第89話 精神的に限界
「公爵、危険では!?」
「私たちが先に!」
「構わない。自分の最後には責任を持たねば」
「しかし……公爵にもしものことがあれば」
「よい。この者がいなければ、すでに死んでいた身だ」
側近なのだろう。危険が伴うと聞いて止めに入っている。
「そもそも消滅結界の使い手がこの場にいることが奇跡なのだ」
「公爵。それはどう言うことです」
「神に愛されている者だけが使えると言われる大魔法だ」
「……たしかに悪魔崇拝をしていた私たちの元にはいるはずのない人物だ」
「本当にそんな結界が使えると……?」
「勇者様かもしれない」
「……!?」
アルフは半ばウトウトしながら、やり取りに口を挟むこと無く聞いている。
いつもなら違うと突っ込みを入れるのだが、それすら億劫だった。
大規模な消滅結界であれば消耗が激しくて今は無理だった。
悪魔と同化した男に消滅結界を使えなかったのはそのためだ。
『ニャア』
ドロシーが早く休んでと言っている。本音を言えば早く戻って休みたい。
別に世界中の人を救ってあげようなどとは思ってもいない。
でも目の前に困っている人がいると手助けしたくなる性分だった。
助けを求められたら、さらに断れない。
しばらく話し合っていたが公爵の決断は揺るがないようだ。
「待たせてしまったな。成功しなくても恨んだりはしない」
「では頭部に結界を作りますから、そのままで」
集中力を高めるために目を閉じる。
額サイズの魔物を消滅させるのにも、それなりに集中力を使う。
うっかり頭部を消したら殺してしまうからだ。
精霊と瘴気が絡まっていた時よりは容易だが、間違いは許されない。
眠気を吹き飛ばすように頭を数回振って深呼吸する。
「いきますよ」
「頼む」
魔核を感じ取り狙いを定める。
そして範囲を見極めたアルフは公爵に向かってパチンと指を打ち鳴らした。
額を含む頭部を紅い光が包み込む。
紅い光が強く輝き、そして消えていく。
「おおっ!」
「……消えている! 公爵! 額の腫瘍が消えています!」
「何と!」
周囲に言われ公爵は額にぺたぺたと手を当て確認している。
そして公爵の目に喜びの涙が浮かんだ。
結界の光りが消えた時、額の膨らみは無くなっていた。
「凄い! 一瞬で消し去るなんて」
「こんな魔法があるとは……! 一体何者ですか!?」
「いや、何者でも構わない! 貴方こそ、この国の救世主様だ!」
「神は我々を見捨てていなかったのか……!」
信仰対象がこうも簡単に変わっていくのかと苦笑するしかない。
「他のみんなも呼んで来る!」
途端に男たちに囲まれ、むさ苦しくなった。
疲労感でぐったりしていたアルフは、がっちりと両手を握られてしまった。
誰かが別館に避難していた者を呼びに行き、中庭に人が増えてくる。
「頼む! 私たちも治療してもらえないだろうか」
「お願い! お父さんを治して」
手を掴まれ逃げられない状態で、数人の男が突然服を脱ぎだした。
「いっ!?」
半裸の男たちが次々と目の前に迫ってくる。
突然の事態にアルフの頭は追いつかない。
「な、な、何を……!? 僕にそう言う趣味は……!」
「違う! 誤解しないで欲しい。私は腫瘍が心臓部にあってだな」
「私は腹部に」
「同じく脇腹の部分に」
「私は下腹部にあって……」
それぞれがアルフに近くで見せたり、触らせようとしてくる。
「だぁーっ!? ストップ! ここで脱がないで!!」
理解はした。しかしキツいものはキツい。
疲労している中で男たちの裸体に囲まれ、今度は精神的に限界だった。
とても消滅結界を張る集中力を保てそうにない。
「わ、分かりましたから! 取りあえず手を離して下さい!」
「ああ、すまない」
手を離された所で、アルフはジャンプで上空に跳びその場を抜け出した。
そのまま空中に浮かび姿勢を保つ。
生首のゾンビもキツかったが裸体の男に囲まれるのもキツい。
「旦那様! 何事ですか!?」
騒ぎを聞きつけて、使用人たちも集まってきた。
何事かと遠巻きに見ている。
「待ってくれ!」
「逃げないでくれ! 貴方だけが希望なのだ!」
「私の身体も見て欲しい!」
「まずは服を着て下さい! 外ですし、風邪ひきますよ!?」
裸の男に追いかけられるなんて冗談じゃなかった。
疲労した状態で囲まれたら逃げ出せなくなる。
アルフはゾンビを相手にした時以上の危機感を身に感じた。
「なんて優しいお言葉を」
「室内ならいいのか! では私の部屋で頼む。二人になれる個室を用意する!」
「いや、それはそれで……」
このまま転移で逃げ出したい気分だった。
しかし放置するわけにもいかない。
寄生部位は額が多いようだが、身体が膨れていることもあるらしい。
先に説明して欲しかった。とアルフは思った。
「取りあえず、もう一方の眠らせる方法を試しますから!」
「おお! やってくれるのか!」
「私もやってくれ!」
「この身体を任せる!」
眼下では裸体の男たちが大声で叫んでいる。
集まってきたメイドさんたちからは、顔を赤くして見られていた。
「はぁ……変な誤解を受けそうな表現は何とかなりませんかね」
小声で呟きアルフは大きく腕を振った。
公爵以外の男たちに眠りの魔法をかける。
魔物だけ眠らせればいいのだが、一人一人確認していくのが面倒だった。
次々と地面に倒れて眠り出したのを確認して、ゆっくりと着地する。
公爵が周囲を見渡しながら尋ねてきた。
「これは……全員眠っているのか」
「寄生されている魔物ごと全て眠らせました。おそらく起きたら治るかと」
面倒だったからという言葉は省いて伝える。
「何とお礼を言えばいいのか」
「それじゃあこれで」
「待って欲しい!」
「まだ何か?」
「今夜集まっている者以外にも患者が……いや、寄生されている者がいるのだ」
「……正直に言うと、今は疲弊していてこれ以上は難しいのですが」
「そうであったか。では都合の良いときに頼めないだろうか」
公爵が頭を下げる。高位貴族が頭を下げることなど、そうそう無い。
ここで断ったら見殺しにすることになる。
アルフはゆっくりと頷いた。
「分かりました。出来るだけ早めに対処しましょう」
その時、遠目に見ていたメイドから歓声があがった。
「「「きゃー!」」」
「あの方が告白を受け入れたわよ」
「見て! 公爵様を選んだわ!」
「違うわよ、公爵様に選ばれたのよ!」
そんな声が聞こえてきて、アルフは額から嫌な汗が流れ出す。
絶対に変な誤解をされている。
何故今ので初老男性からの告白を受け入れたことになるのか。
小一時間問い詰めたいが、そんな元気はない。
「はぁ……戻ろう。ドロシー」
『ニャア』




