第38話 帰還の馬車で
高品質の貴重な水薬だが味は酷かった。
道端の草を食べた方がマシだと思えるくらいには美味しくない。
しかも口に残っていた血の味まで混ざっている。
息を吹き返す直前まで、まるでセシル嬢と唇を重ね合わせているような幸せな気分だったのに台無しだった。
「まずっ」
あまりのまずさに涙目になりながらアルフは気配察知の魔法を使い、気配が無いのを確認する。
「確かに残っている者はいないみたいですね」
「では馬車まで移動を」
「罠もあって歩くのも大変そうだし、僕が転移方陣を作りますよ」
「そんな事もできるのですか?」
「お任せを。通りすがりの魔道士ですから」
アルフは額に手を当てながら軽く目を閉じる。
普段転移するように馬車の荷台をイメージして、反対の手では地面を指さし魔方陣を描き座標を刻み込む。
即座に淡く発光する魔方陣が出来上がった。
「出来ました。この魔方陣に立てば馬車の荷台まで転移できますよ」
「こんな短時間で! 凄いです」
子ども達は順番に転移方陣に立ち、次々と外に待たせてある馬車の荷台へと転移して行く。
これで地下牢に捕らえられていた者は救出出来た。
「セシル様。向こうの石壁に閉じ込められていた者たちは……」
「……はい。皆、通信用の魔石を持っていました。屋敷に潜入していた同僚たちです」
「どちらへ送り届ければ?」
「お気遣いをありがとうございます。可能であれば教会へお願いします。弔ってあげようと思います」
「分かりました」
最初の石壁まで戻ったアルフは同様に転移方陣を作り出し、犠牲となった諜報部の人たちに手を合わせた後で待ち合わせた教会へと転移させる。
突然室内に死体が現れて驚かさないように裏手側に座標を合わせた。
「こんな罠を作るなんて……魔道士様がいなければ私も同じ運命でした。武器に電撃強化が無ければ魔獣に殺されていたでしょう」
「転移方陣の罠を作ったのも、貴女を襲った集団を殺したのもルフラウスだと思います」
「魔道士様が消滅させた方ですね?」
「そうです。証人として捕らえられれば良かったのですが、危険過ぎて出来ませんでした」
「かつては賢者でしたが、今は狂信者となって帝国から指名手配されている人物です。我が国に入り込んでいたとは……」
「ああ、そうだ。ブルド子爵と襲撃者の仲間はどうします? 執務室で眠っているのですが」
執務室で悪夢を見続けているであろうブルドの存在を思い出し、セシルに尋ねる。
「奴隷売買の帳簿と捕らえられていた子どもたちの一致、さらに悪魔召喚を企んだルフラウスの存在、そしてマクシムの私兵……これだけの状況証拠が揃えば断罪出来ると思います。諜報部の仲間に連絡して捕らえさせます」
「それでは僕たちも外へ出ましょうか。転移するので掴まって下さい」
「はい」
セシルに腕を組まれてドキドキしながら、アルフは馬車の荷台へと転移した。
■■■
教会へと向かって走る馬車の荷台で、アルフは困惑していた。
先に馬車へと転移させた子ども達には、精神が楽になるように眠りの魔法を掛けたためぐっすりと眠っている。
助け出せて安心したのか馬車を出すように指示を出した直後、セシル嬢も眠ってしまっている。
腕を組んだまま眠ってしまったセシルに、アルフは嬉しさと戸惑いで落ち着かないでいた。
肩を枕にして眠るセシルと密着し、心臓が高速でドキドキと鳴っている。
小さく指を鳴らし防音結界を張ったアルフが膝に座るドロシーとヒソヒソと話し始める。
「ドロシー! 僕どうしたらいいと思う!?」
『好きになさって下さい』
「つ、冷たい。ドロシーさんが冷たい……まだ怒っています?」
『ご主人様は死んではいけないと言ったはずです』
「ごめんなさい。出来る限り善処したけど無理でした」
『私を眠らせなければ回復を手助け出来たのですよ!』
「毒は身体が小さい方が回りが早いから、ドロシーが一番危険だったんだよ。僕だってドロシーには死んで欲しくなかったんだ。絶対に守るっていうのも約束だっただろ?」
『ニャ』
アルフの気持ちにドロシーがくにゃりと身体を曲げる。
『ニャア……今回はセシル様に感謝して下さいね。ご主人様を蘇生させてくれたのですから』
「えっ? ドロシーが僕を回復させてくれたんだよね?」
『私はお手伝いしただけです』
「どういうことか聞いても……?」
『いいですか。あの時ご主人様は身体の外側からの回復波動を受け付けないほど消耗して、心臓も呼吸も止まっていたのですよ』
―ゴクリ。
アルフはドロシーの説明に息を飲む。そうなのだ。確かに呼吸が止まったはずだった。
そしてその状態から蘇生させてくれたのがセシル嬢だと言う。
一体どうやって?
可能性があるとすれば……。
「も、もしかして……」
『そう言うことです』
真実を知り、アルフは唇を左手の甲で押さえながら赤面した。
臨死体験による夢や幻覚の類いだと思っていたが、唇を重ね合わせた感覚は本当の事だったからだ。
「ど、ど、ど、どうしよう!?」
『好きになさって下さい』
「いや、好きにって、え? えっ……ええっ!?」
顔を紅くして動揺しまくるアルフは、肩口で同様に頬を染めているセシルに気付くことは無かった。




