第36話 愚かな賢者
「まあ死んでいようが構わんが。多少鮮度が落ちていようが使えない事も無い」
「ぐっ……!」
迷い無く殺しにくる老人にアルフは怒りの目を向けるが、思うように身体が動かせない。
即死では無いが解毒しなければ死ぬのは時間の問題だろう。
牢に捕らえた者達を殺したのはおそらくこの老人の仕業だ。
魔力を毒に変換する技量の高さに、ただ者では無いと感じ取る。
「くっ。くくくくっ。この私、賢者ルフラウスを愚か者呼ばわりしたのだ! 存分に苦しめ」
「……はぁ……はぁ……っ……」
「どうした。何も言わぬのか? その魔力、貴様も魔道士だろう?」
賢者ルフラウス……聞き覚えがある名だった。
かつては勇者パーティの一員だったが、悪魔に戦いを挑み敗北。
その後失踪していたが、悪魔崇拝を掲げる教団に入信したとされている人物だ。
苦しさで言葉が出せないアルフは指先に魔力を込め文字を書く。
ザッと地面の砂が動きだしルフラウスの下に光る文字となって現れた。
”永遠に眠らせてやる”
「ふっははははは! 器用な真似を。この私を永眠させるだと! これから悪魔と契約し不老不死となる身の私だぞ! そうだ、私は世界の神になるのだ!人の身で神に勝てるとでも思っているのか!?」
”紙屑の間違いだろ”
―――カッ!
魔法で書かれた砂文字に激怒したルフラウスは杖で地面を突き、文字と共に黒フードを吹き飛ばす。
「……かはっ……!」
アルフは受け身も取れずに地面に叩きつけられ、転がりうつ伏せになった。
自分以外の者が地面に這いつくばる状況に満足したルフラウスは改めて周囲を見渡した。
時間をかけて用意した魔方陣も血肉や骨を固めて作った黒柱も無くなっている。
悪魔召喚間近の魔方陣を消したということは、集めた生け贄が持つよりも多くの魔力で聖魔法をぶつけて相殺したという事になる。
それは様々な魔法を使いこなし、かつては賢者とさえ呼ばれていたルフラウスであっても一人では賄いきれないほどの魔力量だった。
「ふむ。少々賞味期限は切れそうだが内包する魔力は相当なものだ。こいつならエルフよりも良い器になるだろう。もう一度召喚の準備をするか」
「……ごふっ……くっ……っ……」
アルフの口から大量の血が溢れ出し、息苦しさで胸を押さえた。
手が硬い石を感じ取り、目がかすみ視界がぼやける中でペンダントの魔石を握りしめる。
するとセシルからの思念が飛んできた。解毒が終わり眠りから目覚めたようだ。
「(魔道士様!)」
「(動かないで。そのまま倒れた振りを)」
「(ですが! このままでは魔道士様が)」
「(次に毒を使われたら……回復させる余裕がありません……掃除は……僕に任せて)」
「……かはっ……はぁ……はぁ……っ……」
セシルに思念で語りかけながら再び吐き出した血を手の甲でゆっくりと拭い、目を閉じて頭の中に魔方陣を思い描く。
それをさらに地面に広げながら転写していく。
うつ伏せに倒れ込んだアルフにルフラウスがゆっくりと近づいてくる。
魔法発動のために指を鳴らそうとするが、すでに指先には力が入らない。
「全く余計な手間をかけさせる。どれ、死ぬ前に愚か者の間抜け面を見てやろう」
言いながらルフラウスが目の前でかがみ込みフードを捲ろうとした時、アルフは血だらけの手をパタッと地面に倒した。
「死んだか……っ……!?」
一動作。瞬間、地面が赤黒く光だしルフラウスの下に複雑な紋様の結界が描かれる。天井を超え、天空へ向かって紅く光る光柱が伸び、その光を浴びたルフラウスは動けなくなっていた。
「……これは……血、血の消滅結界じゃと……!?」
消滅結界の使い手など勇者ぐらいのものだ。
深紅の鳳凰が浮かび上がるその複雑で美しい魔方陣を知ってはいても再現出来る者は限られている。
今代の勇者に、まだその魔方陣を描く技量は無いはずだった。
ではこの黒フードの人物は何者なのか。
身体が動かない中でルフラウスの脳裏にひとつの通り名が浮かぶ。
それはお伽噺のように語られている消滅結界の使い手。
「まさか……こやつが……眠りの魔道士か……!?」
触媒に術者の血を使うと結界の力が増幅され強固な完全消滅となる。
肉体も魂も消え去り、あの世も無く復活も出来ないただの無。
それを知るルフラウスは力の限り結界内でもがいていた。
「や……止めろ! 不老不死を叶えるのだ……神を……私を……消すなあああっっ!」
「(永遠に眠ってろ!)」
もはや声にならないアルフの思念を聞くことも無く、ルフラウスは絶叫し消滅して行った。
■■■
『ニャア!』
「魔道士様!」
『ニャアー! ニャアー! ニャアー!』
魔力を使い切り目を開けていられないアルフの耳元で、何度もドロシーの鳴き声が聞こえる。
セシル嬢の声も聞こえる。どうやら無事に解毒出来ていたようでアルフは安心する。
身体が仰向けにされた感覚があり、誰かに抱きしめられているようだ。
「魔道士様! しっかりして下さい!」
『ニャアー! ニャアー! ニャアー!』
ドロシーが何度も回復の波動を出して癒やしてくれている。
ありがとうと言いたいのに言葉が出ない。
まさかセシル嬢にまで「しっかりして」と言われてしまい苦笑したいのに、表情が動かない。
もはや呼吸が出来ない。ドキドキとしていた心音が小さくなる。
ドロシーとは死なないように善処すると約束したけれど、これは守れないかもしれない。
「(ごめんねドロシー。善処はしたよ……あとはお願い……セシル様を……)」
アルフが諦めかけたその時―――。
「(魔道士様! 諦めてはいけません! 死なないで!)」
頭に響く思念とともに、ドロシーとは別の暖かい魔力が身体の内側に流れ込んできた。




