第96話 誤解
そのまま女性の案内に従おうとしたアルフだったが、ピタリと足を止める。
「あ、すみません。少しだけ庭を見る時間をいただけますか」
「……? はい。では屋敷内におりますので都合の良いときにお声を」
そう言い残して眼鏡の女性は屋敷へと入った。
開けられていた玄関扉が一度閉じられる。
「何故、突然庭を……?」
「少し調べたいことがあってね」
ジーナは疑問を浮かべながら様子を見ていた。
人の目線が少ない死角に移動してからアルフは指示を出す。
「ドロシー頼んだよ」
『ニャア』
アルフの一言でやるべき事を理解したドロシーが一声鳴いた。
そのまま肩からピョンと飛び降りて、瓦礫となった別邸に向かっていく。
「本当に猫が……?」
調べたり出来るのかという疑問だった。
ジーナの呟きにアルフが軽くうなずいて応える。
知らない者からすれば、気まぐれに猫が歩き回っているようにしか見えない。
優秀な密偵というのは本当なのかと、目で動きを追っていた時だった。
「それと、やりたいこともある」
「えっ」
ここは屋敷の者の目が届かない死角だ。
一瞬口説かれているのかと思うくらいにそっと耳元で呟かれた。
不意に肩が抱かれ、ジーナは顔が熱くなった。
押し返そうとした手をギュッと握られ瞳が揺れる。
「……そんな、こんな昼間から」
「気を抜かないで」
次の瞬間にはダンスするように手を引かれ、視点がクルリと回転していた。
すぐに地面から硬い音が響いたのでジーナは視線を下げる。
「なっ……」
「よっぽど重要な機密情報に触れてしまったようですね」
先ほどまで立っていた場所にはナイフが突き刺さっていた。
助けられたのだと理解した時には、すでに二本目のナイフが迫っていた。
思わず目を閉じて、声にならない悲鳴を上げる。
「……!」
刃が届く前にアルフは素早く指を鳴らし、防御結界を張った。
――キンッ!
甲高い音を響かせて飛んで来たナイフが弾かれる。
結界の効果が続いている隙にアルフは額に手を当てて気配察知の魔法を使う。
「三人か」
ジーナにその呟き声が聞こえ、目を開けたと同時にアルフの姿が消えた。
「えっ……消えた?」
魔法で身体強化してから跳躍したため移動を目で追えなかったのだ。
「お待たせしました」
「えっ!?」
消えていた姿がすぐに現われたのでジーナは再び驚く。
「あの、一体何を」
「暗殺者が数人いたので、眠らせて拘束してきました」
「い、今の一瞬で!?」
実際にはこれ以上狙ってこないように、眠らせながら記憶を消してもいた。
「怖い思いをさせてしまいすみません」
「いえ、私だけではなく屋敷の者も守ってくださったのですね」
「本当は全員に防御結界を張りたいのですが、本調子じゃなくて……」
「え?」
「あ! 調子が悪いって言うとドロシーに怒られるので今のは内緒で」
暗殺者を拘束しておきながら猫を怖がる様子に、ジーナはクスリと笑う。
「何かおかしなこと言いました?」
「ふふっ。猫を怖がるなんてちょっと可笑しくて」
「ドロシーが怒るとホントに怖いんですよ? あ、今のも内緒で」
「分かりました」
ジーナは口元に手をあてて笑いをこらえながらうなずいた。
こんな笑いの感情が生まれたのは久しぶりのことだった。
「では公爵の所へ行きましょうか」
そう言って何事も無かったかのようにアルフは玄関へ向かい扉を開ける。
先に屋敷内へ入っていた案内の女性が待機してくれていた。
「お庭の見学はもうよろしいですか」
「はい。東側には興味深い人物像が三名横たわっていますね」
「……東側に?」
「斬新なので衛兵と一緒にご覧になって見ては」
「……!」
アルフの言葉に事態を理解した眼鏡の女性は、近くの者に目配せをした。
同時にハンドサインを送ったらしい。それだけで数人の使用人が動いた。
さすがは公爵家だとアルフは感心する。
「それではご案内いたします」
案内に従って廊下を進んで行く。
今度は殺意ではなく好奇の視線を向けられていることに気がつく。
「…………」
盗聴のようなことはしたくないので、普段は集中して聞いたりしない。
しかしこうもメイドたちに視線を向けられていては、内容が気になった。
聴覚を研ぎ澄ますとヒソヒソとした話し声がハッキリと聞こえてくる。
「ねえ、あの方が勇者様なの」
「そうよ。でもお忍びだから……」
「顔を隠しているものね。どんなお顔なのかしら」
レオンも言っていた通りに誤解されているらしい。
ここで訂正した所で、お忍びと思われていては意味が無い。
これは公爵にきちんと話しておくべきだろうとアルフは歩きながら考える。
「恋仲って本当なのかしら」
「告白場面を目撃したらしいわ」
「キャ」
そんな噂話も聞こえてきて、思わずアルフは頭を抑えた。
その様子にジーナが心配そうに声をかける。
「どうしました?」
「大丈夫。気にしないで」
昨夜、疲れていて放置したせいでとんでもない話になっていた。
頭痛を覚えながら廊下を進み、応接室の前に着く。
案内の女性が扉をノックすると中から返事があった。
「どうぞ」
先触れのおかげで、すでに待ってくれていたようだ。
扉を開けると公爵が笑顔で迎えてくれた。
「よく来てくれた! 勇者殿」
これは訂正から入るべきだなとアルフは苦笑した。
『おめでとうございます。ご主人様』
「突然お祝いなんて、どうしたの? ドロシー」
『一万Pvを突破しました』
「えっ? どう言う事」
『一万回以上”眠りの魔道士”のお話が読まれたと言うことです』
「……い、一万回!? 何でそんなに!?」
『ご主人様が手当たり次第に人助けするからです』
「ちょっと待ってよ! ドロシーだって活躍してるだろ!」
『ちなみに今日のセシル様は白のレースです』
「くっ! 清楚な彼女にピッタリ……じゃなくて! 今度やったらお仕置きするって言っただろ……!」
アルフは収納空間から土鍋を取り出した。
『ニャア!?』
「しばらくそこで反省するように!」
ドロシーはしばらく猫鍋になって眠っていた。(反省はしていない)




