第95話 魔道士にとっての常識
「ウォーターズ公爵とお知り合いなのですか?」
「昨夜、公爵家で開かれていた集会でいろいろとありまして」
魔薬をクッキーにすり替えたり、魔獣のゾンビと戦ったり。
自爆攻撃を受けたり、半裸の男に迫られたり……とにかくいろいろあった。
特に最後の精神的疲労は計り知れない。
「集会!? すでに公爵はメフィスからの魔薬を口にしたのですか!?」
「メフィスというのは、ピエロのような仮面を付けた男の事でしょうか」
「そうです!」
「話すと長いのですが結論から言うと、口にはしていませんよ」
「……よかった。彼を知ると言うことはあなたも潜入捜査を……?」
「実は途中でバレて大変でした」
「そうでしたか……命がけの諜報活動だったのでしょうね」
本当は諜報員でも何でも無いが、アルフは軽くうなずいておいた。
道化師男の名前を知ることが出来たのは収穫だった。
「それにしても、セシル嬢まで諜報員なのか?」
「内緒でお願いしますね」
「俺だけ仲間はずれかよ」
「レオンだって似たような事をしてるじゃないか」
「あー? 言われてみればそうかもな」
アルフの指摘にレオンは頭をかいた。
情報屋だって充分、大っぴらに人には言えない生業だった。
「皆さんはどこの組織に属しているのですか?」
「ん? 組織って言われてもな……俺は普通の平民だし」
「私も普段はベルジェ国で暮らしている普通の公爵令嬢ですね」
「僕もその辺にいるような普通の……」
「ちょい待ち!」
アルフが言い終わる前にレオンが待ったをかける。
「あーそいつだけは常識外な男だからな」
「どういう意味だよ? レオン」
「どういうって、そのままの意味だろ」
「そんなことはないよ。僕だって常識を持って普通に生きているよ」
予想外なレオンの指摘にアルフは腕を組んで抗議する。
「じゃあ聞くが、公爵家までどうやって行くつもりだ?」
「そんなの魔法転移して行くに決まってるだろ? 一番早くて安全だもの」
「ほらな」
レオンの言葉にジーナはうなずいた。アルフは訳がわからず頭を捻る。
「あのな、常識ある奴は先触れを出して馬車とかで行くものなんだよ」
「…………」
「魔道士様にとっては転移するのが常識的な移動方法なのですね」
「…………」
アルフは目を閉じてしばし黙考した後、閃いたようにポンっと手を叩いた。
「分かったよ。確かにいきなりの訪問は失礼だね。先触れを出すよ」
収納空間から羊皮紙を取り出すと、念じて魔法で文字を書き始める。
まるで焼き印のような文字が羊皮に浮かび刻まれていく。
魔方陣を作るときの応用だった。
完成した所でパチンと指を鳴らすと、羊皮紙は羊に姿を変化させた。
「公爵まで頼んだよ」
あっけにとられているジーナやレオンを余所に、近くに転移空間を作り出す。
羊に変化した羊皮紙は、アルフの作り出した空間へとサッと消えていった。
羊が公爵に触れると元の羊皮紙に戻る仕組みだ。
「これでよし! っと」
「何が『これでよし!』だ! 先触れごときでそんな高等魔法を使うなっての!」
「ん?」
「やっぱり常識外にいる男だったな」
魔法を使わないならば紙にペンで書いて、使用人にお使いを頼むだろう。
とても時間がかかる上にきちんと届くのか不確かな方法だった。
「今の先触れって普通じゃないの……?」
今のアルフは魔道士だ。だったら確実に届ける魔法を使える。
魔道士にとっての常識で行動したアルフは常識外と言われて疑問が浮かべる。
『ご主人様。今回ばかりはレオンさんが正しいです」
「そうなの?」
『手紙を運ぶなら鳩です』
「あ、羊がまずかったのか。鳩にも出来たのに!」
『そうです。常識で考えて下さい』
「違う……そこじゃねーよ」
疲れたようなレオンの小さな呟き声はアルフに届かなかった。
「ね、猫がしゃべった……!?」
次々と目の前で繰り広げられる常識外の事態にジーナの混乱は続く。
そこで初めてアルフは防音結界を張っていなかったことに気づく。
「紹介がまだでしたね。ドロシーはある意味、僕よりも優秀な密偵ですよ」
「まさか……その猫さんまで情報収集をするのですか」
『ニャア』
「本当に……!?」
「勝手に機密情報を持ち帰ってくることもあります。気を付けて下さいね」
『ニャア』
その機密情報の中身こそが言うわけにはいかない機密だったりする。
ここで墓穴を掘るわけにはいかないので注意喚起だけしておく。
「まあ常識からは外れているが、頼りになる男だってのは保証する」
「信頼出来る方なのは間違いありませんよ」
「そんなに持ち上げられても……それじゃあジーナさん、行きましょうか」
「は、はい。お願いします」
アルフは額に手を当て昨夜訪れた公爵家をイメージした。
「結局転移するのかよ」
「いってらっしゃいませ」
二人に見送られながら転移する。
■■■
「こ、これは一体!?」
視界が切り替わり最初にジーナが目にしたのは倒壊している別邸だった。
何人もの使用人や職人が瓦礫の撤去作業を行っている。
堅牢な屋敷が倒壊している様は明らかに異常だった。
「「キャー!」」
そんな中、アルフたちの姿を見て数人のメイドが悲鳴を上げた。
突然の悲鳴にビクリと肩が揺れる。
最初は先触れが届いていないのかと思ったが、それは思い違いだった。
「本当にいらしたわ! 私が案内を」
「いいえ、私が行くわ!」
「あなたたちは持ち場に戻りなさい!」
メイドたちは誰が案内するかで一悶着あったあと、一喝され散っていく。
その一喝をした眼鏡をかけて聡明そうな女性が案内に来てくれた。
おそらくメイド長だろうとアルフは思った。
「失礼いたしました。ご案内いたします」




