第64話 正体不明の人物
「瘴気が除けなくて魔法で眠らせています」
「うむむ」
銀の魔女はアルフが抱きかかえている女の子の精神部位を注視した。
内部に取り込まれた精霊と瘴気が複雑に絡まり合っている。
「こんな状態にした者がいるのだろうが、ひとまず場所を移そうか」
「賛成です。命を救うことを優先しましょう」
「詳しい話は私の家でしよう。ここよりは安全なはずだ」
パチンと魔女が両手を打ち合わせる。
次の瞬間、周囲の景色が切り替わりアルフの目の前には澄んだ泉が広がっていた。
周囲の緑を映して湖面がエメラルドのような輝きを見せる。
そのほとりに建つ家の中へと案内され、女の子を寝台へ寝かせる。
「何か助ける方法は無いでしょうか」
「その話をする前に、冒険者くんもその痛々しい怪我を治そうか」
時間にすれば数分の出来事だったがアルフは大きなダメージを負っていた。
まだ止まっていない血が額から流れ出し、ぽたりと雫を作って落ちる。
アルフが顔に手を触れると、ポロポロと残っていた仮面が崩れていく。
「……結構力作だったのに。こんなにボロボロだと、もう使えないな」
「魔法で造形したのかい? 手先が器用だね。本物のお化けも驚きの出来だったよ」
殿下に顔を見られる可能性を考慮して、あらかじめ仕込んでおいた仮面だった。
上手くごまかすことは出来たが、操られた精霊たちの攻撃には耐えられなかった。
『ニャア』
まだ眠って治す気が無さそうな主人のために、ドロシーは癒やしの波動を出す。
「ありがとう。ドロシー」
「おっ。気が利く彼女じゃないか」
「自慢の彼女です」
『ニャア』
アルフに自慢の彼女と言われてドロシーは照れながら、くにゃりと身体を曲げる。
そんなドロシーを軽く撫でた後、収納空間から水薬を取り出して飲み干す。
魔力不足でズキズキと気になっていた頭痛が治まっていく。
「魔力もだいぶ消耗したようだね」
「魔女様の見様見真似で時魔法を使ったら、思った以上の負担でしたよ」
「見真似で時魔法を使うなんて恐ろしいほどの魔法の才能だなあ」
「いえ、全然。十秒止めるだけで限界でしたから」
「言っとくけど普通は見真似なんかで使えないからね? 規格外の冒険者くん」
呆れながら銀の魔女は肩をすくめる。
「それで、この子と精霊から瘴気を取り除く方法は無いでしょうか」
「正直ここまで深部に入り込むと、私にもお手上げ状態だ。命は救えない」
「そんな……!」
「精霊も瘴気に取り込まれたままになる。地の精霊の怒りも静まらないだろう」
「何とかならないのですか!? このままじゃ多くの人々にまで被害が及びます」
「一つだけ可能性があるが、それが出来る人物を探し出せるかどうか……」
そう言って魔女は難しい顔をして腕を組む。
魔女様でも見つけ出すのが難しい人物とは誰だろうか。
レオンの情報網を駆使して探してもらえば何とかなるだろうか。
「その人物とは誰です? 友人にも頼んで探してみます」
「それが、正体は不明だし顔も分からない。どこに住むかも不明の人物でね」
「正体不明ですか」
「存在していることは間違いないが、まだ探し出せた者はいない」
時間も無い中で探し出せるか分からないが、その人物に命運が託されている。
「確かに簡単には見つけられそうにない人物ですね。名前は分かっていますか?」
「その人物とは『眠りの魔道士』と呼ばれている魔道士だよ」
「……え? 眠りの魔道士?」
「冒険者くんも噂を聞いた事はないかな。その人物ならあるいは助けられるかも」
そう言って魔女は目を閉じる。どうすべきか思案しているようだ。
思案中の魔女にドロシーが話しかける。
『眠りの魔道士様とはご主人様のことです。銀の魔女様』
「何だって!? 何て幸運だ! そのご主人様とやらはどこにいる!?」
ドロシーはゆっくりとアルフに前足を向ける。
その前足の向いた方向を確認して魔女の目が点になった。
「え?」
「えっと、僕のこと……ですね」
「早く言ってくれよ! もうこの国は終わったかなって思ってたよ!?」
銀の魔女はフードの首元を掴んでがくがくとアルフの頭を振る。
「く……苦しいです……。魔女様……僕が何をすれば助けられると?」
「消滅結界だ。冒険者くんが眠りの魔道士なら血の消滅結界を使えるだろ」
「……なるほど。体内の瘴気だけを消滅させれば良いのか!」
「状態はかなり複雑だから、これ以上変化しないように直前までは私が時を止める」
「お願いします。僕もここまで難度の高い消滅結界の構築は初めてなので」
「よし! 希望が見えて来たぞ。早いところ取りかかろう!」
早速二人は動き始める。
泉の近くにある開けた場所に移動し、アルフは魔力を使い消滅結界を描き始める。
森や泉に住まう精霊がその様子を見守っている。
銀の魔女は眠っている女の子に集中して、精神体に入り込んだ瘴気を止め続ける。
「なかなか難しいな」
アルフは時折女の子に視線を移して精霊と瘴気の状態を確認する。
誤って精霊を消滅させないように注意深く描いていく。
泉が夕日を映して黄昏色に変化する頃、納得するものとなった。
最後に腕を軽く切り、流れる血を結界に落とし威力を上げて完成させる。
「魔女様! 結界が完成しました」
「合図をしたら時の流れを戻すから、後は頼んだよ!」
「お任せを」
「……今だ!」
――――パン!
――――パチン!
銀の魔女が手を打ち鳴らす音と、アルフが結界を発動させる音が重なる。
それに呼応するように地面が赤黒く光だす。
複雑な紋様の結界が女の子の周辺に輝き、上空へ向かって紅く光る光柱が伸びる。
「……うっ……う……くっ……!」
それまで眠っていた女の子は結界内で苦しさから呻き声を出す。
身体がその場で跳ねるように揺れ、全身から黒い瘴気がジュワジュワ湧き上がる。
黒い煙は道連れにするように女の子の首に巻き付き締め上げている。
「永遠に眠ってろ!」
アルフが握りつぶすように拳に力を入れて、さらに魔力を込める。
結界から真っ赤な鳳凰が浮かび上がり、瘴気を燃やし尽くすように消し去っていった。




