第21話 ローラと街へ
屋敷の前で馬車を止めてしばし待っている。
ドレスを着替えたローラが手を振りながらやって来た。
赤い髪はポニーテールにして青いリボンで結んでいる。
それに合わせたのか淡いブルーのシンプルで上品なドレスだ。
とても似合っていたので褒めたい気持ちはあった。
しかし婚約者がいるらしいので、いつも通り幼なじみとして接することにした。
「お待たせ」
「うん。荷馬車だから御者席へどうぞ」
手を伸ばしてきたので、その手を握って席に引き上げるとローラは嬉しそうに笑った。
その顔が可愛らしくてアルフは再び複雑な気持ちになる。
寝そべっていたドロシーはアルフの膝上へと移動していた。
ローラとドロシーがしっかり座ったのを確認し、馬車を走らせて行く。
「ドロシーも一緒なの? いつも近くにいて仲がいいわね」
『ニャア』
「一緒にいてくれると安心するんだ。特に眠る時とか」
「私も小さい頃はお人形さんと寝ていたけれど……アルフは先週の誕生日で十八才になったでしょ? 猫に頼っていないで、もっとしっかりしなさいよ。両親もマーサさんも心配するわよ?」
大人になってもドロシーがいないと安心して眠りにつけないのは事実だ。
事情はあるのだが、今まで悪夢について誰かに伝えたことはない。
「あはは……マーサにはいつも言われてる。もっと自覚を持ってしっかりしなさいって」
「笑い事じゃないでしょ!」
「ローラまでお説教してくるの?」
「アルフが馬鹿にされたら、辺境伯様まで馬鹿にされ兼ねないでしょ」
「父さんなら心配いらないさ。立派な人だからね」
「貴方の酷さがが余計に目立つじゃない」
「酷さって。耳が痛いから勘弁して……」
「言われたくないなら、情けない噂を流されないように気をつけなさいよ!」
そんな話をしながら通りを進むと商店街が見えてきた。
二つほど角を曲がり大通りを進んで行くと目的の書店を見つけた。
馬車を止めて二人は店内へと入って行く。
ドロシーは御者席で丸くなりながら見張り番となった。
「ローラの目的はお菓子のレシピ本だったよね」
「ええ」
「僕は奥の方を見てくるから、選び終わったら教えて」
「分かったわ。いろいろと見たいからまた後でね」
ボストミラの街で一番大きな書店の本店だ。
様々なジャンルの本を取り扱っている。
アルフが買ったサイン入り限定十部の『美女名鑑』もこの店で手に入れたものだ。
入店に気がついた店長が話しかけてくる。
「アルフ様。ようこそいらっしゃいました」
「こんにちは店長」
「お買い上げの『美女名鑑』はいかがでした?」
「大満足です! 特に表紙が素晴らしい。いつも笑顔に癒やされています」
「それは何よりでございます」
それなりに高額な本なので、店長もお得意様としてニコニコ顔で接してくれている。
庶民には手が出せない価格帯だが予約不可の限定十部は即日完売している。
サイン無しの五十部も最早、入手困難らしい。
数年に一度の不定期発行で前回は留学中のため手に入れられなかった。
入手の喜びもひとしおだった。
「近々サイン入りの限定品をお持ちの方を集めて、催し物があるようですよ」
「えっ! そうなのですか?」
「お買い上げ頂いているのは貴族様ばかりですから」
「愛読者に顔つなぎの場を設けて下さると?」
「おそらくは。その打ち合わせに本日セシル様がご来店下さる予定なのです」
こっそりと耳打ちするように店長は教えてくれた。
「アルフ様にも催しのご案内が届くと思います。楽しみにしていて下さいませ」
「はい! それは凄く楽しみです」
思いがけない催しの情報にアルフの心が弾む。
そんな集まりがあるなんて、聞いたことが無かったからだ。
限定版を手に入れた者だけが知ることを許された特権なのかもしれない。
―チリン
「それではどうぞごゆっくりと」
そんな話をしていると店員を呼ぶベルの音が鳴った。
店長は丁寧にお辞儀をして呼ばれた方へと歩いていく。
「っ!」
それを目で追っていたアルフは、女神の姿を見つけて一瞬呼吸が止まった。
何度も本で絵姿を目にしてはいたが、直接見ると美しさの次元が違う。
けれども不躾にジロジロ見られるのも嫌だろうと思い、視線を外す。
「ん?」
すると本棚の陰から、隠れるように凝視している男を見つけてしまった。
「あれがセシル・ド・オードラン嬢か。来店の予定は本当だったな」
名前を確かめるようにつぶやく男性。
まるで品定めするような目つきで見続けている。
指には大きな宝石のついた指輪をいくつもつけている。
身なりは良いので、貴族かどこかの商家の者なのだろう。
しかし不躾な視線というのは、端から見ても気持ち悪いなとアルフは思う。
(うん。やっぱりジロジロ見るのは良くないよね)
心の中で自分も気をつけようと誓い、いくつか本を手に取りローラを待つ。
少ししてローラがたくさんの本を抱えてやって来た。
重いレシピ本を横からヒョイと持って手伝ってあげる。
「ずいぶんたくさん選んだね。手伝うよ」
「ありがとう。たくさんあって迷ってしまったから、全部選んだの!」
「ぜ、全部? これだけあればどんなお菓子も作れそうだね」
「ふふっ。アレンジするのが楽しみだわ」
「え? アレンジするの!?」
「当然でしょ。料理は生き物だもの」
「……生き物なんだ。知らなかった」
レシピ通り作るなら問題無いだろうと思っていた。
けれど、期待とは裏腹にローラはアレンジする気らしい。
これも予定外だったなと思いながら昼食に誘ってみることにした。
「本も選び終わったし、せっかく街に来たから何か食べに行こうか」
「あら。アルフにしては気が利くじゃない」
「何か食べたいものはある?」
「そうね。デザートの美味しいところがいいわ」
「甘いものばかり食べると太るよ」
「前言撤回。やっぱりデリカシーが無いわね? だったらお店は任せる」
「了解。天気も良いから、テラス席のあるお店にしようか」
お店選びは任せてもらえた。
アルフは夢で見た事故の起こる通りへと、先回りすることにした。




