第19話 風評被害
アルフは腕を組み、片手であごに手を当てながら慎重にサリオンの質問に答えた。
「ここに限らずベルジェ王国全体……特に北西の領地を中心にして拉致や誘拐事件が多発しています。僕の知る限りでは、大人より子どもの方が狙われやすいようです」
「ただの誘拐じゃなさそうだな」
「何とかしたいと思っているのですが、僕の力では後手に回ってしまっています」
「組織的な犯行なのか?」
「その可能性は大きいですね」
サリオンが言うように、アルフも裏には何か大きな企みがあるように感じている。
「見つけたら村に戻れるように助力しますので、不明者のリストがあれば助かるのですが」
その言葉を聞いたエルミアが急いで机の引き出しから用紙を取り出す。
祈るような気持ちを込めてアルフに手渡した。
「ここに書かれている者たちです。魔道士様……どうかお願いいたします」
「私達の友達もいなくなってしまったの」
「家族を探し続けて身体を壊している者や、希望を失っている者が出てきている状態だ」
すでに誘拐されている者を思って家族の表情が曇る。
「もし……亡くなっていたとしても……」
「あなた。娘達の前ですよ」
「そうだな。何か手がかりだけでも見つけたい」
エレンとカレナを救出することは出来たが他にも行方不明者が出ているという。
アルフは神のように全てを見通せる訳では無い。
今回はたまたま悪夢として見たために訪れることになっただけだ。
それでも知ってしまったからには助けてあげたいとアルフは思った。
「分かりました。僕に出来る限りのお手伝いをさせていただきます」
『ニャア』
「リンゴジュースのお礼にドロシーも協力してくれるみたいです」
「今の鳴き声にそんな意味が?」
「僕たちは以心伝心なので」
『ニャア』
「そうか! ドロシーさんも手を貸してくれるなら心強い!」
そう言ってサリオンは不安を消し飛ばすようにニッと笑った。
そのままアルフの背をバシバシと叩く。
身体は回復したが防御魔法を張っていないので、実はとても痛かった。
「さて大変お世話になりました。帰る前に皆さんへお礼の魔法を掛けましょう」
「どんな魔法だ?」
「僕が得意な眠りの魔法です」
「……!? まさか、口封じに俺たちを殺すつもりか!?」
「そう言えば魔道士は人を簡単に殺すって聞いたことが……」
「ひっ!」
「エレン! カレナ! 逃げて!!」
眠りの魔法と聞いて、悪魔を消滅させたものと勘違いしたのだろう。
サリオンが慌てて声を出すとエレンも魔道士の噂を口にする。
カレナは目に涙を堪え、エルミアは娘達を逃がそうと前に出て手を広げている。
「魔道士への風評被害がすごいな!? 安心して下さい。今の流れでそれは無いですよ」
「なんてな! 冗談だ。魔道士様がそんな人間じゃないのは俺たちみんな分かっているさ」
そう言って笑い出すサリオンに、アルフはフードの中からジト目を向ける。
帰ると言ったので、最後に家族でからかってきたのだろう。
「エルフ族って真面目な人ばかりというイメージだったのですが」
「はははは!」
「歌劇団も真っ青ですよ」
「魔道士だって怖いっていうイメージが強いぜ?」
魔法を使えば簡単に人の命を奪えるのだから、怖がられるのは当然だった。
「そんなに優しい顔をしている魔導士がいるとはな」
「魔道士様の寝顔は可愛かったです」
「猫さんに好かれているので絶対にいい人です」
「食事を残さず綺麗に食べる方に悪い人はいませんわ」
よく分からないがサリオン一家からは信頼されたようだ。
しかし記憶の一部を消そうとしているアルフの心はチクリと痛んでいた。
『ニャア』
「では皆さん、椅子にでも腰掛けて楽な姿勢をとって下さい」
「おう」
「少しの時間眠ると思いますが起きたら心身の疲労が回復しますよ」
「便利な魔法ですね」
「エレンさんとカレンさんは怖い思いをしたので、心の負担が軽くなるようにしておきますね」
「「ありがとう」」
「それではどうぞ良い眠りを」
『ニャア』
それぞれがソファに座ったのを見届けて、アルフはふわりと腕を振る。
するとサリオン一家はゆっくりと瞼を閉じていき眠り始めた。
アルフはドロシーを肩にのせ、額に手を当てると軽く目を閉じて転移した。
■■■
アルフが転移してから数分ほど経過してサリオンとエルミアが目を覚ました。
さらに数分後には寄り添って眠っていたエレンとカレナが同時に目を覚ます。
「お父様、魔道士様は?」
「もう行ってしまったようだな。予定があって急いでいるとも言っていたし」
「もっとお話したかったです」
起きたら姿が見えないので、カレナはがっかりしていた。
家族の話題は自然と魔道士についてのものとなった。
しかしその記憶は一部消えていた。
「優しい方でしたね」
「ええ。お顔も……あれ? どんなお顔でしたっけ」
「何だ恩人の顔をもう忘れたのか。確か……どんなだったかな」
「ドロシーさんは金瞳で黒毛の猫さんでしたよね」
「石けんで洗ったら毛がふわふわで可愛かったです」
「魔道士様のお顔を拭いた時は…………思い出せないです」
「確か……黒いローブ姿で……うーん」
出来事や話したことは思い出せる。
けれども顔や姿だけがはっきりと思い起こせない。
「そう言えば私、寝顔をみている時に魔道士様の似顔絵を描きました」
「カレナそんなことをしていたの?」
「絵にしたら素敵だなって思う光景だった……気がするの」
「おお。その絵を見せてくれないか? 思い出せるかもしれない」
「スケッチブックがお部屋にあるのでとってきますね!」
言いながらカレナは扉を開き、銀髪を揺らしながら元気に飛び出して行った。
突然現れ助けてくれた、通りすがりの魔導士。
彼こそが噂に聞く「眠りの魔導士」だったと知るのはもう少し先の話。




