第85話 大乱闘宣言
「それで? 黒フードの君はその魔薬をどうするつもりかな」
「もちろん自分で飲み込みますよ」
疑いをもたれる前にアルフは黒い塊を一口で飲み込む。
途端に苦しくなり、口を押さえて咳きこむ。
「うっ……ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ!」
近くに置いてあった赤ワインで、喉に残る塊を無理やり流し込む。
途端に身体がじわじわと熱くなってきた。
まずくて涙目になるが魔力は回復していく。
「飲み込んだ! 飲み込んだね! ははははっ!」
「……まずっ……ふう。これで力が増幅されると……」
塊を飲み込んでも無事だった姿を見て周囲の者も次々に飲み込んだ。
そしてアルフと同じように咳きこみ、口や胸に手を当てている。
ほとんどの者がアルコールで流し込んでいく。
そうでもしないと飲み込めないほど強烈な味をしていたからだ。
「ははははっ! これは素晴らしい! 全員飲み込みましたか!」
「ええ、たしかに力を感じます」
「うむ……? 変わったような」
「何となく」
「皆様ご心配なく。効果には個人差がありますから! ははははっ!」
道化師の男は楽しそうに笑い続けている。
「これにて契約完了です! 命尽きるまでその力を自由にお使い下さい!」
「命が尽きるまでとは……?」
「おや? 説明していませんでしたか」
「何のことですか」
アルフは再び、とぼけたような質問をする。男の本来の目的を聞き出すために。
もちろん男がわざと説明していなかった事は分かっている。
「増大した力に身体が耐えられなくなった時の話ですよ」
「耐えられなくなった時……何があると」
「ははははっ! 何と! その身体は悪魔が美味しくいただくのです!」
「……食べるだって!?」
「そんな……」
「いっ!?」
「ははははっ! 怖いですか? 安心して下さい。いい方法があります」
男は段々と本性を現してきた。怯える人々の声を楽しそうに聞いている。
そして頭の両側からは羊のような角が生えてきた。
その姿を見てアルフは察する。すでにこの男は悪魔と同化していると。
「その方法とは」
「悪魔に魂を渡すことです。そうすれば不死の肉体が手に入りますよ!」
「おおお! 不死が叶うのか!」
「それは素晴らしい!」
怯えていた者からも不死への誘惑に歓声が上がる。
不死の肉体になることは、確かに魅力的なことだろう。
しかしアルフは知っていた。
魂を渡すということは、人としての生を終わらせるのと同意義だと言うことを。
「ただし誰もがその権利を得られる訳ではありません」
「……!?」
「何だって」
「どうしたら」
再び動揺の声があがる。男はその一喜一憂の変化すらも楽しいようだ。
「悪魔を崇め喜ばせるように、例えば悪魔の希望する生贄を捧げるとか」
「希望する生贄……」
「ははははっ! そうすれば気に入られて選ばれるかもしれませんよ?」
力を使って自由に生きろと言っておきながら、それは行動を縛るものとなる。
結局は魔薬を口にしてしまったら悪魔を崇めて言いなりになるしかない。
こうして悪魔崇拝者は広がっているらしい。
「選ばれたとして、得られるのは不死の肉体だけですか」
「ははははっ! いいね! その貪欲さ! やっぱり君は興味深い」
男に興味を持たれても、これっぽっちも嬉しくないとアルフは思う。
だが機嫌の良いうちに出来るだけ情報を引き出したかった。
「特別に教えてあげよう! 何と特殊な能力を持つことが出来る!」
「特殊な能力?」
「そう。ネクロマンサーとして死者を操ったり、魔薬を飲んだ者を操ったり……」
「えっ」
「では私たちも操られると!?」
すでに魔薬を飲んでしまった者は後戻りが出来ない状態にある。
操られると聞いて口々にざわめき始めた。
「そうですね。操られちゃうかもしれませんよ。はははは!」
「死者や他者を操れるようになるだけですか」
「はっ?」
挑発的なアルフの発言に少しイラつきを覚えたようだ。
操られると聞いて焦ると思っていたのに、態度が変わらなかったからだ。
男の笑い声が止まる。
「強気な態度ですね。もちろんそれ以外にも悪魔の力を持つことが出来ます」
「なるほど、参考になりました。ぜひ選ばれたいものです」
「ほう! ではさっそくチャンスを差し上げましょう!」
その声に周囲から不満の声が漏れだす。
身体を食べられるよりも、不死の肉体を手に入れたいと思う者が大半だからだ。
その不満を手で落ち着かせ、道化師の男は続ける。
「ご安心を! チャンスは平等ですから」
「一体何をさせる気でしょうか」
「魔薬を飲んで力が上がっているはずです。その力を試してみたくはありませんか?」
「おお!」
「試してみたい」
「確かに」
力を得たら試してみたくなるものだ。次々と賛成の声があがる。
アルフは嫌な予感がし始めた。
「では皆様で戦い、最後に立っていた者を私がマルファス様に推薦しましょう」
それはいきなりの大乱闘宣言だった。
『ご主人様!』
「どうしたの? ドロシー」
『約束を忘れないでくださいね』
「忘れてないよ。もうちょっとで片付くから」
『本当ですか?』
「……たぶん」
『約束は絶対ですよ! 守れなかったら……』
「……ドロシーさん、怖いです」