第42話 天性の楽士
「あの船、動力は魔石かな。結構速いね」
青年の船を追いかけながらアルフは周囲を観察していた。
海面には複数の影が見えている。
波音に混じりバシャバシャと水面を打つような音も響いていた。
まだ遠いが羽ばたく音も聞こえる。
『海の魔物が船に集まってきています』
「うん。どうやらあの人が呼び寄せているみたいだね」
『危険では?』
「襲われそうなら助けるよ。もう少し様子を見てみよう」
港が全く見えなくなった辺りで青年の船は止まった。青年は甲板に出ると笛を吹き始める。
ゆったりとした不思議なメロディーだがずっと聴いていたくなるような音だった。
―ザバッ!
―ザバッ!
―バサバサバサ!
数曲の演奏後、青年の船は海の魔物に囲まれていた。
水面にはたくさんのマーメイドが顔を出している。
空からもセイレーンが集まって来て周囲を飛び回っている。
「これは凄いな。笛の音に魅了の魔力が宿っている。魔物にとっても魅力的な音楽だろうね」
『ニャア。私も聴き入ってしまいます』
アルフは船の近くで浮遊したまま笛の演奏を聴いていた。
「船乗りかと思ったけど天性の楽士なのかな」
『ご主人様と似ていますね』
「いや、全然似てないからね!?」
『天性の才能があるという点においてですよ』
たくさんの魔物が集まってきた所で、青年は演奏をピタリと止めてしまう。
「どうしたのレオン。もう終わり?」
「もっと聴かせてくれ。久しぶりの演奏じゃないか!」
話せる魔物からは抗議の声が上がっている。
その魔物たちにレオンと呼ばれた青年が話しかける。
「皆!聞いてくれ! 僕の妻セレーナを知らないか!? 酷い怪我で海に落とされたらしいんだ!」
「おお! あのセイレーンか。一体何があった」
「姿を見たか?」
「いいや」
「ギギギッギギッ」
「ピピッピピッ」
たくさんの海の魔物たちがザワザワと騒ぎ始める。
話さない魔物は鳴き声や音で伝え合っている。
その中でマーメイドが声を上げた。
「私の友達のイルカが場所を知っているそうよ」
「セレーナはどこに!?」
「昨晩レクトーンの洞窟近くで歌声を聴いたって」
「生きているんだな! 頼む! そこまで案内してくれ!」
「カリュブディスのいる海域だ。レオン!船で近づけば巨大な渦潮に巻き込まれるぞ」
大柄な半魚人が警鐘を鳴らす。
空を飛んでいたセイレーンがレオンを持ち上げて連れて行こうとするが、フラフラとしてあまり速度が出そうに無い。
そのまま状況を見守っていると突然声を掛けられた。
「おーい! そこのベビーシッター中の魔道士! 来てくれ」
「ん? 僕」
「俺をレクトーンの洞窟まで運んでくれ!」
呼ばれたのでアルフが甲板まで降りていくと、運搬の依頼だった。
周囲の魔物が一斉にアルフへと視線を向ける。
「場所が分からないと転移出来ないな」
「レオン。その美味しそうな人間は誰?」
「食べても美味しくないですよー」
「隠しても無駄よ。芳醇な魔力の香りが全身から出ているもの。猫と同化しているのかしら? 闇の精霊も美味しそう」
「ドロシーも食べられませんよー」
じゅるりと舌舐めずりしながら見てくるセイレーンに、背中がぞわっとしたアルフは思わず後ずさる。
肩ではドロシーが威嚇のポーズをとっている。
次々に集まってきたセイレーンたちを止めたのはレオンだった。
「皆、止めてくれ! 俺を助けてくれた魔道士だ」
「そうなの? 一口囓るのもダメ?」
「痛いからダメですよー」
しつこく食べようとしてくるセイレーンから逃げるようにアルフは青年に話しかける。
「レオンさん、でいいのかな。近くまで行ったら僕が何とかするから行ってみましょう」
「さすが魔道士だ! 誰か洞窟まで案内してくれないか」
レオンの依頼に、海面に顔を出していたマーメイドが答えた。
「良いけど、代わりに演奏を聴かせてくれる?」
「もちろん! 無事に会えたらセレーナとの演奏を聴かせてあげるよ」
「約束よ。嘘だったらそこの人間たちを食べるから」
「約束する!」
協力しようとは思っていたが、勝手に約束するレオンにアルフは突っ込む。
「おーい! 勝手に僕らを食料にしないでくれるかな。と言うかマーメイドまで肉食なの!?」
「そういうわけだ。協力してくれ! ベビーシッターだろ!」
「どういうわけだよ!?」
船上で言い合いながらレオンの船は高速で洞窟を目指して進んで行った。
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しばらく進むと大きな洞窟が見えてきた。洞窟の周囲には巨大な渦潮が何個も渦巻いている。
先導していたマーメイドの動きが止まる。
「これ以上は私達も渦に飲まれてしまうの」
「案内してくれてありがとう。魔道士、あの洞窟まで頼む!」
「はいはい」
アルフがパチンと指を鳴らすと、船がザバァッと海面から浮き上がり洞窟へと向かって進んで行く。
「空飛ぶ船か! これは良い! セレーナ! 今行くぞー!」
「ドロシー。さすがに僕はこんな酷く無いでしょ?」
『ニャア』
「えー」
洞窟に近づくと覚えのある唄が聞こえてきた。
それはアルフが夢で聴いた美しい声だった。
その唄が聞こえる方に船を寄せていくと、突然船底に衝撃を受ける。
―ガンッ!
浮いているため座礁する心配は無いはずだった。
アルフとレオンが揃って下を見ると巨大な蛸の足が船を叩き落とそうとしている。
アルフは慌てて腕を振り、船の高度を上げる。
すると海面から次々に巨大な蛸の足が飛び出てくる。そして大きな声が周囲に響いた。
「この歌声は私のものだ! 洞窟に近づくな!」




