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眠りの魔道士  作者: 春野雪兎
通りすがりの冒険者 前編
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第65話 風の精霊

 消滅結界の光が消えていく。

 細心の注意を払って描き上げた消滅結界の結果が出る。

 複雑に絡む瘴気と精霊。

 少しでも間違っていれば精霊の存在も同時に消えてしまう。


「………………」


 銀の魔女とアルフが息を止めて、まったく動かなくなった女の子を見つめる。

 先ほどまでは結界内で呻き声を出していたのに、今はそれすら無くなっている。

 手遅れだったのだろうか。瘴気に生命力を奪われ過ぎたのだろうか。

 不安が頭をよぎり始めたその時――――。


『わあ! ようやく出られたー!』


 そんな声が辺りに響いて、女の子の身体から大きな精神体が飛び出してくるのを感じ取った。

 人が認識できる程の声を出せる高位の精霊らしい。


「よし! 成功だ! 精霊が解放されたよ、冒険者くん!」

「はあ……よかった」


 銀の魔女の言葉にアルフは安堵した。

 歩み寄ってきた魔女が手の平を掲げたので、アルフはその手にハイタッチする。

 パンッ! と音を響かせる。

 その音に興味を持った精霊が二人に近づいて来たようだ。

 突風が吹き抜けバサリとフードを揺らす。


『何、何? 今のは何の儀式?』


 話し好きの精霊と聞いていたが、好奇心が旺盛なのかもしれない。

 相手をするようにドロシーが話し始めた。


『互いを讃える称賛の儀式です』

『あなたは闇の精霊さん? 猫の精霊さん?』

『どちらでもあり、どちらでもありません』

『あはは! 不思議な事を言うのね。わたしは風の精霊だよー』


 風の精霊と名乗る声にアルフは納得した。

 衝撃波の正体は瘴気が加わった暴風だったらしい。

 風魔法の根源を相手に挑んでいたようなものだった。


『ずいぶんとご主人様を痛めつけてくれましたね』

『ごめんねー! でもあの子から出られなくて、とっても苦しかったのー』

『解放してくれたご主人様と魔女様に感謝して下さい』

『ありがとー! ああー! ようやく自由にお話できる』


 瘴気に絡みつかれて自由が奪われていたらしい。

 楽しそうに周囲をくるくると動き回っている。

 そのたびに強い風が吹き抜けていく。

 しばらく様子を眺めていると、ようやく女の子の身体がピクリと動いた。

 アルフは仰向けに寝そべる女の子に近づいて、目線を低くしてから話しかける。


「もう大丈夫だよ」

「……」

「痛いところは無い?」

「……」


 女の子は無言のままだ。しかしその緑色の瞳には薄らと涙がにじんでいる。

 余程怖い思いをしていたのだろう。

 まだ話せるようになるには時間が掛かりそうだった。


「僕がエルフの暮らす森に帰してあげるから。まずは身体と心を休めて」

「……」


 安心させるように語りかけたアルフの腕に手を伸ばすと、目から涙がこぼれ出した。

 結界を強化するために切った腕からは、血がポタポタと落ちている。


「僕を心配してくれているの? 優しい子だね。かすり傷だから大丈夫だよ」

「……」


 ごめんなさい。と女の子の口元が動いていた。

 自我を失っていると思っていたが、どうやら攻撃した事を思い出したらしい。


「気にしなくていいよ。君は何も悪くない」

「…………」

「さあ、もう少し眠ったら元気になれるよ。おやすみ」


 アルフは優しく腕を振って再び眠りの魔法をかける。

 ゆっくりと女の子の瞼が閉じていく。

 身体の傷は治っていたが心の傷が重傷だった。

 少しでも精神の負担が軽くなるように、ゆっくりと直近の記憶を消して行く。


『色々と尋ねなくてもよろしいのですか』

「うん。今はこの子の心を守るほうが重要だ」

「いいのかい? きっと冒険者くんに助けられた事も忘れてしまうよ」

「構いません。むしろ操られて傷付けた事なんか覚えていないほうが良い」


 深い眠りについた女の子の頭を撫でながら謝る。


「遅くなってごめん」


 そのまま横抱きに抱えて、再び魔女の家へと運んでいく。

 その後ろをドロシーと風の精霊が話しながらトコトコ、ふわふわと追ってくる。


「記憶の消去……これが真の英雄が見つからない理由か」

「僕は通りすがりの冒険者です」

「冒険者くんは何か使命を持って生まれているとお姉さんは思うよ」 


 黄昏の中を話しながら並んで歩く。


「使命ですか? 考えたこともなかったな」

「神殿や教会から神託を受けたりしていない?」

「いいえ」

「消滅結界の使い手とは本来、神の愛し子……つまり勇者のはずなんだけどね」


 銀の魔女は顎に手を当て頭をこてんと傾ける。


「本当に勇者ではありませんよ。どこにでもいるような人間です」

「どこを探してもいないと思うよ? 冒険者くんは唯一無二の存在だ」

『当然です。ご主人様の代わりになれる方など存在しません』


 唯一無二の存在と聞いてドロシーが会話に加わる。

 風の精霊も話に加わりたそうに周囲をくるくると飛び回っている。

 それを見て銀の魔女は提案する。


「時間はあるかな? もう少しお姉さんとお話しようか」

「夜には仕事があるのですが、それまでなら喜んで」


 お家デートだとはしゃぐ銀の魔女に苦笑いしながら、アルフたちは家の中へ入っていく。

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