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眠りの魔道士  作者: 春野雪兎
通りすがりの掃除人編
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第27話 ノブレスオブリージュ

 ボストミラの街にあるホテルのスイートルームの客間で、セシルはクリストファーと名乗った男と話をしていた。


「ようやくお顔を見ることが出来て嬉しく思います」

「私のほうこそ、貴女のような美しいお方と一緒に過ごせるのは喜びでしかありません」

「昨日は急にいなくなってしまわれたので、お礼も言えず失礼いたしました」

「……急ぎの用がありまして。今日はゆっくりお話出来ますよ」


 そう言って、紅茶を飲みながら男はセシルに微笑みかける。


「父に報告したら、是非とも貴方にお目にかかりたいと。フローラ王女も探しておりましたよ」

「それは光栄です」

「貴方の読んでいた本を手がかりに探していたのですが、まさかそちらから来て下さるとは」

「セシル様の危機に黙って見ていることは出来ませんでした」

「助けを求める人のもとに訪れる。噂通りのお方ですわね」

「人として当然のことをしているまでです」

「ご立派ですわ。今の王国にノブレスオブリージュを果たせる貴族がどれ程いるか」


 セシルは深いため息を吐いた。

 昨日も高位貴族の裏切りを知ったためだった。


 奴隷売買の帳簿をブルド子爵家から持ち出せはした。

 しかし背後にベルジック公爵家がいるならば簡単に手出し出来なくなってしまった。

 一時的に子爵家を強制捜査しても、尻尾切りされるだけで根本の解決が遅れてしまう。


 今度は公爵家が人身売買に関わっているという証拠が必要だった。

 高位貴族の不祥事を暴くのはそう簡単なことではない。


「悩み事ですか? 美しい顔が曇っていますよ」

「クリストファー様。どうか今一度手を貸しては下さいませんか」

「私に出来る事なら喜んで」

「ご存じだと思いますが、子爵家の地下に不当に捕われている者を救い出したいのです」

「それは……」

「子どもが劣悪な環境に晒されています。どうか救出が手遅れになる前に!」


 セシルの嘆願に男は腕を組んで目を閉じた。

 しばしの沈黙の後、再び目を開けセシルに尋ねる。


「宰相の御息女である貴女ならば兵を動かすことも可能なのでは?」

「父が動かせるのは王族を守る近衛兵と諜報部の者達です」

「それ以外の指揮権は?」

「王都の兵権はベルジック公爵家が軍部の将軍として握っているのですが……貴方に教えていただいたように裏切られてしまいました」

「つまり王都の兵を出しても揉み消されるから、私に襲撃しろと?」

「たった一人に勝手な事を言っているのは理解しています。ですが貴方のお力ならば出来るのではありませんか?」

「確かに私はこれまで多くの者を救ってきました。ですが貴族の館を襲撃、しかも背後にこの国の公爵家がいるというなら、失敗すれば死罪でしょう……対価を求めても?」


 それまでのにこやかで紳士的な顔が一変。

 男は下卑た笑いを口元に浮かべている。


「え?」

「貴女は私に何の対価も無く命をかけろと言うのですか」

「そ、それは……いくら払えば?」

「お金には不自由していません」


 男はセシルに見せびらかすように両手の指輪を見せる。

 高額な宝石がいくつも使われている指輪だ。

 その内の一つが目の前でキラリと怪しく光っている。

 お金では動いてもらえないと悟り、男の豹変した顔つきにセシルはゴクリと息を飲む。


「……では何を望むと?」

「私が欲するモノ。それは、貴女ですよ! セシル」

「な……まさか、最初から私を狙って……あ……」


 セシルの顔に焦りが浮かぶ。

 逃げだそうと席を立つと同時に、床に倒れ込んでしまった。

 テーブルに掴まろうとしてクロスが滑り落ち、紅茶カップが床に落ちて割れる。

 男はゆっくりと近づき倒れるセシルのあごを持ち上げる。


「か……身体が……」

「くくくっ。痺れて動けないでしょう?」」 


 男は再び指輪を見せる。

 さらにセシルの身体から力が抜けていく。


「この魔石の力ですよ。さあ、まだまだ時間はたっぷりあります。貴女の全てを……」


―――ザシュッ。ドンッ!


 セシルの瞳に涙が貯まった時、鍵が掛かっていた部屋の扉が崩れ去った。

 扉があった場所には黒いフード姿の者が立っていた。

 見覚えのあるその姿にセシルは驚きで目を見開いた。

 頬を涙がこぼれ落ちていく。


「な、何だ!? 誰だお前は!?」

「通りすがりの掃除当番です。お部屋の掃除に来ました」

「掃除だと?」

「ええ。これは酷い有様ですね」


 言いながらアルフは部屋を見渡す。

 突然現れふざけたことを言い始めたため、呆気にとられていた男が激怒する。


「さっさと出ていけ!」

「セシル様を泣かせるようなゴミ屑は徹底的に掃除しましょう」


 パチンとアルフが指を鳴らす。

 男のつけていた指輪の宝石が一つひび割れて消滅した。


「身代わりの指輪が!? 貴様、これがいくらすると思っているんだ!?」

「屑の身代わりなんて宝石が可哀想だ。解放してあげよう。ドロシー」

『ニャア』


―――パリン! パリン! パリン! パリン!


「うわあああっ!? 俺の指輪が……!」

「そろそろメインの掃除にとりかかりましょうか」


 そう言ってアルフが指を打ち鳴らす動作に入った。

 それを見て男は倒れたセシルの首に手をかける。


「ま、まて……この女を絞め殺されたくないなら、それ以上動くな」

「そんな事をしたら、本気でこの世から消しますよ?」

「ひっ」


 突然、黒いフードの男から膨れ上がった殺気。

 男は額から汗を噴き出させながらガタガタと手が震え出す。


『ニャア』


 誰も動かないままの部屋でドロシーが鳴いた。

 すると突然男が股間を押さえて床に転がりだした。

 身体から痺れが消えたセシル嬢のヒールで蹴り飛ばされたからだ。


「私にこんな事をして、これまでのように生きていけると思わないで。偽物さん」

「良い蹴りでしたがゴミを蹴ると靴が汚れますよ」

「あなたが本物の……」

「掃除当番なので僕が代わりましょう」


 そう言ってアルフは倒れ込む男に向かってパチンと指を打ち鳴らす。

 すると、男の頭部を紅い光が包み込む。


「な、何を……」

「言ったでしょ? この世から消すって」

「ひ……た、助けて……くれ……頼む……悪かった……」

「嫌です」


 きっぱりと言い切ると紅い光が強く輝き、消えていく。

 男は恐怖でそのまま気を失ってしまった。


「ふう。二カ所目の掃除完了っと。次に行こうか」

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