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眠りの魔道士  作者: 春野雪兎
通りすがりの諜報員編
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第97話 覚悟

「えっと誤解があるようなのですが、僕は……」

「勇者様!? そうとは知らず失礼いたしました」


 アルフが訂正するよりも先にジーナに頭を下げられてしまった。


「いえ、ですから僕は……」

「おお! ジーナも一緒だったか!」

「ご無沙汰しておりました。お爺さま」

「手紙が途絶えていたが無事な顔を見て安心したよ」

「はい。お手紙では報告出来なかったため、急ぎ帰国いたしました」

「……え?」


 誤解を解こうと思っていたが、それよりも気になるやり取りだった。

 交互に顔を見比べていたアルフに公爵は気がつき紹介を始めた。


「ほっほっほっ。紹介しましょう。こちらは孫娘のジーナです」

「ジーナ・デ・ウォーターズと申します」

「来月結婚されるというお孫さんですか?」

「いや私には孫娘が二人おりましてな。ジーナは十六才だったな」

「はい。結婚予定なのは私の三つ上の姉です。勇者様」


 言われてみるとゆるく波打つ蒼い髪と蒼い瞳は公爵に面影がある。

 整った顔なのも、品が感じられたのも納得が出来た。

 公爵令嬢が諜報活動を行う流行でもあるのだろうかとアルフは思う。


「あの、勇者様とは呼ばないで欲しいのですが」

「では何とお呼びすれば」

「魔道士とでも呼んで下さい」

「そう言えば他の方々もそのように呼んでいましたね」

「何か事情でもあるのですかな?」


 他の方というのはセシルやレオンの事だろう。

 軽くうなずき、今度こそ勇者ではないと伝えようとする。


「それは僕が……」

「お爺さま。魔道士様は諜報活動中なのだそうです」


 しかしまたしても言葉を遮られてしまった。

 ジーナは口元に人差し指を立てて秘密のポーズをとっている。


「そうだったのか。まずは二人とも楽にしてくれ」


 ソファに座ると紅茶が出された。ハーブの香りが部屋に漂う。

 メイドは公爵の目配せですぐに下がっていった。

 どんどん誤解を解くのが難しくなっていきアルフは頭を悩ます。


「孫娘はラッセル帝国の第二皇子に嫁ぐ予定でね」

「ああ。それでジーナさんを帝国の偵察に出していたと」

「嫁ぎ先が他国ともなると心配でな。半年前から帝国に留学させていた」

「政略結婚なのですか?」

「皇子の一目惚れらしいのだが、孫も気に入ったようで良縁だと思っておるよ」


 訂正することに時間を使うより、ジーナの情報に優先順位を変えることにした。

 半年前と言うと、丁度アルフが留学を終えて帰国した後になる。

 現在の帝国がどんな状況なのか知る良い機会だった。 

 パチンと指を鳴らし防音結界を張る。

 公爵は魔力が高いのか、すぐに周囲の結界に気がついた。


「これは……?」

「防音結界です。僕のことよりもジーナさんの報告を聞かせて下さい」

「そうだな。手紙に出来ないという報告を聞こう」

「はい。まずお爺さまの病は悪魔の仕業でした」

「うむ。昨夜、ゆう……魔道士殿に治していただいたのだ。正体は魔物だとか」

「治ったのですか!? そう言えば仮面を外されていますね」

「ああ。私以外にも多くの者が魔法による治療を受け、命を救われた」

「二ヶ月前に病状を聞いた時にはどうなることかと……」


 ジーナは目に嬉し涙を浮かべている。指先でそっと拭う仕草を見せた。

 どうやら眠りの魔法でも治療出来たらしい。

 その事実にアルフも安堵の息を吐きながら尋ねた。


「昨夜の者達はどれくらいの時間で目覚めました?」

「短い者で十時間、長いもので十二時間ほどで腫瘍が消えて目覚めた。見事だ!」

「それは何よりです」


 つまり微小スライムは半日ほど絶食させると消すことが出来ると言うことだ。

 これは朗報だろう。


「あの病はメフィスという男が魔薬を摂取させるのに用いる常套手段のようです」

「確かに病は恐ろしい。絶望から危うく悪魔の力を頼る所であった」

「どのように病にしているのか分かりますか?」

「ラッセル帝国産の高級酒に何かを混入させているのを見ました」

「高級酒!? そうであったか! だから貴族を中心に広がっていたのだな」

「お爺さまもお飲みになったのですね」

「恥ずかしながら年代物の古酒と言われ、手を出してしまったな」


 そう言って公爵は腫瘍の消えた額に手を当てている。

 これは安心材料と言えるだろう。

 無作為に寄生させているのではなく、間違いなく国の重要人物を狙っている。

 水源などに混ぜられていたら手に負えなくなる所だった。


「王族の方々は大丈夫ですか」

「王は問題無い。大きい声では言えないが、彼は下戸でな。酒が飲めんのだ」

「ではお父様も無事ですね」


 ジーナの発言に公爵はうなずいた。酒に弱いのかもしれない。


「他に飲みそうな方でも……?」

「……魔道士殿。昨夜も言ったが、治療に協力していただけないだろうか」 

「今日ならば対応出来ると思います」

「助かる! これも大きい声では言えないのだが、王妃が酒豪でな」

「なるほど」


 アルフは察してしまった。王妃が古酒を飲んでしまったのだろう。

 つまり寄生されているのはこの国の王妃だ。少々厄介な相手だった。

 王妃に不審な者を近づけるとは思えないからだ。


「僕の正体を明かさなくても良いのなら対処しましょう」

「うーむ。難しいが何とか説得してみよう」


 ここまでの情報でも充分に価値があるが、ジーナは帝国から命を狙われていた。

 おそらくもっと重要な機密事項に触れてしまったのだろう。

 知りたい反面、アルフは聞くのが恐ろしくもあった。 


「ジーナよ。他にも報告はあるのか」

「はい。お爺さま……ラッセル帝国は悪魔の手に落ちています」

「何だって!?」


 さすがのアルフもその一言には驚きを隠せなかった。

 公爵の手も震えている。

 それも当然のことだろう。来月には孫娘が嫁ぐ予定の国なのだから。


「どう言う事か、もう少し詳しく頼めるかな」

「お爺さまのように病となった皇帝や皇太子が、魔薬を口にしたのです」

「悪魔の言いなりということか!」

「……はい。現在、皇帝の命令で出入国が厳しく制限されています」

「何と言うことだ」


 公爵は目を閉じ頭を抱えた。アルフとしても同様の気分だった。

 ラッセル帝国は皇帝が治めている強国だ。周辺国に与える影響も大きい。

 国同士の戦いになったら、打ち破ることはおそらく不可能だろう。

 そんな国の皇帝が悪魔の言いなりになっている。

 このままでは世界が滅亡に向かう。


「魔道士殿……いや、勇者殿! もはや頼りになるのは貴殿だけだ」

「勇者様! どうか帝国をお救い下さい!」


 アルフは各国に影響を持つような勇者ではない。

 一個人で帝国を相手にするなど無謀もいいところだった。


「僕は通りすがりの諜報員です。無責任に肯定の返事は出来ません」

「そんな……」

「…………」


 ジーナは絶望で顔を青白くし、公爵は無言でアルフを見つめている。


「ですが……このままにするつもりもありません」

「……!」


 知ってしまったからには放置出来る事でも無かった。

 何もしなければ世界は帝国に、いずれは悪魔に支配されてしまうからだ。


「悪魔に支配される世界? 冗談じゃ無い。そんな悪夢は消滅させてやります」

「良い覚悟だ! やはり私の目に狂いは無かった!」


 公爵が獰猛(どうもう)な笑みを浮かべ、ジーナの蒼い瞳にも希望の輝きが戻った。

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