第39話 夜泣き
ここが自室であれば頭を抱えてベッドで転げ回りたいくらいに恥ずかしかったのだが、アルフは馬車が教会に到着したため努めて気持ちを抑え声をかける。
「セシル様。着きましたよ」
「あっ」
途中、小声の会話が耳に入り目が覚めたものの疲労から再び眠ってしまったセシルは、慌てて離れ荷台から降りた。
肩に感じていた温もりが無くなり、寂しく思いながらも続いてアルフも荷台から降りる。
ずっと起きて待っていてくれたらしく、馬車の到着に気がついたマドレーネ修道院長が出迎えてくれた。
「お帰りなさい! よく戻りましたセシル」
「はい。魔道士様のおかげで子どもたちを救い出すことが出来ました」
「ええ。ええ。女神様のご加護に感謝を」
心配していたのだろう。修道院長は声を掛けてセシルを抱きしめている。
セシルもフードを取り無事な顔を見せていた。
そして美しい金の髪がサラリと揺れ、馬車へと振り返ったその笑顔を見たアルフは思わず胸に手を当てる。
「どうしようドロシー。また心臓が止まりそうなんだけど」
『ニャア』
小声で告げるアルフに、ドロシーは呆れた鳴き声を出した。
アルフにも修道院長が労いの言葉をかけてくれる。
「子どもたちを助けて頂きありがとうございます。セシルも無事に帰って来てくれて安心しました」
「僕も危ない所を女神様に助けられました」
「魔道士様にも女神様の加護があったのですね!」
マドレーネの言葉にアルフは深くうなずく。
もちろんアルフにとっての女神様はセシルだが、余計な事は言わずにおく。
「荷台には六名の子どもたちがいます。今は眠っているので、起こさないように僕が運びましょう」
「それでは奥の部屋へお願いしても?」
修道院長の指示を受けてアルフが腕を振る。
子どもたちの身体が浮かび上がり、ゆっくりと空中を移動していく。
部屋に着くと、ふわりと布団がめくれ上がって子どもたちを包み込む。
そうして全員がベッドで寝息を立てはじめた。
「なんて優しい魔法でしょう。お伽噺を目にしているようですわ」
「これが眠りの魔道士様がおっしゃっていた、目覚めたら遠くにいると言う誘拐の現場ですね」
「ちょ、ちょっとセシル様? 誘拐じゃないですからね!?」
「わたしも昨日誘拐の誘いを受けたのですよ。マドレーネ院長」
「まあ怖い!」
「誤解がひどくて泣きますよ!?」
怖いと言いながら笑っているマドレーネ修道院長。
セシルもからかえるくらいには余裕が出たらしい。
犠牲者を思って沈み込むよりは良いので、アルフはしばし道化を演じた。
「はぁ。では掃除も完了したので僕はそろそろ帰ります」
「お待ちください!」
額に手を当て帰ろうとするとセシルが呼び止めた。
強く腕を掴まれてアルフは硬直する。
「どうしました? 夜更かしは美容に大敵です。セシル様もお休みにならないと」
「あ……その……。まだ聞きたい事があるのです」
「通信の魔石を使っていただければ応対しますよ」
「そ……そうですね」
次に会えるのが何時になるか分からないと思った時、セシルは思わず引き留めてしまった。
何故自分がそんな行動をとったのか分からず戸惑いつつ、そっと腕を放す。
「ぎゃああああああっ……! おぎゃああああっ……!」
その時、大きな泣き声が外から響いて来た。アルフは何事かと思わず尋ねる。
「これは?」
「夜泣きだと思います。教会には孤児院も併設されているのですが、精神的に不安定な子も多くて」
「きっと教会前に捨てられていた赤子でしょう。シスターに任せているのですが……」
「マドレーネ修道院長。僕が様子を見に行ってもいいですか?」
「もちろんですとも。セシル。案内してあげてね」
「はい」
併設されている孤児院まで並んで歩いて行く。
いつもはアルフの肩に乗っているドロシーだが、後ろをトコトコとついて行く。
ドロシーなりの気遣いだった。
暗い夜道を歩く中、アルフは思い出したかのように告げる。
「あの……ドロシーから聞いたのですが、セシル様が僕を蘇生させてくれたとか。ありがとうございました。セシル様は命の恩人です」
「そんな……私こそ何度も魔道士様に命を救われています。改めて感謝を」
二人は向かい合い互いに深々と頭を下げた。
そして互いに中々頭を上げないので、見かねてドロシーが鳴き声を出す。
『ニャア』
「えっと、孤児院に行く途中でしたね。急ぎましょうか」
「ふふっ。魔道士様はいつも急いでいますね」
「そう……ですか?」
「はい。誰かを助けるとすぐに姿が見えなくなってしまいます。救われているのに、お名前もお顔も分からない方ばかりですよ」
「通りすがりなので、覚えておいてもらうほどの者では……」
そう言って少し早歩きになったアルフの隣を歩きながら、セシルは尋ねてみた。
「魔道士様のお顔を見せてはくれませんか?」
「申し訳ないですが、それはご容赦を」
「お顔に傷でも?」
「セシル様のように美しい瞳や髪であればよかったのですけどね」
この国で黒目と黒髪を合わせ持つ者は少ない。
見られたら誰なのか、きっと正体に気づかれてしまうだろう。
「勘弁して下さい」
「……そうですか。初めて唇を合わせた方でしたのでお顔を知りたかったのですが。無理を申しました」
(このタイミングで言っちゃいますか!? 本当に勘弁して! 初めてって……やっぱりこれって責任問題なの!?)
頬を染めながら告げられた言葉に、パニックになりながらアルフは応えた。
「ご、ごめんなさい。僕も初めてで……って、そうじゃなくて……魔法で記憶を消すことも出来るので……えっと、その……」
「いいえ! 消さないで下さい! お願いです。すべて覚えておきたいのです!」
『ニャア』
パニック状態であたふたしているアルフに、再びドロシーが鳴き声を出す。
少し冷静さを取り戻して、とにかく目的を果たすことにする。
「忘れたくなったらいつでも言って下さい。それで孤児院はあそこですか?」
「はい。まだ泣き声が聞こえていますね」
思わず耳を塞ぎたくなるような声だ。
「あああああっ……! ぎゃああああああっ……! おぎゃああああっ……!」
孤児院へ入り、案内された部屋の扉を開けると目の下にくっきりと隈が出来たシスターが赤子を抱えてあやしていた。
疲労困憊といった様子で、アルフから見ても間違いなく寝不足の顔だった。
「大丈夫ですか? シスター」
「これはセシル様。ご覧の通りで……。そちらの方は?」
「今晩はシスター。僕は通すがりのベビーシッターです」
アルフの自己紹介にシスターはぐったりしていた顔を輝かせる。
夜泣きに悩まされて、ここ最近ほとんど眠れていなかったからだ。




