第四十四話 戦端
「全員注目! これより本日の移動を開始する! 各員持ち場につけ!」
隊長のセオが号令を発し、隊列はゆっくりと移動を開始する。
部隊の持ち場は前日までと同じ。今日も後方の警戒担当は索敵者のリネット、警備兵のユージン、イアン、ライナス、ニコ、そして傭兵として参加しているルカとアーヴだ。
「ルカさん、おはようございます! 昨日のアドバイスを参考に、今日も範囲を絞っての探索を頑張ってみるので、何かお気づきの点があったら教えて下さいね!」
「おはようございます、リネットさん。やる気があるのはいいですが、あくまでも任務優先ですから、先に全方位探索してからですよ?」
リネットが朝の挨拶をしながら、歩み寄ってきた。
小さく拳を握って鼻息荒くやる気を見せているが、気負いすぎないようにとルカは諌めている。
「ははっ! 兄ちゃんの言う通りだぞ。俺たちも警戒はするけど、目の届きにくいところはリネット頼みなんだからなー」
ユージンはいつも通り少し軽いノリで話しているが、その横を歩くアーヴも同意するかのように口を開いた。
「まぁ目視と感応術での探査の合せ技っつーのは警戒の基本だからな。気負う必要はねぇが、気になる方向があるなら、そっちに向かって集中するのはありだぞ。追撃を受けている時なら後ろ、隊列の横から襲撃されそうな地形だと思ったら横、って感じでな。拠点に戻ってから戦場の地形の資料とか見てみたらいいじゃねぇか?」
「それはリネットの参考になりそうだな……」
アーヴの指摘にイアンが思案顔で頷いている。
「資料を見るだの、参考になるだの、真面目だねぇ……拠点に戻ったら報奨金貰って酒でいいだろうよ。」
「はぁ……そういうとこ、ライナスらしいよ……」
呆れ顔のニコに横目で見られながら、ライナスはやれやれといった表情で最後尾を歩く。
そうして隊列は昨日と変わらずゆっくりと森の中を進んでいくのだった。
昼食の休憩を挟み、移動は続くが、その間もリネットは定期的に《音波探査》を使い、全方位と後方を交互に探査している。
「やっぱり方向を意識して、それ以外の方向を気にしないようにすると、探査距離が伸びますね。昨日はまだ自信なかったんですけど、今日は森の中だから、術に反応するものが多くてわかりやすいです。」
森の中は《音波探査》に木々が反応するので、特徴的な位置や大きさの木があったりすると、距離感がわかりやすいのだろう。
全方位探査では反応を感じなかった位置にある木が、方向を意識した時にだけ感じたとなると、その分は探査距離が伸びたと判断できる。
「そうですか。たった一日なのに、すごいですね。そのうち感応術師団一の長距離探査を使いこなす術士になれるんじゃないですか?」
「そ、そ、そんな! 私なんてまだまだなので……いっぱい頑張らないと……」
ルカに褒められたからか、顔を赤くしながらリネットは謙遜して見せている。
その後もユージンにいじられたり、ライナスに煽られたり。イアンやニコは褒めるし、アーヴはシビアな観点の指摘を入れるし。
紅一点だからかリネットは周囲にあれこれ構われ続けるのだった。
そうして昼下がりになると、長かった森林地帯を抜け、隊列は開けた草原地帯に出る。
リネットは《音波探査》を全方位に放ったあと、後方の森に向かって意識を集中して再度《音波探査》を放った。
「……あれ?」
「ん? リネットどうした?」
何やら怪訝そうな表情になったリネットに、イアンが問いかける。
「ちょっと待って……《音波探査》!」
少し緊張した面持ちで、リネットは二回目の探査を試みる。
遠く、森林地帯の奥の街道上に固まりの反応が二つ。
「こ、後方に接近してきている集団が二つ! き、距離は……多分三百メートル、くらい!? ごめんなさい、探査距離が伸びたところの距離感があやふやで……」
リネットが悲鳴にも似た声を上げ、部隊員が一気に色めき立つ。
「ニコ! 上官に報告だ! 行け!」
「わ、わかった!」
イアンがすぐにニコに指示を出し、ニコが隊列前方へ駆け出した。
「敵襲!」と大声を上げながら走っていく。
ルカは最後尾に移動し、目を凝らすが、リネットが感じたという集団はまだ見えない。
彼女の申告通りの距離であれば、集団はまだ森の奥、見えない範囲にいることになる。
「……《音波探査》」
ルカはまだエリナ以外に風系の感応術が使えることを開示していない。
他の面々に聞こえないよう、小さく、森の方に向けてのみ《音波探査》を放つ。
「(先頭集団の移動速度はこちらよりだいぶ早いな。これだとすぐに目視可能な距離に出てきそうだが……逆に後方の集団は遅い? 様子見か?)」
ルカはすぐにイアンの横まで戻る。この部隊はエディルの配下扱いになっているが、エディルがいない場合はイアンが暫定指揮官に指名されているからだ。
「イアン、どうする? 多分早々に追いつかれるぞ。」
「一応部隊の暫定指揮官にはなっているが、指揮経験があるわけじゃないんだ……俺にまともな指揮なんて……」
ルカとイアンの会話を横で聞いていたアーヴは、小さくため息を一つついて、イアンに向き直った。
「一応小隊レベルなら経験あるぜ。自信がねぇなら指揮を変わってもいい。後で罰の一つもあるだろうが、死ぬよりマシだろ。どうする?」
アーヴは傭兵稼業の中でそのような経験があったのか、指揮の交代を提案する。
提案を聞いたイアンは、一瞬逡巡するような表情をした後、ふぅと息を吐いた。
「そうだな。それが一番良さそうだし、そうしよう。ただ任務は護衛だってことは意識しておいてくれよ?」
「わーってるよ。じゃあそれで決まりだ。俺とルカを中心に遅滞戦を展開する。ルカの力量は手合わせして分かってるし、壁も活用してぇから、最前線で付き合ってもらうぞ。」
アーヴがルカの方を一瞥する。ルカも特に異存はないのか、しっかりと頷いてみせた。
「てめぇらは俺とルカの後ろから支援してくれ。集団がくるなら手が回りきらねぇから、打ち漏らしの対応に集中すりゃいい。リネットは攻性術が使えねぇなら前方で他の索敵者と一緒にいてもらったほうがいい。すぐに移動しろ。」
細かく、しかしやるべきことを端的にアーヴは指示を飛ばす。
経験があるというのもあながち嘘ではなく、一度や二度ではなさそうだ。
リネットはちいさく頷くと、小走りに隊列前方へ駆けていく、入れ替わるようにニコが隊列中央で側面の警戒を担当している部隊のメンバー数名を引き連れて戻ってきた。
「エディル様に報告して、側面警戒担当の部隊から何人か連れてきたよ。エディル様はセオ様に報告したらくるって。ど、どうしたらいい?」
「アーヴがイアンの代わりに指揮するんだとよ。とりあえず俺たちは傭兵二人の後ろで打ち漏らしの対応しろってさ。」
ユージンがニコに指示内容を伝えているのを肩越しに見ながら、アーヴはルカに話しかける。
「ルカ、街道の左右に場所は適当でいいから、細かく複数の壁を作れるか? 高さは一~二メートルくらいで、厚みも薄くていいから、とにかく数が欲しい。」
「数ね……こんなもんでどうだ?《石壁》!!」
ルカが片膝を付き、右手で大地に触れて感応術を発動すると、大地が小さく鳴動しながら、縦横一~二メートル程の石板のような壁が、街道の左右に広がる草むらの下から迫り上がり乱立する。
上空から見ると、壁は森の出口部分を中心に、扇状になるように配置されていた。
これである程度抜け道を限定し、数で不利な状況を押さえるのだろう。
「上等! よし、俺とルカは壁の外側で抜けてくるやつらを牽制、可能なら行動不能にする。うちの部隊員は指示通り俺たちの背後に軽く散開して打ち漏らしの対処。追加できてくれたやつらはうちの部隊の代わりに隊列の後方警戒を引き継いでくれ。行くぞ。」
ルカが作り出した壁を前に、各々が装備を携えて迎撃体勢を取る。
ルカは「ブレーヴェの樹」で新調した円盾とショートソード。
森へ行く前にマリウスと意見交換していたのがきっかけで、量産品ではあるものの、軍で新兵に配布される標準品レベルを揃えてくれていたのを新たに購入していた。
円盾は強度が上がっているし、ショートソードも切れ味はさておき、何よりも耐久性がいい。多少切れ味が鈍ろうと、いざという時に折れたり曲がったりしにくいということは大切だ。
ふと見ると、自分たちからゆっくりと離れていく隊列を見て不安になったのか、ニコやユージンがそわそわと落ち着かない様子でいる。
「おい、浮足立つな。隊列が離れて不安なのはわかるが、この離れてる空間は俺たちが遅滞戦を仕掛けながら下がっていくための余裕になるんだ。これが無いとどんなに苦しくなっても足止めて踏ん張り続ける地獄に一直線だぞ。」
アーヴの指摘にニコは少し顔を強張らせながら、自分の背後と隊列の間にでき始めた空間を再度確認している。
仲間と離れた距離ではない。自分たちが引きながら戦うための空間だと考えれば、ぽっかり開いた空間も不安を生むだけのものにはならない。
ちいさく「よし。」とニコが呟き、振り向くのと、森から黒い影が飛び出したのは、ほとんど同時のことだった。
「黒い……狼?」
森狼とも野狼とも違う、少し小柄な四足歩行の獣だ。アーヴの目には、どんな種族なのか判断がつかない。
隣に立つルカにも、背後に控える警備兵たちにも、答えを持っている者はいないようだ。
不自然に赤く光って見える目がルカたちを捉えていて、何か薄ら寒い感じがしてならない。
数は見えているだけで十数匹。森にはまだ出てきていない個体が複数いるような気配を感じる。
黒い狼たちは、不自然に乱立する壁に臆する様子は無い。猛然とこちらへ迫り、壁の合間を縫うように走ってくる。
「見た目以上のことはわかんねぇから、一旦野狼とみなして戦うぞ。おかしな動きをするようならすぐに情報共有だ。いくぞ!」
「「「おう!」」」
壁から抜け出した先頭の狼とルカが戦端を切ったのはすぐ後のことだった。
◇◇◇
時間は数分ほど遡る。
隊列の中程で鞍上にいたエディルは、後ろが騒がしいとそちらへ顔向けた。
すると、遠くニコが大声で襲撃が来ることを叫びながら走ってくるのが見える。
「敵襲?」
怪訝そうな表情のエディルを見つけ、ニコが駆け寄ってくる。
「エディル様、後方から街道沿いに接近してくる一団がいるとのことです! その距離三百メートルほどと見ていますが、ど、どうしましょうか?」
「三百メートル……接敵しているわけじゃない? ……敵の姿や数は確認してるっすか?」
距離があることから、まだ接敵していないことに少し驚いたような表情を浮かべた後、エディルは敵性勢力について確認した。
「あ、いえ、後方に接近してきている集団がいるとわかった段階で伝令に走ってきましたので、それ以上は……」
「(姿を確認していないってことはまだ森の中っすか……)」
エディルは口元に手をやり、何事かを考えながら小さくブツブツと呟いていたが、はっと顔を上げ、ニコに向き直る。
「側面警戒中の部隊から数名連れて戻るっす。俺は隊長に報告して方針決めてくるんで。」
「り、了解しました!」
エディルは急いでニコに指示を出し、自身は馬車近辺にいるはずのセオのところへ馬を走らせた。
表情は彼にしては少しらしくないほどに険しく、時折視線を落として何かを考え込むようにしている。
程なくしてエディルはフィリスの乗った馬車近くにいたセオとノアの元へ辿り着いた。
周囲が騒々しくなりだしたからか、馬車の小窓からはミリアが顔を出している。
「隊長、後方から何者かが接近してきてるみたいっす。ニコが伝令に来たので、側面警戒担当の部隊から数名つけて後ろに行かせたんっすけど、どうします?」
「先日のやつらがまた来たのか?」
「いや、まだ誰なのかは不明みたいなんでわかんないっすね。あんまり誰々だと決めずに対応でいいんじゃないっすか?」
二人は前回の襲撃者かと思ったようだが、今のところ断定できる情報はない。
セオとノアは頷きつつも、状況を頭の中で整理し、今後の対応に頭を巡らせているようだ。
「とりあえず最後尾の連中で遅滞戦やりながら、隊列は引き続き移動、お嬢の馬車だけ先行ってとこすかね?」
すぐに方針が出なかったところに、先んじてエディルが確認を入れる。
「私もおおむねエディルの案で行くのが妥当のように考えます。」
「あぁ、ただ隊列の移動速度は少し下げろ。最後尾の部隊と隊列が離れすぎているように見えると、強引な手に出かねない。逆にお嬢様の馬車は目視確認される前に離脱だ。」
セオの判断にノアとエディルが頷く。
その時、後方の部隊にいたはずのリネットが大きく息を乱しながら走ってきているのが見えた。
途中足をもつれさせながら、這々の体といった感じである。
何かの報告かもしれないと、セオたちはリネットが辿り着くのを待った。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「リ、リネットさん?」
その様子に気がついたエリナが駆け寄る。
「リネット? どうしてここまで来た?」
本来ここにいないはずのリネットが来たことに、セオが問いかけると、乱れた息のせいで何度も声を詰まらせながらも、リネットが説明する。
「はぁ……はぁ……はいぃ……えっと……最後尾の部隊は、アーヴさんの発案で、遅滞戦を仕掛けると……各自役割など分担を決め始めたのですが、私については、攻性術が、使えないなら隊列の前に退避しろと、言われまして……」
「なるほど、アーヴ殿はある程度戦をご存知か。」
感心したように言うノアの横で、少し思案顔になっていたセオが顔を上げた。
「よし、最後尾には私が向かう。士気の維持にもなるだろう。アーヴ殿の指揮がどの程度かはわからんが、無理があるなら私が指揮を変わる。いい指揮をしているなら私が一兵卒になるのも良かろう。隊列全体の指揮はノアに任せる。視野の広いお前なら大丈夫だ。エディル、お前はお嬢様の馬車を護衛しつつ先行しろ。御者と騎兵を一人、あとはエリナ嬢とリネットを連れて行け。リネット、お前はここにいてもやれることは無いだろう。ならばお嬢様の馬車の周囲の索敵をこなしてみせろ。皆、いいな?」
セオが一人ひとりの顔をぐるりと見回した。皆が頷き合う。
「よし、各員行動開始!」
「「「はっ!」」」
セオの指示が飛び、全員が一気に動き出す。
「ミリア殿、今聞かれた通りです。何者かは知りませんが、必ず押し留めて見せますので、エディルたちと共にお嬢様のことをよろしくお願いいたします。」
「承知しました。お嬢様のことはお任せを。それではセオ殿、ご武運を。」
ミリアとセオが目を見合わせ、小さく頷き合うと、セオは馬の腹を蹴り、一気に後方へ駆けていく。
ノアは一度周囲を見回してから、隊列中程で全体の状況確認を始め、エリナとリネットは走ってついていくわけには行かないと、馬車の横に取り付けられている手すりとステップに手足を掛ける。
エディルは近くの騎兵を一人連れてくると、御者とアイコンタクトを取り、馬車は速度を上げて隊列から離脱し始めたのだった。




