第25話 仕事に追われる
辺境伯であるアルフの父はベルジェ王国の北西を主な領地として任されている。
西側にはエルフの森を含む大森林が広がり、奥地に進むほど強力な魔獣と呼ばれる存在が確認されている。
その魔獣に追われた獣が現れて、町や村に被害が出ないようにする定期的な討伐も領主の仕事の一つである。
また北側には標高の高い山脈が連なり、鉄鉱石や希少鉱物の採掘を行って管理し国に納めたり他国との交易をするのも仕事である。
執務室のドアをノックし、許可を得たアルフが室内に入ると父と執事のタハールが何やら難しい顔をして報告書や書類を読んでいた。
「お忙しいところを失礼します」
「アルフか。お前がここに来るなんて珍しいな。何かあったのか」
「父さん、直近で鉱石を納めに行く仕事はありませんか? 僕に行かせて下さい」
「お前が突然仕事をしたいとは。嵐でも来るのか」
唐突なアルフの申し出に、思わず書類から顔を上げた父親と目が合いアルフは苦笑する。
「マーサにも同じ事を言われましたよ」
「ふむ。何を企んでいるのだ?」
「仕事をしたいと言っただけなのに、酷い言われようで泣きそうです」
「軟弱だな。まあやる気になったというなら仕事を与えよう。タハール荷運びの計画は?」
執事のタハールは手帳をペラペラとめくり日程を確認していく。
「来週中に採掘されているを鉄鉱石を鉱山から港へと運び出し定期船に乗せる仕事と、紫水晶を海洋王国の商人へ納品し海産物と交易する予定がありますな」
「だそうだが。どうするアルフ」
「任せていただけるなら両方とも僕が行ってきます」
「口だけでは困るぞ。領地や国の信用問題に関わるからな」
「もちろんです。必ずやり遂げて見せます」
「そこまで言うなら任せよう。やって見ろ」
そう言って領主の印が入った証書をアルフに手渡す。
これを見せる事で、運んでいる荷が正当なものであるという証となる。
「はい! 父さんは何に頭を悩ませているのですか?」
「視察で分かった状況が中々に厄介でな」
「西の領地でしたよね。問題でも?」
「微小なスライムが大量発生して、農作物を食い荒らしていた。現状ざっと百万匹はいる」
そういって眉間にしわを寄せている。
「うわっ。その量は確かに脅威ですね。自然発生にしては多過ぎませんか」
「どうやら不死身に近い変異個体の増殖らしくてな。攻撃するほど復活と分裂で増えていく」
「……そのまま増え続けたら壊滅ですね」
「一時的に土魔法で壁を作って被害を抑えているが、あふれ出すのは時間の問題だろう」
かなり深刻な状況だった。
時間の経過と共に数が増し、いずれは王国全体の問題として広がっていくだろう。
「解決案はあるのですか?」
「今のところは無い。土魔法で覆い尽くしても相手は微小なスライムだ。隙間から抜け出しでもしたら被害を繰り返し、広大な不毛の大地が誕生するだろう」
「領地内では収まらない問題ですね」
「うむ。解決できる人材がいないか、王都や冒険者ギルドに確認している所だ」
アルフはこの状況を自身の悪夢で知っていた。そして結末も。
依頼された魔道士や冒険者の総攻撃によってスライムはさらに増殖。
ベルジェ王国領土の半数は不毛の大地となる。
その影響で大量の餓死者が発生する。
夢はそこで終わっていた。
国力の落ちた状態では他国からの侵攻を防げず、国が滅ぶ可能性も大きい。
「そうでしたか……もう一つ尋ねたいことがあるのですが」
「何だ?」
「隣国のクリストファー・デ・ウォーターズ公爵をご存じですか」
「ウォーターズと言えば海洋王国の王家筋だな。その公爵がどうかしたのか」
「ブロシャール領を訪れているらしいのです」
「馬鹿な。ご高齢だったと記憶しているぞ。海を渡り我が領地に何用があるというのか」
「街の噂ですけどね」
「そもそも先触れもなく他国の公爵がお越しになるなど考えられんな」
やはりあの男は怪しい。アルフの目が険しくなる。
「分かりました。僕は早速荷運びに行って来ます」
「道中気をつけるのだぞ」
一礼して執務室を退出すると、アルフは自室に戻りドアを閉める。
同時にパチリと指を鳴らし防音結界を張る。
そしてドロシーがいないことに気付いて苦笑しながら旅の準備を始めた。
やるべき事や、やり残していることが多くなってきた。
着替えや荷造りをしながら頭を一度整理してみる。
『行方不明になっているエルフ族の生存確認と保護』
『王都で貴族屋敷の地下に不当に捕われている者の解放』
『今夜出港する商船の荷物室にいる子どもの保護』
『西の領地で発生しているスライムへの対処』
『だまされているであろうセシル嬢への対処』
「……そして荷運びの仕事っと。うん、多いよ!」
これだけの仕事を抱えていても、まだ働きが足りないらしい。
「しかも寝たらまた増えるだろうし。忙殺って本当に人を殺せるかも」
泣き言をいいながら必要になりそうなものを収納空間に放り込む。
「勝手にやって過労死しても証拠が無いから忙殺の完全犯罪かな?」
独り言でも最後はやっぱりドロシーに頼る。
「ドロシー助けて」
アルフは再び馬車小屋へと向かっていた。
今回は鉱石を運ぶので、二頭立ての幌がついた荷馬車を選ぶ。
馬用の餌や水、空樽など必要な物を一式詰め込み鉱山の採掘場へと出発する。
到着したらリストを見ながら紫水晶は木箱に入れる。
鉄鉱石は樽へと詰め込んでもらい馬車に積み込む。
鉱山からボストミラの街を経由し、夕方ようやくドロシーと合流した。
アルフは御者席で軽く手をあげて出迎える。
「お待たせ! ドロシー」
『ニャア』
再会早々、魔法無しの重労働にぐったりしているアルフ。
そんなご主人様に癒やしの波動を掛けてあげる健気なドロシーだった。




