第20話 レシピは大事
アルフは自宅近くにある林の中に転移していた。
朝の柔らかい木漏れ日が射している。
「あれで僕の顔を忘れてくれていたらいいけどね」
『ニャア』
「エルミアさんに貴族か尋ねられた時は焦ったな」
『ニャア』
「でも愛用のローブを繕ってもらえて助かったよ」
『ニャア』
「うん。氷の魔女様はどうしてるかな? 落ち着いたら会いに行ってみようか」
言いながら木陰で収納空間を開き、着ていたローブを仕舞う。
アルフが愛用している黒のローブは『氷の魔女』から贈られたものだ。
フードを目深にして顔を隠していても、内側からは外が見える仕様。
しかも耐熱、耐冷効果が付与されとても快適だ。
一年中着ていたいと思うほど、お気に入りのローブである。
「さて。またしても朝帰りになってしまったけど……どうしよう」
『ニャア』
アルフの困り顔に首をかしげ『諦めろ』とでも言うようにドロシーが鳴く。
玄関扉から入るとマーサに見つかってお小言をもらうだろう。
さっと額に手を当て自室に人がいないことを確認し転移する。
同時にパチリと指を鳴らし、いつも通り部屋に防音結界を張った。
「ふぅ。やっと帰れた! 一日が長いよ」
『怒られないために無駄な魔力消費をしていませんか。ご主人様』
「……だって怖いし」
『悪魔を消滅させた方と同一人物とは思えない発言ですね』
「そうは言うけど……」
その時、部屋がノックされアルフはビクリと身体を震わせた。
内側の音は外に漏れないが、外からの音は聞こえてくる。
「ど、どうして分かったのかな!?」
『ニャア』
慌てるアルフが思わずベッドに潜り込む。
同時にマーサが部屋に入ってきた。
「坊ちゃん! 一体いつ帰ってきたんですか!? 昨夜は戻られませんでしたよね!?」
「や、やあマーサ。おはよう」
「おはよう、じゃありませんよ!」
「おはようございます?」
「また朝帰りですか! 一体どこで何をしていたのか話して下さい!」
もう子どもではないが、行動の報告が必要らしい。
しかし昨夜の内容をそのまま伝えられるわけもない。
即席で内容を作ってアルフは語る。
「えっと、近くの森で一晩ダンスの練習を……でも疲れて途中で寝ちゃって」
「ダンスの練習?」
「ごめん、ちょっと服を破っちゃった」
「何でそんな場所で練習するのです!」
予想通り指摘されるが、適当にごまかしていく。
「下手なダンスを誰かに見られたら恥ずかしいだろ?」
「部屋でいくらでも練習できるでしょうに」
「そこは気分転換? あ、シャツは親切な人が繕ってくれたから心配しないで」
「心配するのは坊ちゃんの頭ですよ!」
「ええっ!?」
「昨日のお昼過ぎに出かけて、こんなにフラフラするなんて!」
「はい。ごめんなさい」
「もっと自覚を持ってしっかりして下さらないと!」
腰に手を当てやれやれと頭を振りながらマーサは小言を続けた。
それでも最後にはアルフを心配して尋ねる。
「朝食はどうします?」
「その親切な人が食べさせてくれたから、大丈夫」
「ずいぶんと親切な方ですね……女の人ですか?」
「美人な人妻です」
「坊ちゃん! 人の道に外れるような事をしてはいけません!」
そこだけは正直に話したのだが、さらにマーサを怒らせてしまった。
「い、いや……誤解だよ!? 絶対何か誤解しているよね!?」
『ニャア』
「そ、そうだった。僕、街に出かけて来るよ。馬車を使っていいかな」
「帰ってきてまた早々にお出かけですか……!? 今度はどちらに!?」
「本屋さんへ。ほら、僕も将来のためにしっかり勉強しないと」
その言葉にマーサは目を丸くして驚く。
それまでの怒気から一転、ニコニコとした笑顔を見せる。
「坊ちゃん……ようやく、ついに、やっと! やる気を出したのですね!」
「え? うん」
「そう言うことならば、気が変わらないうちにどうぞ」
「いいの? それじゃあ行って来るよ」
「行ってらっしゃいませ」
マーサからの追及を何とか逃れる。
アルフはドロシーを抱きかかえながら、早歩きで馬車小屋へと向かった。
街への買い物なのでシンプルな一頭立ての荷馬車を選ぶ。
御者をつけず、自分で馬車を出す。
「よろしく頼むね」
あまり乗らないが、優しい性格の馬で操作性も良い。
――ガラガラガラガラ。
ゆっくりとした車輪の音が眠気を誘う。
御者席の近くではドロシーが寝そべっている。
ブロシャール家の領地を走らせていると、前方に見慣れた赤い髪。
馬の速度を落としてゆっくりと近づいていく。
「ローラ! おはよう。散歩かい?」
隣に並んだ辺りで声をかける。
「あら、アルフ! おはよう。朝からお出かけなんて珍しいわね」
「眠いけど、マーサのお小言から逃げて来た所」
「馬車でどこに行くつもり?」
「街の書店に向かうところだよ」
その返答にローラがポンと手を打ち鳴らす。
「まぁ! ちょうど良かったわ。私もお菓子のレシピ本が欲しいと思っていたの」
「そうなの?」
「一緒に行っても良いかしら」
「えっと……うん。レシピは大事だよね」
ローラと一緒になるのは想定外だった。
けれどもレシピ本の重要性を思うと断るのも危険だ。
アルフは探りを入れる。
「ご両親は今日も仕事?」
「昨日から二人揃って王都に出かけているの」
「あーそうなんだ」
「新しいお菓子でも作ってみようと思って。アイディアを探してた所よ」
ローラが何も見ずにお菓子作りを始めたらどうなるか。
前回を超える何かが出来上がることは間違いない。
そしてオリオール夫妻は不在。
つまり自信作を食べさせられる可能性が極めて高い。
ここはレシピ本を手に入れるべきだろうと判断する。
「分かった。それじゃあ一緒に出かけようか」
「うん! アルフと街へ出かけるのも久しぶりね」
「僕も御者は久々だよ」
「準備して来るから少し待って!」
これはデートに入るのか、それとも買い物への付き添いなのか。
そんなことを考えながらアルフはローラを待った。




