第84話 道化師の男
貴族の会話は常に腹の探り合いだ。
表面上はにこやかに接していても、それが本心ではないことも多い。
ここは悪魔を崇拝してまで願いを叶えようとしている者の集まりだ。
野心家を演じる方が自然だろうとアルフは考えた。
「覚悟もなく成し遂げられるような、小さな望みではありませんから」
「ほっほっほっ。若者はそれくらいでなければな」
「貴殿はどんな望みを? 差し支えなければ教えていただけますか」
「私か? ありきたりな望みだ。不死身の肉体だよ」
「なるほど、不死ですか。その状態の身体で成し遂げたいことでも?」
不老不死を望むこと自体は悪いことではないとアルフは思っている。
問題はその状態で何をしようとしているのかだ。
「王を倒して国を支配……などと若いころなら夢見たかもしれんな」
「高い権力を狙っているわけではないと」
「すでに財も名誉も、王ほどではないが権力もある」
「素晴らしい人生ではありませんか」
「ほっほっほっ。しかしな、病ばかりは私に従わない」
元気そうに見えるが病のようだ。
財も権力もあるなら高度な治療や薬はすでに試していることだろう。
それでも治らない病のために悪魔の力を借りると言う事か。
「若いようだが結婚はしているかな?」
「……いいえ。独り身ですが」
「そうか。来月、孫娘が結婚式を挙げる予定でね」
「おめでとうございます」
「出席して祝福してあげようかと思っている」
「お孫さんも喜ばれることでしょう」
「そんな祝い事を私の葬式で延期させるのが嫌なのだ」
「それは――」
それ以上アルフは言葉が続かなかった。
来月まで生きられないほど、身体が悪い状態だということを意味していたから。
「魔薬を飲めば力が湧いてくると聞いて、延命を期待しているのだ」
「まだ口にされていないと」
「各国に多数の希望者がいるようでね。ずいぶんと待たされたよ」
「そうでしたか」
「魔薬の力でも無理ならば、悪魔様に魂を渡して生き延びるつもりだ」
「人をやめてでも?」
「それが私の覚悟だよ」
まだ瘴気を取り込んでいないし、悪魔と契約して魂を渡してもいない。
だからこそアルフは再び口にする。
「間に合ったようでよかった」
「んん? ああ、そろそろ始まる頃だね」
そういって男性は会場の中央へと移動を促す。
その動きに合わせて歓談中の人々も集まりだした。
「貴方は運がいいようだ」
「何故です?」
「同士の集まりは何度もあったが、魔薬が入手できるのは今夜だけでね」
会場の奥に掛けられていたカーテンが開く。
獣の頭で飾られた祭壇のような場所が設置されていた。
祭壇の中央には、黒い棺が置かれている。
――パチパチパチパチ!
そして鎖でつながれた子どもが六人、仮面の男に連れられて入ってきた。
子どもたちは感情が抜け落ちたように、揃って虚ろな表情をしている。
黒い笑い顔の仮面を付けた男は、まるで道化師のような恰好をしていた。
それを集まった皆が拍手で迎えている。
「さあ! 皆様お待たせいたしました」
アルフは警戒を強めた。道化師の男は身体から瘴気を発していたからだ。
「皆様は運がいい。今宵は死者蘇生の瞬間に立ち会えるかもしれません!」
「「「おおおおっ……!」」」
道化師の言葉に会場がざわめく。
祭壇を囲むように二十名ほどが集まっているので、アルフも紛れ込む。
「まずは、生贄を捧げてくださった皆様に感謝を」
祭壇に飾られている獣の生首が、捧げられた生贄らしい。
さっと数えると二十二頭分。
たしかに会場に集まっている人数と同じ数の生首がある。
正確にはアルフを入れると会場の人数は二十三人で一頭分合わない。
首の下に敷かれた布が流れ出た血で赤黒く染まっている。
「それでは皆様お待ちかねの魔薬を」
そういって道化師の男は懐から黒い塊が入った瓶を取り出した。
それを見て再び会場がざわめく。
男はゆっくりと会場に集う人々を見回し、一人を指名した。
「んーそこの黒猫を連れている君! 手伝ってくれるかい」
「……!?」
突然の指名に驚きながら周囲を見る。
集まっている人々の中に、黒猫を連れているのはアルフしかいない。
「そうそう君だよ。黒猫に黒フード。なかなか興味深いスタイルだ」
指名されたアルフは初老の男に背中を押されて、渋々祭壇へと向かう。
後ろから人をかき分けて向かうその途中。
――パンッ!
何かが弾けたような音が響いて周囲の人々が音のした方を見る。
すると指名された黒いフードの人物が床に手をついていた。
「すみません。緊張して転んでしまいました」
その様子を見て周囲は失笑する。
立ち上がったアルフは頭をかきながら呼ばれた場所へと向かった。
「緊張するほどのことではないよ。この魔薬を皆様に配ってもらえるかな」
「喜んで」
黒い塊の入った瓶を手渡されたアルフは、まずフィンガーボウルで手を洗った。
そして一人に一つずつ黒い塊を手渡していく。
最後に自分も一粒つまみとり、空になった瓶を男に返す。
道化師の男は不思議そうに首を傾けた。
「おや? ピッタリとは素晴らしい。足りなければ殺し合いの予定だったのに」
「あはは。それはよかった」
本気か冗談か分からない男の言葉にアルフは笑っておく。
「やっぱり君は興味深いね」
「どこにでもいるような平凡な人間ですよ」
「そうかな? まあいいでしょう」
一度うなずくと、再び周囲に目を向けて道化師は話し始める。
「皆様が手にしている魔薬には偉大な悪魔マルファス様の力が宿っています」
「「「おおおお!」」」
「悪魔マルファス様! 万歳!」
「自分で使っても、誰かに飲ませても良い。どう使うかはお任せします」
「飲むと具体的にはどのような変化があるのですか」
無知を装ってアルフは道化師に尋ねる。
「体内に取り込むと、その者の望みに応じて力を増幅してくれます」
「増幅ですか」
「そう。体力でも魔力でも、知力でも魅力でも。強く望むほどに力は上がっていく」
「反動とかは?」
「はははっ! 気にすることはない。魔薬で得た力を使い好きに生きて欲しい」
「己の欲望に忠実に生きろと」
「そうです。それこそがマルファス様の願いなのです」
「マルファス様はなんて慈悲深い! もう神なんか祈らない!」
「私もだ。これからは悪魔様の時代だ!」
悪魔に力を借りて何もない訳がない。
しかし道化師の男はそのリスクを説明する気はないようだ。
手のひらにある黒い塊を見ながらアルフは思った。




