第41話 価値ある情報
夢から飛び出し目を開けると腕の中で赤子が眠っている。
その目元には涙が見えたので、アルフはそっと指で拭ってあげた。
包まれていた布を捲って赤子の背中を見ると、羽が再生されようとしていた。
怪我をしていたと聞いたので眠りの魔法を掛ける時に回復効果を混ぜたためだろう。
目を覚ます頃には完全な状態で羽が再生される事だろう。
「なんて酷いことをするのでしょう。魔道士様、先ほどの夢は事実なのでしょうか?」
「夢は大抵の場合その人の持つ記憶から作り出されます。大人になるほど複雑に絡まり変化が大きいのですが、赤子の場合はまだ見たまま聞いたままの記憶が繰り返される事が多いです」
「会話が鮮明でしたね」
「おそらく内容は理解していないでしょうが、セイレーンの子だけあって音に対する記憶が強いのかもしれません。言語を音として記憶していたとすれば、おそらく実際に体験した事だと思います」
幸せな夢に切り替わったのか赤子は再び表情を和らげる。
怖い夢を見させてしまったお詫びにアルフは優しく頭を撫でた。
「セシル様。この子をお願い出来ますか。少し仕事が出来ました」
「赤子の両親を探しに行くのですか? でしたら殴っていた男に見覚えがあります」
「さすが顔が広いですね」
「あの男はレジナード商会の会頭だと思います」
「レジナード商会といえば確かメルヴィル領地の商人でしたか」
「よくご存じですね。メルヴィル港のある港町で伯爵家の次に大きな屋敷に住んでいます」
「ありがとうございますセシル様。価値ある情報です」
「これでも王国の諜報部ですから。どうぞお気を付けて」
アルフは赤子をふわりと浮かせてベッドに寝かしつけると、額に手を当て軽く目を閉じメルヴィル港をイメージした。ドロシーが肩に飛び乗ったと同時に転移する。
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「セシル様に見送ってもらえるとか、疲れているけど頑張れる気がしてきた」
『ニャア』
気力で頑張ろうとするアルフにドロシーは癒やしの波動をかけてあげる。
「ありがとう。ドロシーのおかげで本当に頑張れるよ」
『ご主人様はもっとお身体を大切にして下さい』
「ドロシーもね。さて、出港した港に戻って来たね。やっぱり転移魔法だと移動が早いな」
『商船が到着する前に船の客室に戻らないと、ご主人様がいなくなって騒ぎになりますよ』
「分かっているよ。夜明け前には見つけたいな」
『また寝不足ですね』
「ふっふっふ。しばらくは朝帰りしてもマーサに怒られないから平気さ」
『死んで蘇生したのにまだマーサさんが怖いのですか?』
マーサの怒った顔や説教を思い出してアルフはぶるっと身震いした。
「そりゃあ……怖いよ」
気を取り直し暗闇の中、港町の上空に魔法で浮かび上がり大きな屋敷を探し出す。
「一番大きいのがメルヴィル伯爵の屋敷だから、会頭の屋敷はあっちだな」
『倉庫もありますね』
「行ってみよう」
そのまま上空を飛びレジナード商会の会頭宅を目指す。
倉庫の屋根に降り立ち、上部の窓から中を覗いていくと三カ所目で夢の中で見た青年がいるのを発見する。
「見つけた。罠だらけの子爵邸の後だと楽に感じるな」
鍵が掛けられているだけで特に見張りもいなかったので、アルフはそのまま倉庫の中に転移する。
青年は寝ることも無く、憔悴した表情でただ椅子に座っていた。
「今晩は……いや、日が変わっているから、おはようかな」
「誰だ!?」
「通りすがりのベビーシッターです」
「なんだか分からんが道化師に付き合う気にはなれない」
突然声をかけられ一瞬驚くが、黒いフード姿で顔を隠しベビーシッターを名乗る怪しい者に青年はすぐに興味を失った。
妻も子も奪われた無力さに、ただただ悲しみに暮れていたからだ。
そんな無気力な青年にアルフは興味を持たせるキーワードを入れて話しかける。
「貴方がカレンちゃんのお父さんですか」
「……!? カレンを……俺の子を知っているのか!?」
「はい。カレンちゃんが教えてくれましたから」
「嘘を吐くな! まだ話せないはずだ。さては親父に頼まれたのか! カレンはどこだ!?」
急に騒がしくなったので、アルフはパチンと指を鳴らし防音結界を張る。立ち上がった青年に胸ぐらを掴まれたので手を添えて護身術を使って外す。
身体が弱っていたのか青年はそれだけで尻餅をついてしまった。
「嘘では無いです。と言っても信じてもらえないでしょうからカレンちゃんの元にお連れします」
「本当か! カレンは無事なのか!?」
「王都にある孤児院で保護していますよ。まずはここを出ましょう」
「出してくれるのか!? だったら港にも連れて行ってくれ。俺の船があるはずだ」
「構いませんが……何を?」
「妻を……セレーナを探す。死んだなんて俺は信じない!」
子どもの無事を知った青年はもう無気力な目をしていなかった。
家族を守る父親の顔になっている。その顔を少し眩しそうに眺め、アルフは提案を了承する。
「分かりました。では先に港へ行ってみましょう」
言いながら男の肩に手を置き、一緒にメルヴィル港へと転移した。潮風が頬を撫でる。
「ほ、本当に出られた!? 貴方は何者なんだ!?」
「もう少しお静かに。実は通りすがりのベビーシッター中の魔道士です」
「魔道士だと! まさかセレーナを……」
「あー違います。僕は血生臭いのは苦手なので。それで、どうやって見つけるつもりですか?」
アルフが尋ねると、青年は何も言わずに港に停泊している一つの船に飛び乗り出港させる。
「えー? 連れ出したのに無視とか」
『きっと頭が一杯なんですよ。ご主人様もセシル様の事になるとポンコツになるじゃありませんか』
「あそこまで酷くは無いでしょ」
『酷いです』
「ううっ。ドロシーさんが辛辣」
『追いかけなくてよろしいのですか』
「よろしくないですね。追いかけます」
そう言ってアルフは、すでに沖まで出ている青年の船に向かって上空を飛んで追いかけた。




