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眠りの魔道士  作者: 春野雪兎
通りすがりの掃除人編
24/275

第24話 黒目黒髪

 馬車の暴走と襲撃事件も落ち着き『銀の兎』での食事を終えた。

 アルフとローラは馬車に乗って帰路についていた。

 昼下がりの街道を朝とは逆に走らせている。

 ずっと思案顔をして珍しく沈黙するローラ。

 ショックが大きかったのだろうと気を利かせてアルフは無言でいた。


「ねえ、アルフ。私気付いてしまったわ!」


 そのローラが唐突に声を上げたのでアルフは思わず隣を見た。


「気付いたって……何に?」

「もちろん眠りの魔道士様の正体よ!」

「ええっ!?」


 気付かれる要素はどこにも無かったはずだ。

 しかし紅い瞳でじっと見つめられ、思わずアルフの背に汗が流れる。

 何か見落としているような事があっただろうか。

 場合によっては今日の記憶を一部消さなければ。

 そんなことを考えていたのだが。


「眠りの魔道士様はクリストファー様よ! 間違いないわ!」


 ローラはアルフから視線を外したかと思うと、手を組んで遠くを見た。

 うっとりと憧れるような表情を作っている。


「……そ、そうなの? っていうか誰それ?」

「さっきセシル様を助け起こしていた方よ」

「あ。さっきの男か」

「だってアルフも見たでしょう?」

「何を」

「暴走していた馬が突然眠りだしたり、襲撃していた男達が突然眠り出したりよ」

「ああ」

「あんなことが出来るのは、眠りの魔道士様しかいないわよ!」


 ローラは手を握って断言している。

 それをジト目で見ているアルフには気がつかない。

 確かに馬の暴走を止めたのは眠りの魔法だった。


 しかし襲撃した男達は眠っていた訳では無い。

 そもそもあ(・)れ(・)に魔法は関係ない。


「ローラは彼が何者なのか知っているの?」

「アルフこそ街で噂になっていたのに知らないの? 隣国の公爵様らしいわ」

「え? 全く知らなかった。父さんなら知っているのかな」

「私のお父さんは知らなかったけどね」

「帰ったら聞いてみるよ」


 隣国の公爵ともなれば、この地を治める辺境伯として挨拶やもてなしが必要になる。

 街で噂になっているわりには、家で歓迎パーティの準備などをしている様子も無かった。


「隣国の公爵様なのにベルジェ王国の民まで救って下さるなんて尊敬するわ」

「ちょっと待って! あの人、噂に聞くような格好はしていなかったよ」

「確かにそうね」

「やっぱり思い違いじゃ無いのかな?」


 早めに間違いを修正しようとアルフは疑問を口にしていく。

 しかし思い込んだローラの中で、結論は変わらなかった。


「きっと急いでいて、ローブを着る時間が無かったのよ」

「詠唱も聞こえなかったし」

「魔法を極めた一流の魔道士は無詠唱で魔法を発動出来るのよ」

「……そうなの?」

「本で読んだことがある。きっと何かの動作で魔法を発動したに違いないわ」

「ローラ。魔法に詳しいね」

「勉強したもの。私には全然使えないみたいだけどね」


 ローラは残念そうに視線を落とす。

 この国では魔法を使えることが一種のステータスになる。

 貴族ならば何かしら魔法を使えないと見下されることも多い。


「瞳や髪が赤いから、火の魔法が使えるかもって思っていた頃もあったのだけど」


 確かに個人の持っている魔力が髪の色や瞳の色に反映することはあると聞く。

 青い髪ならば水の魔法。

 茶色い髪なら土の魔法。

 金髪なら聖魔法といった具合だ。


――では黒い瞳と黒い髪のアルフはと言えば。


「まあ僕も全然だし。瞳や髪の色だけで判断されるのも勘弁して欲しいよ」


 古来『黒』は魔力量が多く、様々な魔法適正や才能を持つ者にしか現れない色だ。

 神に愛されて生まれてきたとまで言われることもある。

 歴代の有名な魔道士は黒目や黒髪が多い。

 そのためアルフが生まれたときは周囲から大きな期待が寄せられていた。


「本当。アルフはもっと残念よね? 黒持ちなのに魔法を使えないなんて」 

 

 しかしアルフは一度も魔法を使うことが無かった。

 正確には『予知夢』と『眠りの魔法』は小さな頃から使えていた。

 しかし夢は話さなければ気付かれない。

 眠りの魔法を誰かに対して使っても、ぐっすりと眠って回復するだけ。


 成長するにつれて魔法能力無しと判断される事になる。

 期待が大きかっただけに失望も大きく、周囲からの陰口が酷くなっていく。

 そして両親の薦めもあり留学して国外で学ぶことになった。


「あはは……よく言われる。でも魔法を使えない方が良いこともあるよ」

「どんなこと?」

「ローラだって戦争兵器にされたくはないでしょ」

「それもそうね。力があるなら強い魔物や悪魔と戦えとか言われても嫌よね」


 もしあの頃、強力な魔法を誰かの前で使ったらどうなっていたか。

 その結果は夢によって知っていた。

 命令を受けて誰かを殺し続ける。

 血塗れの世界に足を踏み入れ、心を壊していただろう。


「全くだよ。平和に寝ていられる時間が一番さ。ね? ドロシー」 

『ニャア』

「すぐ猫に頼る」


 繰り返し見た血だらけの世界。今でも血を見るのは苦手だった。

 そんな人生が嫌だからドロシーと出会うまでは、怖くて魔法を使わないでいた。

 都合が良いので今でも魔法は使えないと言うことになっている。


「でもアルフはもっと働いた方がいいと思うわよ」

「うーん。もっと働かないとダメかな」


 現状でも結構頑張っているつもりなのだが。

 何せ毎日のように夢をみるのだから、処理がなかなか追いつかない。


「当然よ。眠りの魔道士様のようにとは言わないけど」

「はいはい。お小言はマーサだけで充分だって。さっ、家に着いたよ」

「うん。ありがとう」

 

 本を玄関先まで運んだ後、軽くローラと挨拶を交わす。

 頑張って仕事しようと決意しながら、アルフはその場を後にした。


■■■


「ただいま。マーサ」

「おや! お帰りなさいアルフ坊ちゃん。お早い帰宅ですね」

「ふっふっふっ。僕も心を入れ替えたのさ!」 

「へえ」

「そんなに連日、朝帰り記録は更新しないよ」


 まだ日の高い時間帯に帰宅したので、マーサに怒られないアルフは胸を張る。


「それじゃあこれからお勉強ですか? それともお仕事ですか?」

「買ってきた本を部屋で……いや、やっぱり実践だな。仕事をするよ!」

「ドロシーはどうしました?」

「お散歩かお昼寝じゃないかな」

「まあ! 坊ちゃんが猫と一緒じゃないなんて」

「まあね」


 本当はドロシーがそばにいないと心細くて、とても寂しい。


「しかもお仕事までするなんて! 明日は雨……いえ数年に一度の大嵐ですかね」

「そこまで言う!? そんなに珍しくは無いでしょ」

「何を言っているんですか。珍しいですよ!」

「えー」


 マーサは明日の天気は嵐と決めつけて、洗濯をたくさんすることにしたようだ。

 その姿を見送りながら、アルフは仕事を確認するため父親の書斎へと向かった。

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