第28話 セシルの事情
掃除を終えてドロシーを肩に乗せたアルフが部屋から出て行こうとする。
セシルは慌てて呼び止めた。
「ま、待って下さい! 眠りの魔道士様!」
「……通りすがりの掃除当番ですが」
「その言い方。やっぱり貴方が昨日私を助けて下さった魔道士様ですね?」
軽くため息を吐いてアルフが振り向く。
そこには何度見ても美しいセシル嬢の姿があった。
フード越しでも直接向き合うと見惚れてしまいそうだった。
「まさか貴女が白フードの女性だったとは。もう少し御身を大切にして下さい」
「宰相の娘ですが、諜報員でもあるのです」
「ベルジェ王国は人手不足なのでしょうか」
「少しお話を聞いて頂いても?」
セシルの言葉にアルフが軽くうなずく。
込み入った話になりそうなので、パチンと指を鳴らして防音結界を張っておく。
セシルはためらいながらも事情を語っていく。
「……私は宰相の実の娘ではありません」
いきなり世間には知られていない事実を伝えられる。
「教会で孤児として暮らしていましたが、幼い頃に養女となったのです」
「大切に育てられたのではないのですか」
「令嬢としての教育を受けると同時に諜報員としても育てられました」
「宰相も酷なことをしますね」
令嬢としてならまだしも、諜報員としての訓練や活動は過酷なものだろう。
「この生き方に後悔はしておりません」
「なぜです?」
「いつかは父母の無念を晴らしたいと思っていますから」
「貴女にも深い事情がありそうですね」
アルフの言葉にセシルは悲し気に目を伏せる。
「私はとある伯爵の娘でした。ですが言われ無き罪で父は処刑されました」
思っていたよりだいぶ重い話になっていた。
「家は取り潰されてしまい、私は王都の教会に預けられました」
「なるほど」
「母は流刑の地で貧しさの中、病で亡くなってしまい……」
「幼くして両親を亡くされたのですね」
「宰相をしている養父が、見いだしてくれたのです」
「……冤罪であると証明できる証拠は、何か見つかりましたか?」
「長年追っていますが、手掛かりはほとんど得られていません」
各地の孤児院を周り慈善事業に尽力し、次期聖女様とまで呼ばれている。
そんな彼女に、こんな闇があったとはアルフも知らなかった。
「それで諜報員を続けていると」
「はい。宰相の娘として国内外を問わずいろいろな方に出会う機会がありますから」
「僕にそんな大事なことを話してもよかったのですか」
「貴方はベルジェ王国の貴族でしょう? でも他国であろうと、種族が違っていようとも、助けを求める者を救っています。そんな尊い行いが出来る方になら知っておいて欲しかったのです。今度こそ信用させて下さい」
「お話は分かりました……貴女は人を簡単に信用し過ぎるようですね。諜報員には向いていませんよ」
アルフの言葉に、セシルは悲しそうな微笑みを浮かべた。
どうやら自覚があるらしい。
でもそれこそが本来の彼女の姿なのだろう。
人の本質は簡単に変わらない。
「そうかもしれません。魔道士様はこれからどちらへ?」
「次の掃除場所に行くところです。大掃除の途中なので……ああ、そうだ一つ聞いても?」
「私でお役に立てることがあるなら」
アルフは収納空間からメモ書きを取り出す。
エルフの森で手渡された行方不明者のリストだ。
「昨日の奴隷売買リストに、ここに書かれた名前の子どもはいませんか」
「子どもの名前ですか」
「男の子が一人と女の子が三人。いずれもエルフ族の子どもです」
「エルフ族の子ども!? お待ち下さい。探してみます」
そう言ってセシルは別室に向かうと鍵の掛かったカバンを開ける。
売買記録の帳簿を取り出し、リストと照らし合わせる。
「名前までは分かりませんが、男の子一人と女の子三人のエルフ族の記録があります」
「ありがとうございます。助かりました。それでは」
「だ、だから待って下さい!」
「まだ僕に何か?」
聞きたい事を聞いて、早速出て行こうとするアルフを再び呼び止める。
「もしかしてブルド子爵家に乗り込むつもりですか?」
「次の掃除場所ですね。地下を掃除して、国の宝を回収する予定ですが」
「国の宝……子どもたちを助けて下さると!?」
「通りすがりの掃除当番なので」
「でしたら、私も連れて行って下さいませんか」
セシルの提案にアルフは驚いた。
仕事に同行したいと言われたのは初めてかもしれない。
しかもそれがセシルだったのだから、なおさら驚く。
「ええっ!? 汚れますよ」
「覚悟の上です」
「うーん。では現地集合でも良いですか? 先を急いでいるもので」
「分かりました。王都のブルド子爵家へ向かえばいいのですね」
「都合の良い場所でもかまいません」
「でしたら王都にある教会で……」
話がまとまった所で御者をしていた老齢の男が、部屋に慌てて飛び込んで来た。
「お嬢様! ご無事でしたか!?」
「爺。私は大丈夫よ」
「昼間の襲撃者と……あの男は……つながっていたようです!」
あわてて走ってきたらしく息があがっている。
「情報を提供してくれた者がいて、街の警備兵が襲撃者を逮捕したと連絡が!」
「捕まったのね」
「あのクリストファーとか言う男はどこへ!?」
「あ、そこで眠っているわ」
「な!? 頭髪が無くなっておりますが!?」
昼間見たときには確かにあった豊富な金髪が根こそぎ無くなっていた。
そばでやり取りを見ていたアルフが告げる。
「頭髪を永久脱毛させました。毛根は永久に眠ったままです」
「え、永久脱毛!?」
「クリストファーは偽名ですが、お金持ちのようなので保釈金でいずれ釈放されると思います。ですがその頭では今後社交界に出ることは難しいでしょうね」
「お、恐ろしい罰を」
御者の男はそんな罰を下した男に恐れを抱く。
「ぷっ。あははは!」
「お嬢様」
「ごめんなさい爺。お行儀が悪いけど許して。もう、可笑しくって! 本当に面白い人」
目の端に涙を浮かべながらセシルは笑っていた。




