第30話 乗船
着ていた黒のローブを脱ぎ収納空間へと仕舞う。
服装を整えてから見覚えのある定期商船の乗船場受付に行き「アルフ・ド・ブロシャール」として、乗船手続きをしていく。
「積み荷があるのですが、まだ空いていますか?」
「記入した乗船名簿と積み荷の内容、あれば証書などを見せて下さい」
アルフは懐から辺境伯である父の印章が押された証書を取り出して受付へ提出する。
「ブロシャール領の荷ですね。馬車ごと乗せますか? 積み荷だけにしますか?」
「下船後に届けに行くので馬車ごとお願いします」
「承りました。客室のご利用はありますか?」
「できれば個室を」
「貴族様のみご利用できるエリアの特等室が空いておりますが、いかがですか」
「ではそれで」
「ありがとうございます。こちらが乗船券になります。良い船旅を」
提示された金を支払い乗船券を受け取り、アルフは直接馬車を船へと進めて行く。
荷物の管理者に荷馬車を頼みドロシーを抱えて馬車を降りる。
「ゆっくりと……は出来ないけど、客室に入ってみようか」
『ニャア』
貴族エリアへと続く階段前の船員に乗車券を見せ、上階へ上がり案内された客室へと入る。
「本日はご利用ありがとうございます。こちらがお部屋の鍵となります。ご用命の際はベルでお呼び下さい」
「ありがとう。疲れているから出港したら大体寝ていると思うけど、よろしく頼むよ」
そう言って案内人にチップを渡す。
執事や付き人がいれば、このような心遣いをやって貰えるのだが今回は一人なので自分でこなす。部屋を確認した後、再びドロシーを抱きかかえながら荷物室へと降りて行く。
「ここかな」
まだ荷入れ中のため、ランプが灯されていて明るい。
樽や木箱に詰められた荷物が次々と運び込まれている。
その様子を端で眺めながら、額に手を当て気配察知の魔法を使う。
すると一つの樽の中に人の気配を感じ取ることが出来た。
それを確認して荷物を運んでいる一人を呼び止める。
「すみません」
「何ですかい?」
「この樽はどなたの荷か分かりますか」
「たしかブルド子爵家の荷だったかな。それが何か?」
「国外へ出すと言うことは伯爵以上の領主の証書が必要だったと思うのですが」
「あー? それなら、確かベルジック公爵家の証書が出てたかな」
「ベルジック公爵家か。それなら問題ありませんね。ありがとう」
そう言って尋ねた船員に情報料としてチップを渡すと、男は喜んで荷運びに戻って行った。
それを見届けて、一度荷物室を後にする。
途中乗船者向けの店があったので、水や食料、生活用品などを買い再び客室へと戻る。
いつも通りパチリと指を鳴らし部屋に防音結界を張る。
「ブルド子爵家の後ろにベルジック公爵家か。大物が出てきたな」
『そうなのですか』
「公爵家からはベルジェ王国軍部の将軍を輩出しているし、当主は外交大臣を務めている。はっきり言って僕の手には余る案件だよ。公爵家を告発したら国が揺れるだろうね」
『それではこのままに?』
ため息を吐いて首を振る。
「……このまま放置なんて出来るわけが無いさ。どこまで繋がっているのか調べる為に、荷運びの仕事を任されて来たからね。こうなったら国の大掃除かな。掃除当番も楽じゃ無いよ」
『やっぱりご主人様はご主人様ですね』
そんな事をドロシーに言われてアルフは肩をすくめる。
出港時間が近づいてきたので、部屋の浴槽にお湯を張り黒いローブを羽織る。
――ボオーッ!
――ガァン!ガァン!ガァン!
出港を知らせる汽笛と銅鑼の音が鳴り響く中、アルフはフードをかぶる。
額に手を当て軽く目を閉じなながら、船の荷物室をイメージした。
■■■
周囲は真っ暗。
大きな音が鳴り響くが、一体自分が今どこにいるのかも分からない。
誰かに見つけて欲しいが、見つかったら再び捕らえられるかもしれない恐怖。
手足はキツく縛られ痺れている。
どれだけの時間同じ体勢でいたのだろうか。身体のあちらこちらが痛い。
このまま死んでしまうのだろうかと諦めそうになる。
でもこんな知らない場所で一人死ぬのは嫌だ。
――助けて!
――誰か助けて!!
声を上げられない少年は、ずっと心の中で叫んでいた。
しかし何も変わらない状況が続いていく……はずだった。その姿を見るまでは。
――誰かいる!?
『ニャア』
猫の鳴き声と指をパチンと打ち鳴らす音が聞こえた。
突然、拘束具が壊れて急に手足が自由になった。
さっきまで痛かった身体の痛みも和らいでいる。
口の中に詰められていた布を取り払われ、呼吸も楽になった。
「……だ……」
誰なのか。そんな疑問を口に出すのも難しい程に衰弱していた。
言葉が口から出てこない。
「来るのが遅くなってごめんね。もう大丈夫だよ」
誰かが身体を横抱きに抱え上げる。
言葉は優しいが、死者の国への迎えなのかもしれない。
いつの間にか死んでしまったのではないだろうかと考える。
「……んっ」
スッと視界が暗転し気がつくと、とても明るかったので思わず目を閉じた。
ゆっくりと目を開けていく。それは温かなランプの光だった。
その光に照らされて視界に入ったのは、黒いローブを着た人物。
その肩には黒猫。顔は黒いフードに隠れて口元しか見えない。
「死神……?」
「ええっ!? 違うよ。僕は通りすがりの魔道士だ」
『ニャア』




