第86話 選ばれし者の姿
「さあ! 皆様勝ち残るための作戦は立てられましたか?」
道化師の男は面白そうに、会場の人々を見渡している。
これは面倒なことになってきたなとアルフは思う。
実際は誰も魔薬を口になどしていないからだ。
道化師の男に呼ばれた時に十秒ほど時間を止めて、瓶の中身をすり替えた。
「無駄にせずにやっと食べたよ。ローラ」
『ニャア』
口にした黒い塊は、以前ローラが手作りした真っ黒く焦げたクッキーだった。
飲み込む時のワインには水薬をあらかじめ仕込んでおいた。
時魔法の使用で一気に減った魔力を回復させるためだった。
改良前の水薬を使ったので、まずい味の相乗効果で涙目になる苦しさだった。
全員むせ込んだおかげか、飲み込んだ塊を疑われることはなかったが。
「さてどうしよう」
問題は魔薬を口にしていない事がバレないように戦えるかだ。
学生時代の訓練でしていたように、支援魔法を周囲に掛けてみようか。
そんなことを考えている時だった。
「あの……よろしいですか」
最初にアルフに話しかけてきた初老の男性が、手をあげて発言する。
「どうしました? 今さら怖じ気づいたのですか」
「いえいえ。死者蘇生を見せてもらえるのはいつなのかと」
「ははははっ! そうでした、そうでした! うっかりしていましたね」
「何せ老い先短いもので。戦いに身が持つか……」
「なるほど! 死んでしまったら儀式を見られませんからねえ」
言いながら道化師の男が指先を動かすと、棺のフタが持ち上がる。
予想通り棺の中にはスーリオンに似せて作ったゴーレムが安置されていた。
こちらもすり替えには気付かれていないようだ。
「こちらがなかなか入手出来なかった極上の器。エルフ族の子どもです!」
「あの子がそうなのか」
「これがメインイベントか。ようやく奇跡を見ることが出来る」
「待たされたな」
戦いを始めようと意気込んでいた者たちも、再び祭壇の周りに集まってきた。
初老の男性も興味深そうに眺めている。
「ご覧の通りすでに死んでいます」
子どもの死体を目にして誰かの喉がゴクリとなった。
棺の中身を直視出来ずにいる者もいた。
「ここに用意した六人の子を生け贄にするだけで蘇るのです!」
「あの子どもたちが生け贄に……?」
「待ってくれ! 我が子は手伝うだけだと」
「私の子どもだってそうだ」
「まさか人の命を必要とするのか? しかも六人もの命を!?」
初めて儀式の実態を知った者もいたようだ。
自分の子どもを知らずに差し出していた親もいるらしい。
しかし魔薬を飲んでいたならば、すべてが手遅れだった。
「契約を終えたと言うのに、今頃何を心配しているのです?」
「…………」
もはや言いなりになるしかない。子どもの父親たちは無言になった。
「忌々しいことに我々の邪魔をしてくる者のせいで、儀式が遅くなりました」
「一体誰がそんなことを」
「そうだ! 悪魔様の邪魔をするなんて!」
「どんな奴なんだ! 探し出してやる」
不死の肉体を得るために少しでも好かれようとする者もいる。
「その邪魔者は黒いフードで顔を隠し、黒猫を連れているようです」
それはつい先ほど魔薬を配る手伝いをしていた者の特徴だった。
全員の視線がアルフとドロシーに注がれた。
「黒いフードに……」
「黒猫」
「おや? 偶然ですが邪魔者と同じ姿をされていますね」
絶対にわざと言っている。
せっかく悪魔崇拝者の集まりに潜入できたと思っていたが台無しだった。
元よりアルフもこの集会を潰しに来たのだが。
ここは開き直ってみることにした。
「あはは! それは凄い偶然ですね」
「ははははっ! まったく凄い偶然です」
誤魔化そうとしてみるが周囲からは疑いの目で見られている。
遠巻きにジリジリと囲まれていた。
アルフはゆっくりと壁際に追い詰められていく。
「そしてさらなる偶然! この会場に悪魔信者ではない者が紛れ込んでいます」
「信者ではないだって!?」
「どう言う事だ」
「この祭壇にある獣の頭と信者の数は、同数になるはずなのですがね」
照らし合わせて数え出し、確認を始める者がいた。
アルフはそっとため息を吐いた。
「生け贄の獣は二十二頭分なのに、二十三人いるぞ!? 一人多い!」
「そう言えば、もうひとつ不思議な事がありました」
道化師の男はアルフを見ながら人差し指を立てた。
その指に瘴気が集まりだしている。
「私が皆様のために用意した魔薬の数は二十です」
「二十?」
「でも私たちは全員が口にして……?」
「そうです! 配られた数はピッタリでした!」
立てていた指をアルフにピシッと向ける。
――バチッ!
同時に黒い雷撃が飛んできた。アルフは素早く横に躱す。
雷撃が当たった後ろの壁には穴が空いて、紫の煙を上げていた。
その威力を見て囲んでいた者たちが数歩後ずさる。
「残念。避けられましたか」
「いきなりですね! 渡した側の間違いだったら笑えませんよ」
「悪魔召喚をする前の余興として、殺し合いを予定していましてね」
「余興にしては過激だと思いますが」
本当に不足分を理由に殺し合わせる気だったらしい。
いや理由なんて何でもよくて、醜い争いを好むだけなのだろう。
――バチッ!
再び雷撃がアルフの頭に向かって飛んでくる。
今度は沈み込むように、屈んで避ける。壁の穴が二つに増えた。
「魔薬の数は確認済みでした。渡す時に偽物を混ぜましたね?」
――バチッ!
さらに一撃。心臓を狙った攻撃を半身になって躱す。
撃つたびに雷撃の速度が上がっていく。
「何だって!?」
「三人分の魔薬は偽物だったということか!?」
「何てことをしてくれたんだ!」
「いや、待てよ。三人はまだ操られずに済むってことじゃないか……?」
気付いた誰かがそんなことを言い出した。
飲んだ魔薬が偽物だったのならば、悪魔と契約しないことも出来る。
契約の全貌を知った今なら拒否したい者ばかりだった。
周囲から困惑が伝わってくる。
「ははははっ! 誰の魔薬が偽物だったのか答え合わせしてみましょう!」
道化師の男が、付けていた笑い顔の仮面を投げ捨てた。
仮面の下は紫色の皮膚だった。人とはかけ離れた容貌をしている。
大きく耳元まで裂けた口で笑っている。
「なっ!」
「おわっ!?」
メキメキと音を立て背中から黒い羽根も生えだした。
ギョロリとした目が光りを放つ。悪魔と呼んで良い存在がそこにいた。
悪魔と同化した姿を初めて見た者ばかりのようで、驚きの声が聞こえてくる。
「はははっ! これが選ばれし者の姿です! 素晴らしいでしょう」
その姿を見せたのは完全に逆効果だろうとアルフは思った。
普通の感性を持っていたら、自分からなりたいと願う姿ではなかった。
周囲は完全に引いている。
「さあ! 儀式を盛り上げましょうか! その男を捕まえて殺せ!」
命令を受けたが誰も動かない。互いが互いの出方をうかがっている。
「何をしている! 魔薬で得た力を使う時だ! 私の命令に従え」
魔薬を飲み込んだ二十人が命令に従い、攻撃をするはずだった。
しかし会場にいた者は誰も操られて動くことはなかった。
アルフと男を見比べて困惑している。
「なんだとっ!? まさか……まさか……」
「渡した側の間違いだったら笑えないって言いましたよね」
実際は全部が偽物だったことに、今さらながら気がついたようだ。




