第37話 蘇生
アルフの呼吸と心音が止まってしまいドロシーは激しく動揺していた。
もはや回復の波動を受け付けられないほどに身体が消耗している。
眠りの魔法をアルフ自身にかけていればこんな事にはならないのに、自分たちを守るために全ての魔力を使ってしまったのだろう。
ドロシーが目を覚ましたときに見たのは血の消滅結界だった。
ただでさえ魔力を消耗しているのに、そんな大魔法を使ったということは人が無意識に抑えている魔力まで放出したと言うことだ。
このままでは本当に死んでしまう。
『セシル様! ご主人様へ魔力を分けてあげて下さい!』
「猫さんが話を……!?」
『説明は後です。ご主人様の呼吸と心音が止まっているのです!』
セシルは通信の魔石を握りしめた。すると思念が流れ込んでくる。
「(ごめんねドロシー。善処はしたよ……あとはお願い……セシル様を……)」
こんな状態になりながらも、まだ誰かをそして私を心配している。
何と言うお人好しなのだろう。絶対に死なせてはならない人だ。
セシルは思念で必死に語りかける。
「(魔道士様! 諦めてはいけません! 死なないで!)」
外側からの回復はもはや手遅れで呼吸も止まっている。ならば手段は一つしか無い。
セシルは動かない魔道士へ、口移しで空気と共に魔力を送り込む。
『心臓を動かすには強い衝撃が必要です。ナイフの雷撃を使って下さい!』
セシルが息を吹き込むたびにゆっくりと身体の内側に流れ込む魔力が内臓を癒やしていく。
セシルの魔力にドロシーが回復の波動を合わせたからだ。
魔力が枯渇して死に向かっていた肉体が微量の魔力を吸収していく。
同時に呼吸を止めていた肺にも強制的に酸素が送り込まれる。
数回唇から魔力と空気を流し込まれた後、アルフの胸部に衝撃が走る。
―バチッ!
ドロシーのアドバイスに従いセシルが雷撃強化されたナイフの腹を胸部に押し当てる。
しかし止まっている脈には変化が見られず再度押し当てる。
―バチッ!
「(お願い! 死なないで!)」
『ニャア! ニャア! ニャア……!』
再び唇から流れ込む魔力と空気。
セシルは先ほどよりも流す魔力を増やし、より長く息を吹き込む。
ドロシーも息が続く限り鳴き続けている。
体内から毒を消し去るように、内臓の機能を回復させるように、魔力の回復が早まるように……何度も何度も鳴く。
そして三度目の胸部への雷撃。
―バチッ!
―。
――。
―――ドクッ
「……くっ……かはっ!」
―――ドクッ、ドクッ、ドクッ
雷の衝撃が伝わりついにアルフの止まっていた心臓が動き出す。
巡りだした血の流れとともに微量の魔力も体内を巡り、呼吸を取り戻した。
それまでの酸素不足を補うようにアルフは呼吸を繰り返す。
「……っ……はぁ……はぁ……はぁ……」
「魔道士様!」
『ご主人様!』
ドロシーがアルフに飛びつき胸に顔をこすりつける。
ぼやけていた視点がようやく定まりドロシーの姿を捉えたアルフは、ゆっくりとドロシーを撫でる。
「……ドロシー。ごめん、また心配かけちゃったみたいだね」
「魔道士様……良かった」
「……セシル様……怪我は……!?」
口元に付着した血を見てアルフは尋ねたのだが、セシルは苦笑しながら顔を横に振る。
「怪我どころか仮死状態だったのは魔道士様のほうですよ」
「あ……やっぱり死んでました? 掃除が終わったら気が抜けちゃったみたいです」
そんな事を言うアルフの頬をドロシーの連続猫パンチが襲う。
「……い、痛っ……痛い……痛いですって! ドロシーさん!?」
アルフはセシルに支えられながら、ゆっくりと身体を起こす。
そこは直前まで見ていた光景。
違うのはルフラウスが消え去り、捕われていた子ども達が周囲を囲んでいることだった。
アルフはドロシーを抱きかかえて肩にのせながらセシルに尋ねる。
「捕われていたのはこれで全員ですか?」
その言葉にセシルは首を振った。取り囲んでいた六名の子ども達の顔も曇る。
「いいえ。ここは地下牢と繋がっています。あの男に捕われた時に確認したのですが牢の中にいたのはここにいる六名だけでした。名簿にあった残り六名とエルフ族の子ども達は見当たりません」
アルフは悪魔バルバラムを消滅させているので、少なくとも一回は悪魔召喚が行われているはずだった。
ルフラウスは生け贄が揃ったから召喚を始めたと言っていた。
つまり七名はすでに召喚の犠牲になったのだろう。
助けられなかった事実にアルフは手を握りしめる。
「エルフ族の子どもは一人、僕が保護しています」
「どこで見つけたのですか!?」
「詳しい話はここを出てからにしましょう。もう深夜ですよね? 夜更かしは子どもの健康に大敵です」
起きてはいるが疲労困憊の子ども達の様子を見て、アルフは話を切り上げた。
他に残されている人がいないか調べるために額に手を当て気配察知の魔法を使おうとして、頭を押さえた。
激しい頭痛に襲われたからだ。
「っ……はぁ……また飲まないとダメかな」
『魔力を使いすぎるからです。二日連続で血の消滅結界を使うなんて!』
「な……何で分かったの!? ドロシー眠っていたよね!?」
『起きた時にご主人様が結界を使ったからです! 後で反省ですよ!?』
「ええっ」
『返事は!?』
「はい」
怒り心頭のドロシーにビクビクしながら、アルフは収納空間から魔力回復の水薬を取り出し一気に飲み干した。




