第40話 魔物の子
清潔な布に包まれた赤子を見てアルフは自分が汚れたままだった事を思い出し、全身に聖魔法を掛けた。
聖なる光に包まれて、身体や衣服に付着した不浄な汚れが消えていく。
出来れば湯浴みしたかったが、今は時間を優先させた。
「今の聖魔法は……まさか大司教様ですか!?」
「いいえ。通りすがりのベビーシッターですよ。そちらの赤子、僕が抱っこしてもいいですか?」
「どうかお願いいたします。この子は背中を酷く怪我した状態で女神像の前に捨てられていたそうです。マドレーネ院長が回復魔法を使われて命は助かったのですが、夜泣きが酷いのです」
アルフの無詠唱の聖魔法を見て、司祭以上の存在だと思ったシスターは素直に赤子を手渡した。
泣き叫ぶ赤子を両腕で優しく受け取ると首が座っているのを確認してから、椅子に座り姿勢を安定させ指をパチンと鳴らした。
赤子に掛けたのは回復効果を加えた眠りの魔法だ。
すると泣き叫んでいたのが嘘のようにぐっすりと眠り出す。
「眠った……!?」
「お静かに。よく眠っているので、しばらく泣き出す心配はありませんよ」
「本当に助かりました。思いつく限りのことは試したのですが夜泣きには効果が無くて……」
「赤子とは思えないほどの響く声でしたね」
「はい。おかげで担当になった者は眠れていなかったのです。体調を崩したシスターもいて、私もそろそろ限界でした」
聞けば与えたミルクは飲んでいるし、部屋の温度管理や衛生面にも気を付けているが夜泣きが続いているという。
「それは大変でしたね。このままでは明日以降も続くでしょうから原因を探ってみますよ。どうぞシスターもお休み下さい」
「ありがとうございます。それでは隣室で仮眠させていただきます」
「おやすみなさいシスター」
シスターが隣室へ行ったのを確認してアルフはパチンと指を鳴らし防音結界を張った。
セシル嬢は残っているが、すでにドロシーが話せる事は知っているらしいのでそのままだ。
「さてドロシー。力を貸してくれるかな」
『かしこまりました』
「魔道士様、どうなさるおつもりですか?」
「この赤子が眠っている間に夢の中に入ってみようと思います」
「そんなことまで出来るのですね」
「通りすがりのベビーシッターとしては、少々気になる状況なので」
「私も夢の中に入れますか?」
「僕やドロシーと一緒なら問題ないかな。ではドロシーに手を当てて目を閉じて下さい」
セシルが目を閉じたのを確認して、アルフも目を閉じる。
「準備出来たよ。ドロシーお願い」
『ニャアァ』
■■■
周囲に美しい夕暮れの海が見える。船の甲板にいて赤子は波の上下に合わせてハンモックに揺られている。どこからか竪琴の音が流れ、心が震えるような歌声が聞こえてくる。
その歌声と琴の音に安心したように赤子が笑っている。
「魔道士様、ここは?」
「この赤子の夢の世界です。幸せな時の記憶かもしれません」
「素敵な歌声ですね」
頷いてアルフが歌声の主を探そうと周囲を見ると、上空に竪琴を持った女性がいた。
背中には羽が生え、下半身は鳥の姿をしている。
「セイレーンの子だったのか」
その姿を目にしてアルフが呟く。
セイレーンは船乗り達を歌で惑わせる海の妖精とも怪物とも呼ばれる存在だ。
国によっては崇められたり、逆に魔物と恐れられたりする。ベルジェ王国ではセイレーンは魔物に分類されている。
そのまましばらく見ていると、日焼けした青年が赤子に近づき上空のセイレーンに話しかける。
「セレーナ。魚を持って来たよ」
「ありがとう。さあ、私達の可愛いカレン。召し上がれ」
そう言って魚の切り身を差し出すと、カレンと呼ばれた赤子は美味しそうに食べ始める。
どうやら青年が父親のようだ。
船乗りの格好をしているので、赤子は人間とセイレーンのハーフということになりそうだとアルフは考える。
「カレンは寝る前に魚を食べないと機嫌が悪くなるね」
「人の子は魚を食べないの?」
「もう少し大きくなって歯が揃ってきてから食べるよ」
「貴方との子がどう育っていくのか楽しみだわ。もう一曲歌おうかしら」
「俺も楽しみだよ。笛の音を合わせていいかな?」
「もちろんよ」
そう言って楽しげな音楽が流れ、歌声が聞こえている。
「とっても幸せそうですね。一体ここから何があったのでしょう」
『悪夢に切り替えますか。ご主人様』
「うーん……可哀想だけど、頼めるかな」
『ニャアァ』
ドロシーが鳴くとそれまでの楽しげな雰囲気とは一転、部屋に怒鳴り声が響き渡っている。
「この親不孝者が! 何年も家に帰らず、ようやく帰って来たと思ったらこんな化け物の子を連れて帰るとは!」
「セレーナもカレンも化け物なんかじゃない! セレーナをどこに連れて行った!?」
「安心しろ。お前を惑わしたあんな魔物は羽を落として海に捨ててきてやった」
「ふざけるな! 何てことをするんだ!? 魔物じゃ無いって言ってるだろ!」
「お前の目は節穴か!? この赤子ですら背に羽が生えているだろうが! なんて気持ち悪い化け物だ」
「父さんの目こそ節穴だろっ! まるで天使様じゃないか!」
船で見ていた青年が殴り飛ばされ、使用人と思われる人物に羽交い締めにされている。
「頭を冷やせ! お前はこの商会の跡取りなんだぞ! 化け物と一緒になって潰すつもりか!?」
「父さんの商会なんか継がない! カレンを返せ……ぐっ」
青年が逆上した父親から強く殴られ気を失ってしまう。途端に赤子が大声で泣き出した。
「おぎゃあああ……! ぎゃああああっ……!」
「なんてうるさい赤子だ! その気持ち悪い羽を切り落としてどこかに捨ててこい! その馬鹿息子は反省するまで倉に閉じ込めておけ」
怒鳴っていた男は使用人に指示を出し部屋から出て行く。
部屋には泣き声が響き続けている。
刃物を持った使用人が赤子に近づいた所でアルフはドロシーに指示を出す。
「もういいよドロシー。幸せな夢に戻してあげて。僕たちも戻ろう」
『ニャアァ』




