第88話 仮説
悪魔崇拝者たちの集会を潰しに来たつもりが、屋敷まで潰してしまった。
しばし呆然と残骸を眺めてから、気を取り直してドロシーを探す。
「この辺りに美人の黒猫さんはいませんかー?」
『ニャア』
返事はすぐに返ってきた。
鳴き声が聞こえた方向に微笑みながら両手を広げる。
胸にドロシーがジャンプで飛び込んで来たので、そっと抱きしめる。
「みんなを避難させてくれてありがとう! ドロシー」
『ニャア』
「ふわあぁ、眠っ。さあ宿に戻って休もうか」
さすがに寝不足と疲労で視界がかすんできた。
目をこすりながら預けていた馬の所へ行こうと歩き出す。
「待ってくれ!」
「ん?」
鳥の仮面をつけた初老の男と、子どもを連れた男たちに呼び止められた。
アルフは両手を前方に出し言い訳をする。
「いや……あの、屋敷を倒壊させたのは僕じゃありませんからね」
「さっきの爆発に巻き込まれていたら全員命は無かった」
「貴方とその黒猫は、命の恩人だ。一言礼を言わせてくれ」
「ありがとう」
「感謝する。子どもたちの命を差し出さずにすんだよ」
てっきり屋敷倒壊の責任を追及されるのかと思っていたが違っていた。
思いがけない感謝の言葉に驚きつつアルフは応える。
「どういたしまして。間に合って良かったです」
『ニャア』
先ほどまで感情を感じられなかった子どもたちも元に戻っていた。
ドロシーが催眠状態を解除してあげたのだろう。
そう思ったアルフは肩にいたドロシーの頭をよしよしとなでてあげる。
「……そうか。貴方が言っていた間に合ったとは……」
「あはは。まあ、そう言うことです。それじゃあ、僕らはこれで」
「待ってくれ! 君は一体私たちに何を食べさせたのだ」
「あー? 安心して下さい。あれは、とある令嬢の手作りクッキーです」
「く、クッキーだと……!? あれがクッキーだと!?」
あ、驚きすぎて二回言ってる。アルフは冷静に心の中で突っ込んだ。
確かにアレをクッキーと言われたらそんな反応になるだろう。
「ええ。魔薬のような効果はありませんよ」
「そうか……まあ遅かれ早かれ死ぬ運命には変わりないが」
「神に祈ってダメなら悪魔の力に頼ろうと思った私たちが浅はかだった」
「そうだな。まさかあんな契約だったとは……すまない」
「お父さん。諦めないで!」
何だかこのまま帰りにくい雰囲気になってしまった。
ダメ元でアルフは尋ねてみる。
「皆さん、何か重い病なのですか?」
互いに顔を見合わせていたが鳥の仮面をつけた男性が話し始める。
それを補足するように周囲の男たちも語り始めた。
「額のあたりに腫瘍があってな。それが膨らみ続けて最後は死に至る」
「その症状が全員にあると?」
「ああ。医者も診たことが無い奇病らしい。原因も治療法も不明だ」
「回復魔法も薬も効果がない。呪いの類いでもないらしい」
「切り取ろうとした者はさらに大きく膨らんでしまった」
ずいぶんと厄介な病らしい。しかし最後の言葉にアルフは引っかかりを覚えた。
「その腫瘍。見せて頂いてもよろしいですか」
話してくれた男性が鳥の仮面を外す。白髪混じりの蒼い髪に蒼い瞳だった。
確かに額の中央が大きく膨れていた。
会場に集まっていた者が顔を隠していた理由はこれだったのかと納得する。
その腫れた部位を集中して見ると、小さな魔核のようなものが感じられる。
「これを切ると膨らむのか。もしかしたら……」
「何か心当たりがあるのか!?」
「分かることがあれば教えて欲しい!」
「今立てた仮説ですが、魔物が寄生している可能性があります」
アルフは医者ではないので、病を診断することは出来ない。
しかし悪魔がこの症状に関係していたとするなら、ひとつの可能性が浮かぶ。
「魔物だって!?」
「ええ。例えば小さなスライムのような魔物です」
「小さなスライム……そんな魔物が身体の中に寄生していると……!?」
「あくまでも仮説ですけどね」
顎に手を当てながら話を続ける。
「現在お隣のベルジェ王国では、微小な不死のスライムが出没していまして」
「微小な不死のスライムだって?」
「しかも攻撃すると増殖します。切って増えたと考えるなら似ていると思いませんか」
「そんな魔物が存在しているとは……」
「どうしたら、その不死の魔物を倒せるのだ!?」
原因が分かったら治療法を求めたくなる気持ちは分かる。
銀の魔女から弱点は空腹だと聞いてはいるが、まだ何も試してはいない。
「仮説が正しかったとして、今僕に出来る対処方法は二つですね」
「二つもあるのか!?」
「ひとつは魔物を眠らせて活動を停止させ、自滅を待つ方法」
「眠らせる……?」
「はい。安全ですが時間はかかると思います」
自滅までにどれくらいの時間を要するのかは、やってみないと分からない。
しかし眠らせるだけなので危険はないはずだ。
「もう一つの方法とは?」
「消滅結界を使って、魔物の存在を消滅させることです」
「なっ……消滅結界だって!?」
「消滅結界?」
その方法を聞いて反応は二つに分かれた。
結界を知っているか知らないかの差だ。
知っている者の頭に浮かんだ言葉は”勇者”だった。
「こちらは即効性がある代わりに危険が伴います」
「その方法。私に試して貰えないだろうか」
鳥の仮面を外した男性が二つ目の方法をアルフに願い出た。
「クリストファー・デ・ウォーターズ公爵とお見受けしましたが」
「いかにも。私が生きたい理由は話した通りだ」
「後悔はしませんか?」
「悪魔よりも、貴方のような心に熱い決意を持つ若者を信じて見たくなった」
熱い決意なんか語った覚えはなかったアルフは焦る。
「覚悟もなく成し遂げられるような、小さな望みではないのだろう」
指摘されて思い出す。
そう言えば野心家を演じるために言ったなと。
「ほっほっほっ。成功したらその望みとやらを聞かせて欲しいものだ」
「……分かりました。やってみましょう」