第29話 馬車で駆ける
防音結界をかけた馬車の御者席でアルフは浮かれていた。
憧れていたセシルと話すことが出来たからだ。
ボストミラの街を出て、間もなくブロシャール領の外に抜けるがずっと語っている。
「ちょっと何あれ、何あの可愛い笑い声! 美人なのにめちゃくちゃ可愛い!」
『いい加減に落ち着いて下さい。ご主人様』
「泣き顔なんか見ちゃったらさ、抱きしめたくなっちゃうよ! よく耐えたな僕!」
『殺気のほうが凄かったです』
「その上『お話を聞いて』とか上目遣いで言われたら、うなずくのがやっとだったからね!?」
『ポンコツになっていますよ』
「しかも『私も連れて行って』とか言われちゃったし。ドロシーこれってデートのお誘い!?」
『全然違います。それよりもご主人様がベルジェ王国の貴族だって知られていました』
ドロシーの言葉にそれまでの浮かれた顔から、頬が引きつった顔に変化する。
アルフの口元がピクピク動いているので、ドロシーもヒゲをピクピクと動かしてみる。
「え? そんなこと言ってた……?」
『はい。家名までは分からないようですが』
「ど、どうして!? 最近、王国で活動し過ぎたからかな!?」
『どうやらご主人様がお持ちの本が理由のようです』
「本って『美女名鑑』のこと? そう言えば昨日……あ……そう言うことか」
貴族にしか買えない価格帯の本。しかもサイン入りは限定十部。
頭の中で「本」と「貴族」がつながったアルフはしばし沈黙する。
そして急速に頭が冷えていく。
「……まずいね。これは」
『背格好や他の条件が加われば特定されかねないです』
「アルフとしては魔法を使えないって思われているはずだけど……」
どこまで誤魔化せるか。
直ぐに何かが出来るわけでは無いので、そんな事を頭の片隅に置き目的地を目指す。
■■■
すっかり日が暮れてしまった街道。
携帯食の干し肉を食べながらアルフは馬車を走らせていた。
隣ではドロシーが干した小魚を食べている。貴族の食事としては質素だ。
けれど急いでいるため、今夜はゆっくりと食堂を利用している時間も無い。
昨夜は食べ損なったので、食べられるだけマシだった。
「魔法転移なら一瞬なのに。馬車だと時間がかかるね」
『充分早いと思います。荷馬車がこの速度を維持するのは普通、無理です』
「王都まで二時間。王都から港まで一時間として出港前の手続きもあるから……」
『時間ギリギリですね』
ドロシーの回復波動も含めて複数の支援魔法を馬にかけた。
だいぶ高速なのだが、普段の移動手段が転移なのでかなり遅く感じられる。
「もう空を飛ばそうかな。一直線に突っ切れば……」
『目立ち過ぎます』
「実はペガサスでした。で誤魔化せないかな?」
『無理です』
「実はドラゴンで」
『無理です』
アルフが言い切る前にドロシーはきっぱりと否定する。
例え自分たちが気配を消していたとしても、空飛ぶ馬車など目立つ事この上ない。
「ダメか。なら仕方ない」
『どうするのですか』
「王都で待ち合わせしたけど、先に港まで行って船に荷入れしてから僕だけ転移で戻る」
通常の馬車なら四時間以上。早馬でも王都まで三時間はかかる。
『その方が良いでしょう』
「そうしよう。デートの待ち合わせには遅れちゃダメだって本に書いてあったし」
『デートではありませんけどね』
方針を決めたアルフは地図を見る。
王都を経由せずに最短で港へ向かうルートを選び馬車を走らせる。
しかしメインルートを外れてしまうと、警備兵の目が届かなくなり路も悪くなる。
当然、人影も少ない。暗い中でそんなルートに荷馬車を走らせればどうなるか。
山賊や盗賊の類いに狙われるのは当然であった。
『ご主人様』
「うん。邪魔している奴らがいるね。面倒だからこのまま突っ切るよ」
そう言ってアルフは片手で手綱を握りパチンと指を鳴らした。
馬車の周囲に防御魔法を張りそのまま進んで行く。
「おい! 荷をおいていけ!」
「止まらないと撃つぞ!」
複数の矢が飛んで来るが、馬車に当たること無く弾き飛ばされていく。
「待て、止まれ! って、この数を無視か!?」
賊の集団が出てくるが、止まること無くそのまま突破していく。
「通りすがりの掃除当番ですから!」
「止まりやがれッ!」
「本当に急いでいるので! 仕事の邪魔をしないで!」
通り過ぎる時に山賊らしい姿が見えれば腕を振って次々と眠らせて行く。
路に寝ていられると邪魔なのでついでに蔦で縛り、木にぶら下げておく。
「誰かー! 盗賊だ!」
「助けてくれー!」
「はーい。掃除したので、今のうちに逃げて下さいねー!」
途中、盗賊に襲われている荷馬車があった。
駆け抜けながら賊を眠らせ、同じように縛り上げておく。
「う、うあああ誰か!」
「はいはい。片付けますよ」
―――グルルルルッ!!!……グゥ
人を襲っている魔物がいればこれも眠らせて行く。
そんな事を片手間にしながら、ひたすら馬車で駆ける。
そしてベルジェ王国の南に位置するメルヴィル港へと到着した。
「よしっ! 出港に間に合った。乗船手続きをしに行こう!」
『ニャア』




