第63話 救出
「それじゃあ準備はいいかな」
アルフが頷いたのを見て銀の魔女はパチンと手を打ち鳴らした。
「ドロシー」
『五階の東棟へ。奥の部屋につながる隠し扉があります』
フローラ殿下の部屋に向かうまでの内部の作りや近衛兵の配置は覚えている。
額に手を当てて目を閉じ、ドロシーの指示通りに五階へと転移する。
東棟への通路は初めて通るため即座に気配を消して、魔法で身体能力を上げる。
高速で駆け抜け、護衛の目をかいくぐりながら進む。
――――あれだな。
一見すると突き当たりの壁に絵が飾られているのだが、巧妙に扉が隠蔽されていた。
素早く扉を通り抜けると、身体にヒンヤリとした冷気を感じる。
扉を抜けたフロア全体が冷却されているようだ。
壁は凍り付き、廊下は霜で白い。
「寒っ」
耐冷効果のあるローブを羽織っているのに寒さを感じる程だ。
寒さから守るため、肩に乗るドロシーをローブ内の懐へと移して抱く。
警戒しながらも急いで真っ暗な廊下を奥へと進んで行く。
瘴気が強まり、奥へ進むごとに気持ちが悪くなってくる。
ジワジワと体力や精神が削られていくような気分だった。
『ニャア』
「痛っ!」
突然、何かに肩を撃たれたような衝撃を感じた。
即座に防御結界を張るが衝撃は続く。
アルフは頭を庇うように片腕で防御の姿勢を作る。
―ドッ!ドッ!ドッ!
―ガッ!
―バチッ!
「っ! ただの物理攻撃じゃないな」
『精霊たちが操られて攻撃しています。ご主人様』
「どうすれば」
『操っている者を探して下さい』
防御の姿勢を崩して額に手を当てて目を閉じ、気配察知の魔法を使う。
その間にも攻撃を受け続け、頭や額からは血が流れ出し頬を伝う。
アルフは歯を食いしばって痛みに耐えながら魔法に集中する。
『ニャア』
アルフの深い傷が浅くなるようにドロシーは癒やしの波動を出している。
「見つけた!」
数多くある部屋の中から、人と精霊と瘴気の混じった気配を感じた場所へと飛び込む。
その部屋全体には瘴気が渦巻いていて、その場にいるだけで息苦しい。
探るように周囲を見ると大きな氷の中に閉じ込められた美しい女の人の姿があった。
「これは……一体誰だ?」
目を閉じて手を組んだまま、眠るように美女が凍っている。
人の生命反応があったのは一人分だったので死体なのだろう。
この死体を腐らせないようにフロア全体が冷気に満ちていたのかもしれない。
「……」
その氷漬け女性の近くの椅子には、表情の消えたエルフの女の子が無言で座っていた。
よく見ると歩けないように片足が折られて曲がっている。
「酷いことを!」
眠らせて回復させようとしたアルフよりも、周囲の精霊が素早く動いて妨害される。
女の子は焦点の合わない虚ろな目をして腕を突き出し横に振っている。
「その死体の女性を守るように言われているの?」
「……」
アルフの疑問に、女の子は何も答えない。
すでに自我が無くなっている。
反応の無い女の子を心配して一瞬の隙が生まれた。
―ドガッ!
アルフは強い衝撃波を全身に受けて横の壁に叩きつけられる。
その力には瘴気が混じっていた。
この女の子も体内に悪魔の力が入り込んでいるようだ。
さらに取り込まれている精霊の力までもが加わっている。
自我が無く、ただ命令を実行する精霊使いとなっていた。
―ドガッ!
女の子は無言で腕を何度も振る。
強力な衝撃波が防御結界を貫通してくる。
アルフの身体が浮かび上がり、今度は反対側の壁に叩きつけられた。
「……くっ。僕は君たちを助けに来たんだ! 遅くなってごめん!」
「……」
―ドガッ!
再び壁に叩きつけられる。
体中を衝撃波で打撲し、痛みに顔を歪める。
ドロシーを守るように片腕で抱えていたため、受け身を取れずに床に崩れた。
「……ぐっ」
『ご主人様!』
「危ないから動かないで」
このままでは、身体が持たない。
起き上がったアルフは聖属性の光弾を女の子に放つ。
しかし操られている精霊達が集まってきて守るように壁を作り、代わりにはじけ飛ぶ。
遠方からの魔法が届かないなら近接するしかない。
しかしどうやって近づけばいいのだろうか。
近づこうにも精霊に妨害されてしまう。
何か方法は無いかとアルフは考えを巡らせる。
―ドッ!ドッ!ドッ!
考えている間にも周囲の精霊から攻撃を受け、体力が削られていく。
折角見つけたのに、こんな状態ではこの部屋から連れ出すのも難しい。
どんどん時間だけが過ぎていく。
残り一分あるかどうか。
この状況で魔法が使えなくなったら、救出も自分の脱出も絶望的だ。
時間が無い……アルフの顔に焦りが浮かぶ。
「時間……そうか!」
時を止める魔法を銀の魔女様は使っていた。
あれをここで再現出来れば近接出来る。
今まで時を操る魔法を使ったことはないが、間近で見たのだから出来るはず。
目を閉じて時を止める魔法の感覚を思い出す。
(出来る! 自分は魔道士だ! 絶対に助ける!)
―パン!
アルフは自分を鼓舞しながら両手を合わせて打ち鳴らす。
――――周囲の時が止まった。
即座に女の子の側に駆け寄り聖属性の光弾を身体に当てる。
しかし黒い塊が口から出てこない。
すでに体内に根を張って取り出せないのかもしれない。
「ちっ!」
生命力を吸われている段階ならば命が危うい。
今度は眠りの魔法をかけて、エルフの女の子を深く眠らせる。
取り込まれていた精霊も同時に大人しくなった。
そこで時魔法の効果が切れる。
現状では十秒ほど止めるので限界のようだ。
短時間でもズキズキとした頭痛を感じる。
そのまま女の子を抱き上げて、アルフは元いた場所へと転移する。
「お帰り……って、酷い怪我だな!?」
「心配ありません寝たら治ります。それよりもこの子を」
「この数分で見つけ出してくれたのか!」




