは毛皮や筋肉の強靭さに、それぞれ驚愕の表情を見せる。

「おらぁ!」

 ニコの刺突の痛みに動きを鈍らせたところに、ユージンの片手剣が狼の首に食い込んだところで、ようやく狼はその動きを止める。

「今度は右翼側だ! 止めろ!」

 続けてアーヴの指示が飛ぶ。

「ちっ! しゃーねぇなぁ! イアン、止めてやるから一発で決めろよ!」

 ライナスが盾を前に、走ってくる狼を迎え討つ構えを見せた。

 イアンは盾の横から攻撃を通せる位置で短槍を構えている。

 突進してくる狼とライナスの盾が甲高い音をたてて衝突すると、ライナスはそのままズルズルと自陣側に押し込まれていく。

「ぐぉおおおお……こいつ重いっ……い、イアン! やれっ!」

 ライナスは重装兵では無いが、だからといって狼と比較して決して軽いわけではない。

 それを押し込むということは、それだけの狼の筋力が強いということだ。

 予想外の事態に一瞬呆然としていたイアンがはっとして短槍を握り直すと、狼の側面に回り込み突きを繰り出す。

「うおぉーー!!」

 イアンの短槍が狼の横っ腹に突き立てられ、その勢いが止まる。

「これでどうだー!」

 ライナスが盾を狼の顔ごと左にずらし、その右側面からロングソードを叩き込み、とどめを刺した。

「こいつら……一体なんなんだっ!?」

 アーヴの顔が歪む。

 力や素早さといった身体能力が狼という枠に収まっていない。

 ニコの刺突やイアンの突きも刺さりきっているとは言い難いところからも、毛皮や皮下組織も常識外の強度だとわかる。

「(この分だと噛みつきもやばそうだな……)」

 今は戦線を維持できているが、体力を消耗し、それぞれの武器の切れ味も鈍ってくるのは目に見えている。

「ルカ! 二十メートル後退だ! 俺が最前線になるように下がれ! ユージン! ニコ! お前らもだ!」

「「「了解!」」」

 ルカは目の前の狼を切り伏せると、後退を開始した。左翼側の二人も警戒態勢のまま同様に後退している。

「ルカ、後退が完了したら前方に石壁を頼む!」

「ちょっと待ってろ! 《石壁(ストーンウォール)》!!」

 予定距離を後退すると、ルカは即座に次の石壁群を生成した。

 先ほど同様、壁が乱立していく。新たに壁が迫り上がり、敵勢力の全身を阻んでいる。

 続けてしばらくはアーヴを先頭に置いたまま戦闘を継続し、ルカの体力の回復を待つ。

「よし、後退だ! ライナス! イアン! 俺たちも下がるぞ!」

 アーヴの指示の元、最初にルカを含む左翼側が後退し、調整しつつ石壁群を再生成、そのあとしばらく戦闘行為を続けてからアーヴを含む右翼側が後退する。

 続けてしばらく戦闘行為を続けてから、同じ手順で後退することを繰り返し、可能な限り自軍側の消耗を抑え、敵勢力の勢いを削ぐことに集中する。

 何度かの後退を繰り返し、五分ほど経過したころ、隊列前方から馬の蹄の音が聞こえてきた。

 一際刃渡りの長いロングソードと中型の盾、そしてヴェールスフィア王国の紋章が刻まれたプレートアーマーに身を包んだセオだ。

 鞍上で戦況をさっと確認したかと思うと、隊列後方の警備についている兵に馬を預け、即座に指揮を取っていると聞いているアーヴの元まで走り寄る。

「アーヴ殿、遅くなった。状況を。」

「あんたか。敵は見たこともねぇ黒い狼が多数、だらだらと続けて襲って来てる。力、速さ、身体の頑丈さ、どれをとってもそのへんの狼とは桁違いだ。見ての通りルカの術で即席の壁を作りながら後退して、遅滞戦の真っ最中だ。質問は?」

 アーヴが端的に状況を説明する。

 戦場の範囲も狭く、複雑でもない。セオに戦況を伝えるには必要最小限だった。

「いや、ない。現有戦力ではほぼ最適解だ。このあとはどうする?」

「最優先でルカを下げたい。戦闘開始からずっと、術を使いながら戦い続けてるが、元々スタミナのあるやつじゃねぇんだ。」

 ルカに目をやると、大きく肩で息をしながら動き回っているのは一目瞭然だ。

 分かってはいるが、後ろで待機させることもできず、かなり無理をさせている状況が続いている。

「あと、戦力的な問題で俺も最前線にいなきゃならねぇ。その分、後ろ側の指揮がどうしても薄くなる。そこも何とかしたい。」

 こちらも切実だ。

 アーヴ自身、経験があるからと指揮を買って出たものの、さすがに自身が最前線にいる状態のままで、指揮を十全にこなせるほどの経験があるわけではない。

「承知した。アーヴ殿はどうか? まだいけるか?」

「俺はまだいける。心配いらねぇ。」

 戦況を把握したセオの判断は早い。アーヴの答えを聞いて即座に判断を下す。

「ルカ殿のポジションと全体指揮は私がすべて引き受けよう。ルカ殿は最後に一仕事してから下がってもらい一旦休憩を取ってもらう。意見は?」

「いや、俺よりあんたの方がこの状況を上手く動かせるだろうよ。被害を抑えて立ち回れるなら何でもいい。頼んだ。」

「承知――……ルカ殿! 交代だ! アーヴ殿の後ろまで下がってくれ!」

 セオはアーヴと手短に会話したあと、前方で気を吐くルカの元へ駆け寄りながら声をかけた。

 ルカと身体の位置を入れ替えた瞬間、目の前まで迫っていた狼を、そのロングソードで縦一閃、文字通り一刀両断にしてみせた。

 ユージンたちが切断はおろか、何度か斬りつけることでやっと一匹仕留められるような相手を、である。

 膂力もそうだが、切りつける瞬間の刃の動かし方が恐ろしく上手い。叩きつけるのではなく、相手の身体に触れる瞬間に刃を滑らせるように動かし、筋を断ち切るかのごとく切り裂いていく。強靭な筋肉の鎧をものともしない、力強くも迷いのない剣。

 二匹目、三匹目と襲いかかってくるが、どちらもセオの剣の前に何もできずに派手な血飛沫と共に命を散らす。

「ルカ殿! 最後の大仕事だ! 私の前方のみを開け、他はすべて一枚の壁で塞いでくれ!」

「はぁ……はぁ……、行きますよ!……《石壁(ストーンウォール)》!!」

 今日何度目になるだろうか。

 上がった息を何とか整え、セオの指示通りに今日一番の巨大な一枚の壁を生成し、彼の前だけを敵勢力が通り抜けられるよう開けておく。

「うむ! さすがだな! ルカ殿、このまま下がって休まれよ! この戦線は私が預かる! 皆! これよりあの黒い狼は一旦黒狼(こくろう)と呼称することとする! ではアーヴ殿は私の後方で打ち漏らしの対応を。ユージン、ニコ、イアン、ライナス、黒狼(こくろう)どもは私とアーヴ殿で抑え込む! 最後方で万が一のすり抜けに注意しつつ、周辺警戒!」

 セオの指示が飛ぶ。

 相手が黒狼だけであれば、出所を絞り込んだこの状況は、おおむね一人で捌けると判断したのだろう。

 確かに先ほどの剣の腕を見る限り、十分可能と判断できる。

 ルカは術のために大地に触れていた手を離すと、下がる前にアーヴの背後に歩み寄った。

「アーヴ、敵の動きが不自然だ。多分先行して攻めて来てた一団はほぼ残ってないのに、数が減ってる気がしない。多分後ろから継続して戦力投入されてる。しかも投入速度が人為的にコントロールされてるぞ。」

「だな。人間が手を引いてるのは確定だ。リネットの嬢ちゃんがどこまで把握してたかわかんねぇが、少なくとも固まりは二つって言ってた以上、ほぼ同数が控えてるつもりで続けるさ。」

「気をつけろよ。」

「あぁ……」

 ルカが戦いながら感じた違和感を伝える。周囲に気付かれないよう、戦闘中に何度か《音波探査(ソニック・サーチ)》を使ってみたが、リネットが探知した情報と概ね一致していた。

 アーヴの見立ても間違っていないだろう。

「(相手の目的は何なんだ……戦力を逐次投入する意図はいったい……?)」

 ルカはアーヴの元を離れ、襲撃者側のことに思考を巡らせながら、足取り重く戦線から後退する。

 ユージンたちの横をすり抜け、お互いに二言三言声を掛け合い、程なくしてルカは戦線の最後尾まで下がってきた。

 いつでも最前線まで駆け上がれるギリギリの位置で、戦況を見つめながら体力の回復に努める。

「(……ん?)」

 石壁の隙間から抜け出てくる黒狼の数が増えている。

 一~二匹ずつだったはずが、四~五匹という感じに。

「(強襲……?)」

 とはいえ、セオは落ち着いたもので、右を抜けようとした個体を一薙ぎに切り捨て、正面を盾で押さえながら、身を翻して左を抜けようとした個体を切り捨てる。

 そして盾で押さえていた個体に向き直って一刀両断。三匹までなら難なく抑え込めるらしい。

 打ち漏らしは後ろで控えているアーヴが余裕を持って処理している。

 何とかユージンたちのところまで黒狼が流れてくるのは防げているようだ。

 二~三度同じような攻勢が続いたかと思えば、今度はセオを前にその攻撃範囲内に踏み込まないように左右へ歩きながら攻めるタイミングを図るような動きをして見せる。

「(今度は少し引いて見せている……)」

 黒狼そのものの狩猟行動がベースにあるとは考えにくい。やはり何らかの方法で人間が行動をコントロールしているのだろうか。

 ルカとアーヴが感じている違和感の原因が何なのか判然としないまま、戦闘は続き、ルカの疲労も少し回復してきた頃。

 戦場を揺るがす轟音が響き渡った。


――ドオォォォーーーーーーン!!


「な、何だ!?」

 ルカだけではない。アーヴもユージンたちも、皆が一様に轟音がした方向を振り向いた。

 黒狼たちすらも、その動きを止めている。

 遠く空に見えたのは白い雲のような塊。

 あんなものが、突然中空に現れることなどあるだろうか。

 そもそも、あの雲のようなものは何なのだろうか。

 その場にいる全員が答えを持ち得ない異常な事態。

 しかしそれも一瞬のことだった。轟音のあとの静寂を破ったのはセオの叱責。

「全員呆けるな! 戦闘中だ!」

 ただ一人、目の前から視線を外すことなく敵勢力を見据え続けていたセオ。

 今この時、自分が何をすべきか、どうあるべきか。迷うようなことはない。

「報告!」

 セオは誰へともなく報告を求めた。

 気になっていないわけではない。必要な情報を聞き、ここからどう動くのか。それを判断するのが指揮官の責務なのだから。

「隊列の前方、かなり進んだ先の上空で爆発が起こったようです! ここからは白い雲のようなものが見えます!」

「隊列前方……?」

「はい、ここからだと十一時の方向です!」

「……街道沿い……グレイヴォル岩峰の方か?」

 イアンが簡潔に事実を報告する。

 途端にセオの表情に緊張が走った。

 前方、しかも街道沿いとなると、先行して離脱させたフィリスたちがいる方向になる。

 中空で発生した爆発が何を意味するのかはもちろんわからないが、「なにか起こった」ことだけは確かだ。

 フィリス、ミリア、エディル、騎兵、御者、リネット、エリナ。

 彼らの中に規模の大きな爆発を引き起こせる感応術を使える者はいただろうか。

 もしくはそのような道具でもあっただろうか。

 セオの脳裏にはどちらも浮かんでこない。

 だが。確認はしなければ。

 もしも何かしらフィリスに危険が及んでいるとしたら、すぐにでも何らかの手を打たねばならない。

 であれば、どうすべきか。

 セオは即座に声を張った。

「ルカ殿!  多少は回復しただろう! 今すぐ私の乗ってきた馬で街道沿いに急いでくれ! お嬢様たちが先行して離脱している! 安全の確認を頼む!」

「なっ……!? セオ殿ではなく?」

「ああ、私はここの指揮から離れられん! ルカ殿の方が軽く、馬も早く走れる! 途中隊列の指揮をしているノアも連れて行ってくれ! 早く!」

「……わかりました。ここは頼みます!」

 セオの判断を受けて、ルカはすぐにセオの乗ってきた馬の元に駆け寄った。

 セオの馬の引き手を預かっていた警備兵から馬を引き受け、ルカはすぐにその(あぶみ)に足をかけ飛び乗った。

 馬の首を軽く撫で、「頼むぞ」と一声かけると、ルカは馬の腹を蹴り、隊列の前方へ馬を走らせる。

「(乗り方も走らせ方も大丈夫だ……B.N.I.C(ビーニック)様々だな。)」

 問題なく馬を駆れることに少し安心しつつ、ルカは隊列前方へ急いだ。

 と言っても目視で見えている距離だったこともあり、辿り着いたのはすぐのこと。ノアの姿もすぐに見つけられた。

 彼の方でも遠く爆発に気付いていたようで、自身が動くために近くの騎兵に隊列の運用方針を引き継いでいたようだ。

「ノア殿! セオ殿からの指示です! 私と共にお嬢様の元へ!」

「ルカ殿! 承知した! 皆、ここは任せたぞ!」

 ルカの声にノアは即座に反応した。

 おそらく、彼自身一分一秒でも早く先行する皆の元へ駆け出したいと焦り、セオの指示を待っていたのだろう。

 馬の速度を緩めることなく、隊列の横をすり抜け通過しているルカのあとを追うように、ノアは自身の馬に飛び乗ると、その腹を蹴り一気に全速力で疾駆させた。

 少し前から降り出した雨で水たまりから水を跳ね上げ、二人の背はどんどんと小さくなっていく。

 やがて街道に沿ってグレイヴォル岩峰の陰へとその姿は見えなくなっていった。

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