現状把握とできること3
あらすじ、バカ兄が既成事実作っていやがったことが発覚しました。
「いやねえわ、笑えねえ」
「ちなみにイツキ殿の子というのが母のアマリアで」
「笑えねえって言ってんですよ……」
思わずテーブルに突っ伏してしまいたい衝動に襲われる。ソファからでは頭を抱える程度が精一杯だったが。
20年前の兄って17歳かなあとか、ということは目の前の二人は姪の子、いわゆる姪孫というやつでは、といういらん知識が這い出てきたりした。
「なので正式には君の事をイオリ大叔母上とお呼びしなければならないわけで」
「実年齢以上に歳とってるように聞こえるんでやめてくれません!?」
叔母にすらなってもないのに、急に孫ができたみたいに言われても困るしかない。
バカ兄、本当に何てことをしてくれたのだ。
「まあアレは色々打算があったらしいんだけどね。イツキ殿はこちらでは伝説とまで呼ばれた人だし、となると……というわけさ」
「あぁ……」
分かりたくもないが、若くない伊織は残念ながら理解はしてしまった。
要は異世界人の特異な力を次代にと期待をしたのだろう。その辺りは賭けだったと思うが、子を宿す女性も悪い扱いにはならないしで積極的だったのではなかろうか。
しかも17歳の、青年と呼ぶには若い年頃の子だ。そういう話題には敏感な頃合いでもあるし、何かの弾みで転ぶのではないかという打算もあったのだろう。
そしてこの世界、というかこの国は思惑通りに賭けには勝ち、ここにその特異な力を受け継いだ人間が生まれた、というわけだ。
「……ちなみにですけど、他にいたりは?」
「ないね。結構身持ちが固かったらしくてねえ」
当時の貴族たちはそれは苦労したらしいよ、と加えられたが、兄のそんな話は聞きたくなかった。
結構と評されてる辺り、それなりの数で押されたのだと思うと同情しかない。
どうりで周囲に全く女の影がチラつかないわけだと納得した。あれは結婚する気が端からないのだ。
そしてここで伊織は大変なことに気がつく。
伊織自身も異世界人、それも伝説と呼ばれた人間の妹である。それがこの国に来たという話は、かなりヤバい話になるのではないか。
女であるぶん、斎よりも多分状況としては悪いのでは。
「…ところでこれ私、詰んでません?」
「まあお上もこちらに骨を埋めては欲しいとは思ってるだろうね。でもまあ、どうせ本名の真贋なんて分からないんだし、家名は適当に嘘を名乗ってもいい。どちらにせよ、私たちがいるからそう酷いことにはさせないつもりだよ」
アレクシスもクリフォードも特異な力を受け継いでいるらしい。ということは、血筋としてはかなり発言力を持っているのかもしれない。
政治的な発言権まではさすがに弱くされていたとしても、伝説の血筋への尊敬と感謝を説けば、本名を名乗ったところでも無体なことをさせることはないだろう。
「それか……血の上では四親等だし、私かクリフの相手でも良いけれど」
と思っていたけれど、アレクシスが笑顔でとんでもないことを言い始めた。
確かに偽名を使う場合には、血筋という盾を失うことになる。だからヴェラー家との繋がりを持つ事により、盾を作るのが心強いのは確実ではあるのだが。
目の前のこの男、実は愉快犯なのではなかろうなと伊織は薄々感じているところだ。
「冗談でしょ?クリフォード殿なんて十ほどは下だろうし、貴方がたの意思だって……」
「それが弟は満更でもなさそうなんだよね」
嘘でしょ、と思いながらクリフォードの方を見ると、無表情ながらも嫌悪は微塵にも浮かんでいなかった。
どころか、斎の話をしていた時と同じぐらいの熱量でもって見られていないだろうか。
思わず心持ちソファの上で後ずさる。兄に女の影がないように、伊織にもまた男の影などなかったため、その視線にどう対応していいかが分からないのだ。
「い、いや、よく考えなよ?三十路女とどうこうなんて、若いあんたにとって何の利もねえのよ?」
たぶんこちらではオールドミスに片足突っ込んでるどころか、完全にオールドミスと呼ばれる年齢であろう。
なにせ17歳の斎をどうこう、と普通に考えられるお国柄だ。婚姻を結ぶのが早い常識があるからこそ、同年代の令嬢の協力や立候補を取り付けてコトを謀ったのだろうし。
その基準から考えれば20歳ではすでに行き遅れの範疇であろうし、34歳ともなれば次代の指導者や教育者といったところの年齢だろう。婚姻を結ぶにしても、初婚ということはなく、どこかの後妻が精々ではなかろうか。
「そんなことはないと思います。貴女は頭の良い方だと感じましたので、俺としても好ましいと思いますし」
「いや、だからな……」
「利など。貴女のように意思を言葉にそのまま乗せられる女性は多くないし、それに年齢に関してはお若く見えるので問題はないかと」
「は?」
つまるところ、こっちの世界の面倒な女と比べられているだけでは。
クリフォードの性格などまだ出会って数時間のために知るわけもないが、見た目の印象としては生真面目なものを抱いていたのだ。
兄のアレクシスに全てを一任しつつも、伊織の「盾」ぐらいにはなってくれるとフォローの立候補をしてくれる。少々、斎に配慮をしすぎた自己犠牲が過ぎるとは思っていたが。
おそらく、彼自身はそれほど礼を失した意識はないのだろう。隣にいるアレクシスは頭を抱えてしまっているから、双方の世界で特別デリカシー意識がズレているということもなさそうだ。
「お若く。お若くねぇ?」
本来これほど怒るところではないかもしれないが、伊織にとって「若く見える」とは褒め言葉ではなかった。仕事でいつまでも学生に見られ不愉快な思いをしてきたため、その言葉自体がとても苦いものに感じているのだ。
三十路も過ぎて半ばが近くなってきた「これから」ならば、徐々にその言葉に対してもポジティブなイメージが抱けたのだろうが、まだそれ以前の段階なのだ。現時点では歳相応に見られたいと思っているタイプである。
もっとも、欧米型の顔のつくりをしているこちらの世界において、その願いは中々に難しいのかもしれないが。
「……クリフ、マリアを呼んでおいで。そしてお前は頭を冷やしてきなさい」
「兄上?」
「クリフォード」
「……承知、いたしました」
アレクシスがわざわざ愛称を外してまで念押しすると、クリフォードは納得のいかない表情で退出する。そしてほどなくしてマリアがノックの後で入室してきた。
さすがにクリフォードと同じ位置で、というわけにもいかず、扉の横で一礼をするとそこに留まった。どうやらそこでずっと立っているつもりらしい。
まだ長話になるのかもしれないのに?と困惑しながらアレクシスを見るが、それが侍女の仕事だと言われてしまうと引き下がらざるを得ない。おそらく斎も同じような行動をとったのだろうな、とアレクシスの察しの良さに感心する。
「すまないね、後で説教をしておこう」
「……いえ。むしろ私が大人げなかったですし。それで、あとは?」
「そうだね、長くなってきたことだし、手短に今後の事を決めておこうかと思う。ひとまずはうちで保護をする方針としているが、貴女の希望も聞いておきたい」
「やりたいこと、ねえ…」
「勿論急かしはしない。思いつき次第相談してくれて構わないよ」
妙に歩み寄られている気がしないでもないが、まさかバカ正直に「楽して暮らしたい」と言うわけにもいかない。
もう少し、自分のスキルを把握してからでもいいだろう。
この支援スキル自体が珍しいのかどうかとか、対象は単体に限られるのかとか、効果時間はどのぐらいになるのかとか、色々と。
朝方にざっと見た感じでは、基礎ステータスに対する支援スキルが生成できるようだったが、他にも何か有用な支援スキルがあるのかもしれない。ゲームにありがちな、条件開放などもあるかもしれない。
伊織はその辺りのコツコツとした作業がとても好きだった。見た目に反して。
そして色々と目途が立ったら、ヴェラーの後ろ盾は得つつも、支援屋みたいなことをやってもいいかもしれない。もちろん、野良で無差別にやっていくのはまずいだろうから、アレクシスに相談して範囲は決めていかなければならないが。
「今日のところはもう少し考えさせてくれませんか?明日には大まかな方針を出したいと思います」
「……そうだね。少し、長くもなったし、ここらでお開きにしておくか」
アレクシスの様子が疲れたように見えるが、先ほどの事を考えると仕方がないだろう。
伊織がマリアを伴い退室する間際、深い、静かなため息が聞こえた。




