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再誕世界のルカ  作者: 葦原 綾真
第十章 白煙の号砲
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第四十六話 並び立つ覚悟

 まだエリナが一人でエディルと切り結んでいた頃、馬車の中にいるフィリスとミリアは小窓から外の様子を伺っていた。

 状況の推移を見守りつつも、何もできず、ただ外にいる二人にすべてを任せて待っているだけだ。

「ミリア……何か、私たちにも何かできないの?」

「姫様……」

 ミリアがふるふると首を横に振る。

 馬車の中を何度か見回してはみたが、役に立ちそうなものはほとんどなかった。

 今回、あらかじめ馬車の中に持ち込んでいたものは多くはない。

 緊急時用の保存食、救護セット、あとは毛布。他には二人の護身用の細剣と柄を短く調整された短槍が一本ずつ。

 細剣と短槍は主に乗車しているのがフィリスとミリアであることから、彼女たちが扱った経験のあるものとして選定されていたが、扱った経験があるというだけで、二人の技量自体は軍に入隊したての新兵とさほど変わらない。

 エディルのような、騎士として上り詰めてきたような者と、まともに剣を交えることなどできるはずもない。

 かと言って感応術はといえば、王族としてフィリスが少し訓練しており、水系に適性があるくらいで、ミリアに至ってはその素養はなかった。

「やはり私たちには何もできません。そしてここから出ていけばエディルは積極的に姫様を狙うでしょう。そうなれば外の二人と私は、その身を盾にするしかありません。」

 ただ敵と向き合い戦うのと、誰かを守りながら戦うのでは、その難易度は大きく変わる。

 今馬車の外で頑張っている二人は、フィリスを守りながら戦える程強くもなければ、要人警護の訓練も受けていない。

 その状況でフィリスやミリアが出ても、力になることはおろか、足手まといにしかならないだろう。

 もっと言えば今重要なのは「フィリスの身の安全」であり、身の危険を冒しながら戦いに参加するのは愚策以外の何物でもない。

「でも、このままでは……エリナさんが……」

 膝の上でぎゅっと手を握る。スカートの生地がくしゃりと皺を寄せていた。

 フィリスは涙をぐっとこらえ、小窓に張り付くようにして外を見ている。

 外では頬を殴打され、口元から血を流すエリナが、鎧を外し、機敏になったエディルの猛攻を受けて、ギリギリの戦いを続けていた。

 それも少しずつ身体中の傷は増えているし、無理な動きに息が上がっていくのがわかる。

 リネットもエリナとエディルの激しい動きに、戦況を注視しながらもほとんど何もできずに立ち尽くしていた。

 エディルはだんだんと攻め手を強めているし、エリナは少しずつエディルの動きについていけなくなっている。

 このままではエリナの身が危ないと分かっているのに、三人ともが何もできないでいるこの状況に、無力感だけが募る。

「見て……いられないわ……」

 思わず顔を伏せたフィリスの瞳に、何かが光る。

 その様子を見ながら、ミリアも揺れていた。

 フィリスの身の安全を最大限引き伸ばすのに、今の選択は間違ってはいない。

 だが最善かと言われると自信はないし、結果フィリスの身の安全を守れたとして、その結果が胸を張れるものになるかというと、おそらくそうはならないだろう。

「(あぁ……なんて無力なの……)」

 悔しさをその顔に滲ませ、ミリアが歯噛みする。

 すると突然、リネットが何か思いついたかのように周囲の地面を見回し、その足元を素手で掘り始めた。

 雨で泥濘んだ水たまりに沈んだ石の周りをその細い指で掘り起こそうとしている。

 途中指先が傷つき、出血と痛みに顔を歪ませながらも、必死に土を掻き出し、こぶし大ほどの石を掘り出す。

「(リネットさん、一体何を……)」

 リネットは掘り出した石を掴んだまま、エリナとエディルの戦いに集中している。

 馬車の外と中、お互いに何もできずにいるのに、ミリアとは違い、リネットはまだ諦めていない。

 そこからリネットはすぐに動いた。

 自分の感応術では戦局を左右できるほどの効果は期待できない。かといって近接戦闘で割り込むことはもっと難しいし、何よりエディルに近付いて自分が無事でいられるわけがない。

 だからといって何もしないなどという選択肢は選びたくない。

 ならばとリネットが選んだのは投石だった。もちろんリネットが石を投げた程度では、当たったところで大したダメージにもならないと分かっている。それでもエリナの助けになればと動いたのだ。

 しかし、この投石は状況を好転させるほどのものにはならなかった。

 あっさりと受け止められ投げ返されたそれは、慌てて使った《風の封壁(ウインド・シール)》ではまったく防げず、結果、こめかみ辺りに石礫を喰らい、ひどく出血する怪我を負っている。

 いや、エディルの気に触ったのか、狙われることになった分、リネットにとっては事態が悪化したと言ってもいい。

「しゃしゃり出てくるからそういうことになるんすよ。あとできっちり殺してやるから、大人しく……」

「《風爆(ウインド・ブラスト)》!!」

 パァン! と乾いた音が響いて、エディルの耳元で空気が弾けた。

 一体何が起こったのか。

「ぐっ……お、お前……!」

「私だって力になりますっ! 《風爆(ウインド・ブラスト)》!!」

 リネットは続けざまに《風爆(ウインド・ブラスト)》を放つ。

 そしてエディルを怯ませてエリナに攻撃させる隙を作り、突っ込んでくるエディルを前に一歩も引かない。

「――これが私の……《風の封壁(ウインド・シール)》!!」

 自分なりの《風の封壁(ウインド・シール)》で押し返してすら見せる。

 エディルだけではない、フィリスもミリアもエリナさえも、リネットがここまで戦えると誰が考えたろうか。

 できないからやらないのではない。できないからできることを考えている。

 そんな二人を目の前に、ミリアはまた、大きく揺れた。

「(二人はこんなに頑張っているというのに……)」

「ミリア、私たち……このままではダメよ。」

 小さいながらも凛とした声がした。

 フィリスへと目を向けると、その目に先ほどまでの涙はない。

 二人の奮戦を前に、その水色の瞳に灯っているのは、強い意志の光。

「血筋だとか、家柄だとか、そんなものは関係ないの。私から望んでお友達になってもらったのよ? このまま何もしないで見てるだけでは、生き延びることができたとしても、もう二人をお友達だなんて言えないわ……それにね、私も王族だもの。皆と並び立ってこそだと……そう思うの。」

 ミリアの胸の奥が、強く締め付けられるような感覚に、少しだけ視界が滲む。

 そう、フィリスは、いや、リィゼ=セリオール=ヴェールスフィアという人は、以前からそうだった。

 身分を隠して王都内へ繰り出し、市井の人々と交わろうとしたり、立場に囚われない友人を欲しがったりと、王家の者としてのしがらみを疎ましいもののように振る舞うことがある一方で、王家の者としての責から逃げることは一切しない。

「ミリア、私たちも行きましょう。たとえ全員が無事で済まなかったとしても、私は……私たちは、お友達のために戦ったんだって、胸を張りたいの……」

「……御意。」

 フィリスの言葉を尊重すること。今この時においては、王家に仕える者としては誤っていると分かっている。

 その御身の安全を守ることが何より優先されるべきなのだと進言し、そのように動くことこそが、侍女としてのあるべき姿のはずだ。

 でも――

 ミリアはフィリスのために、それを選ばないと決意した。

 全員が生きるために最善を尽くし、叶わぬならばフィリスと共に果てよう。

 小さな馬車の中で膝をつき、ミリアはフィリスへと頭を垂れた。

「こんなことに付き合わせてごめんなさい……でも、私は行きます。」

 フィリスは静かに立ち上がる。

 頭を垂れたまま静かに佇むミリアを見下ろし、その口を開いた。

「だからミリア。四人で何ができるのか、貴女の頭脳を貸してくれる?」

「もちろんです、姫様!」

 ミリアはすぐに頭を切り替える。

 ミリアは元々貴族の子女としては飛び抜けて優秀な才媛として知られていた。

 それもこれも彼女が元来持っている知識欲と、少し変わった知人の影響によるものなのだが、結果として彼女の知性は宮廷生活の中では日の目を見ることのないような領域にまで及んでいた。

 その頭脳を貸して欲しいと頼られ、ミリアは即座に状況の整理と使える手札を脳裏に並べ、これから取るべき行動を考えていく。

 そんな中馬車の外では、リネットが虚空に赤い盾を作り出し、その盾の放つ異常な高熱でエディルに熱傷を与え、剣の刃を溶かすという離れ業をやってのけていた。

「(雨、後続との距離と経過時間、エディル、火傷、リネット、風の適性、エリナ、ナイフ、私、槍、姫様、細剣、水の適性、……赤い盾? 雨が一瞬で蒸発するほどの高熱……使えるかしら? ……)」

 最も急ぎたいのは後続との合流。そのためにはエディルを躊躇わせ、時間を稼ぐことが必要だ。

 使える手札、組み合わせてできること……最低限、後続との合流に向けた道筋だけは、何とかなるだろうか。

「……姫様。お耳を。」

 分の良い賭けではない。不確定要素もあり、二の矢三の矢も無いが、考えうる最善策をフィリスに耳打ちする。

「わかりました。最初は私から、責任重大ですが……やりましょう。」

 護身用の細剣を持ち、フィリスが馬車の扉に手をかける。

 ミリアも短槍を手にしていた。

 外はエリナが決死の体当たりでエディルを突き飛ばしたところだった。

 エディルは無傷ではないが、リネットもエリナも、消耗が酷く、このままでの戦闘継続は正直なところ厳しそうだ。

 おそらくここが分水嶺。フィリスとミリアは顔を見合わせ、小さく頷くと、馬車の扉を開け放った。

「行きましょう、ミリア。……お友達を、助けに。」

「はい。もちろんです。」

 血の匂いとむっとした湿った生暖かい空気が渦巻く雨の戦場に、二人は降り立った。




「おいおい……そりゃえらく大胆な行動じゃないっすか? 殿下。」

「……?」

 馬車から降り立った二人に気付いたエディルから声が掛かった。

 エリナとリネットもその事実に気付き、目を見開いて驚きの表情を浮かべている。

「な、なんで……!?」

 未だ立ち上がれずにいるエリナに、フィリスが優しく微笑んだ。

「遅くなってごめんなさい。ここからは四人で頑張る時です。」

「リネットさん、こちらへ。」

 馬車に寄り掛かるリネットの手を取り、ミリアが引き寄せる。

 フィリスの元へと、そっと背を押し、ミリア自身はエリナの隣に立った。

「エリナさん、立てますか?」

 エリナの二の腕を掴み上げるようにして、ミリアはエリナを立たせようとしたが、左足が痛み、踏ん張りが効かない。

 立てたところでただの片足立ちにしかならず、動き回ることは難しいだろう。

「ごめんなさい……左足が……」

「そうですか……仕方ありませんね。」

 ふーっと大きく息を吐き、ミリアは一歩前に出た。

「(エリナさんという"カード"はダメですか……一人でうまく場をコントロールしなければ……)」

 三人を背後に、短槍を構えて立つ。それは本来盾役が立つべき位置だった。

 だが、ミリアに盾役をこなせるだけの力量は無い。まともに切り結ぶことはできず、一合だけでも受け止められれば御の字だ。

 それでもミリアが前に立つのには、彼女なりの考えがあってのこと。

 なんとしても最低限の策だけは成功させねばならない。

「ミリアさん、正気っすか? 頭の良いあんたなら、俺との力量差くらいはわかると思ってたんすけど。」

「えぇ、もちろん分かっていますよ。新兵と変わらないような女一人で貴方をどうこうできるとは思っていません。そんなことより、いつからこんなことを考えていたのですか? まさか昨日今日に思いついたわけではないでしょう?」

 ミリアはエディルに問いかけた。ずっと気になっていたことだ。

 自分やフィリスはおろか、ノアやセオですらも、エディルがこのような行動に出ることを想像していなかったはずだ。

 むしろ、ほんの少し前までは、信頼の置ける味方だとすら思っていたのだから。

「最初からっすよ。新兵として入隊した時から、目的に向かって頑張ってるってことっす。今日のことも、まぁ通過点っすね。」

「通過点、ですか……目的は、教えてもらえないのかしら?」

「そうっすね。俺の目的は俺だけのものなんで。」

「そしてその目的のためには、私たち……いえ、姫様が邪魔である、と?」

 ミリアの表情は暗い。少し細めた目で、冷徹にエディルを見据えている。

 事情は何であろうと、誰かの目的のためにフィリスの命が奪われるなど、許せるはずがない。

 おそらく意識はしていないのだろうが、ミリアの心の内に沸き上がる冷たい憤怒の感情がその目に表出しているのだろう。

「正解っす。正直他の三人はどうでもいいっすね。今からでも逃げます? 手間が省けるので、ありがたいんすけどねぇ……」

「心にもないことを。誰一人逃がすつもりなどないでしょう?」

「ありゃ。バレてました?」

 ミリアは表情を変えない。相変わらず冷たい表情のままだ。

 チラリと背後のエリナを見るが、彼女は馬車のステップに手をかけ、何とか立ち上がろうとしている。

 立ち上がれたところで、今の左足の状態ではまともな動きは期待できないが、座り込んだままよりはいい。

「では話題を変えましょう。貴方の協力者は他にいますか?」

「いませんよ、この隊列には。でも俺の言う事信じられるんすか?」

 嘲るような、呆れるような、何とも言えない表情でエディルは言い放った。

 敵である自分の口から語られる情報など、信頼できないのに、と。

「信じられませんね。ですがすべて虚言でもないでしょう。後でゆっくり考察することにしますよ。」

 ミリアの答えを耳にし、エディルの眉が少し上がる。

「それこそ信じられないっすね。"後でゆっくり考察"なんてできると思ってるんすか?」

「思っているからこそ言葉にしているのですよ。それとも、今考察して差し上げたほうが良いですか?」

 ミリアは一歩、向かって左へ動いた。

 馬車やエリナからは離れる形だ。エディルから見れば、一番近く、足も痛めてほとんど動けないエリナから離れるのは不自然だ。

 だが、ミリアの向かって左後方にいたフィリスとリネットは、少しミリアの陰に入る形になり、優先的に守る相手に寄ったと考えられなくもない。

 チームの盾役としては違和感があるが、王女の護衛としては妥当か。

「少なくとも今なら考察はできるっしょ。後にして殺されたあとではできないっすよ。」

「心配には及びませんよ。死ぬつもりはありませんので。」

 更に一歩動く。対してエディルも自身の位置を一歩右へ。

 ミリアの陰になっていたフィリスとリネットが、今度はミリアの右後ろに見える形になる。

「(何のつもりだ? 後ろの二人の位置が分かってないだけか……)」

 エディルから見たミリアは、貴族令嬢の中でも頭一つ抜けた知性を持つ才媛という評価だ。

 だがそれだけである。

 武術は貴族教育の一環で嗜んだのみで、継続しての稽古はしていない。チームや部隊、軍のような複数人での動きも机上での話しか知らない。

 唯一戦えていたエリナが左足を痛め、リネットは近接戦闘など望めない。加えてフィリスは最優先で護衛すべきと考え、仕方なく盾役に相当する位置に立っているだけのはず。

 だから最初にエリナに立てるかを確認したのだろう。彼女の左足に問題がなければ、そのまま最前線に立たせ、自分が一歩下がったはずだ。

「大した自信っすけど、正直難しくないっすか? あぁ、まさか何とか頑張って殿下だけでも逃がすとかそういうやつっすか?」

「それこそまさかですよ。ちゃんと四人全員で生き延びる心づもりですから。」

 ミリアが今度は向かって右に半歩ほど動く。

 呼応するようにフィリスとリネットがミリアの背後に入るように、少し身体の位置を変えた。

 盾役の動きが悪い分、護衛される方が動いたという感じに見える。ミリアとはいえ、経験がなければこの程度ということなのだろう。

「目標が高いのはいいことっすけど、できない目標は無謀なだけっすよ。」

「それはやってみればわかることです。どのような結果になろうと、貴方はそれを見届けられるのですから、気にすることはないでしょう。」

 そう。勝とうが負けようが、生き延びようが、死に絶えようが、最終的に今の状況が何によって終わるかと言えば、エディルが四人全員を殺すか、何らかの形でエディルを無力化するかのどちらかだ。どちらであっても、エディル自身は結果を知ることができる。

「確かにそうっすね。じゃあそろそろどっちの目標が達成されるか、試してみましょっか。」

「おや、気が早いのですね。私としては狼の運用試験やルカ様の行動追跡についてもお伺いしたいのですが。」

 エディルがまただらりと両手を下げた。その右手に持った剣の切っ先は地面につくギリギリのところにある。

「露骨な時間稼ぎは感心しないっすよ。有用性を確認したい。どこにいるか知りたい。上がそう思ってるってことっすよ。まぁ信じるも信じないも勝手っすけどね。」

「時間稼ぎですか……まぁあながち外れでもありませんが、ただの時間稼ぎと思われるのは心外ですね。情報収集は大切ですから。」

 そう言いながら、エディルの剣に対し、短槍の穂先を真っ直ぐエディルの喉元に合わせて構え直す。

 顔に近い部分に向けられた槍は、距離感が掴みづらくなるのを狙った構え。

 大した時間稼ぎにはならないが、エディルの側としては、大した技量のない相手とは言え、距離感を掴んで攻めるタイミングを図るために嫌でも切っ先に集中する必要がある。

「そうっすね……じゃあそろそろ始めてもいいっすか?」

「そうですね。それでは――」

 エディルとミリアは相対したまま、お互いに踏み込む瞬間を図ろうと目を細める。

 エディルが少し腰を落としたその時。

「――姫様!」

「《水撃(アクア・ショック)》!!」

 フィリスの凛とした声と共に放たれたのは、彼女の全力を込めた水柱。

 決して大きくはない。ただ、ひたすら早く遠く、馬車の後方、後続の部隊がいる方向へ空高く打ち出す。

 雨のお陰で無理に水を作り出す必要はない。周囲の水をかき集め、可能な限り後ろの皆の目に届く場所を目指し、高く打ち上げることに集中する。

 そしてフィリスによって打ち上げられた水に向けて、リネットが叫んだ。

「《風の封壁(ウインド・シール)》!!」

 リネットがもう一度作り出したのはあの赤き盾。

 先ほどのような大きさではない。もっと、もっと小さく。半分以下、縦横数十センチ程まで圧縮された赤熱する盾。

 盾の前方の空間に降る雨は、それに触れることすらできずに蒸散していく。

 膝をつき、目を見開き、伸ばした両の手をフィリスが打ち上げた水の固まりへ向ける。

「いっけぇーーーーー!!!」

 盾が砲弾のように水塊に向かって放たれた。

 守るためではなく、内包する異常な高熱を目的とした術の行使。

 飛び去る赤い軌跡が水塊に吸い込まれた次の瞬間、水塊は巨大な白い雲を撒き散らし大爆発を引き起こした。

 一瞬遅れて到来するのは、耳をつんざくような轟音。


――ドオォォォーーーーーーン!!


 空に打ち上げられ、身体を震わせるほどの轟音を響かせたそれに、エディルもエリナも、術を放ったフィリスとリネットすらも驚愕の表情で固まっている。

 その中にあって、ミリアだけは表情一つ変えず、エディルを見据えていた。

 彼女の狙いは"後続部隊への伝達"だ。どう受け取られようと「何か起こったらしい」とわかればセオやノアが動かないはずがない。

 彼らが動き出せば、追いつくまでにそれほど時間はかからないはずだ。

「半分は賭けでしたが……」

 《風の封壁(ウインド・シール)》は本来全方位防衛用の感応術だが、リネットのそれは、彼女自身の目の前に本人がイメージした形とサイズで、高熱を放つ空気の膜を作り出すものになっている。

 であれば、剣を構成する金属すら溶かすその超高熱を、彼女の望む場所に出現させられるのではないか、とミリアは考えた。

 水が加熱され水蒸気になれば、体積が爆発的に増加するということは広く知られているし、細かな原理までは解明されていないものの、海底で火山が噴火した際に噴出した溶岩の熱によって水が爆ぜ、大爆発を起こすということも、ミリアを含む一部の者たちには知られていたのだ。

「……これで援軍が期待できそうです。」

 その薄く美しい唇の端を少しだけ上げて、ミリアが微笑む。

「……やってくれるっすね……」

 エディルは吐き捨てるように言うと、一歩ずつその距離を詰め始める。

 ゆっくりと近付いてくる濡れた地面を踏みしめる湿った足音が、不気味に響く。

 ミリアの短槍が届く範囲まで、あと数歩。

 どちらの目標が達成されるのかは、まだ誰にも見えていなかった。

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