※兄上の誤算 アレクシス
「いやあ、的確に地雷を踏みぬくお前の言葉選びのセンスには、逆に関心させられたよ」
「…追い討ちならやめて欲しいのですが」
伊織を部屋に返してからしばらくして、少し身体を動かしてきたらしいクリフォードへ苦言をぶつける。
さすがにクリフォードも何となく自分の言動がまずかったと判断したようだが、具体的に何が悪かったかは理解していないだろう。
無口で無愛想。それがクリフォードという男だ。
伯爵家次男という貴族の立場に生まれながら、武を極めんとする変わり者。
イツキという“伝説”の血を引くことで色眼鏡で見られる事も多いが、それを差し引いても追随する者はそう多くはない。祖父から受け継いだスキルのおかげもあるだろうが、生真面目に武を磨く根気が備わっていたのが大きい。
反面、その武に偏りすぎた性格が災いし、貴族としては致命的に言葉が足りなかったりする。足りないだけならいいが、時折とんでもないことを言う。今回がそうだ。
「こちらの女性とは反応が違う。そりゃ違う世界の御仁なのだから違うのが当然だろう。まあ、多分あれが素なんだろうけどね」
言葉こそやや砕けてはいたが、どこかよそよそしい感じではあった。しかしこちらへ歩み寄ろうとはしてくれている。アレクシスはそう感じていた。
女ひとりで見知らぬ土地へ飛ばされてきて、見知らぬ人に囲まれ、訳も分からぬ話を聞かされて。
正直なところ、アレクシスは泣き言の一つや二つは覚悟していた。それが、言っては悪いが拍子抜けしたのだ。
本人が三十路過ぎだというのだから、やはりその分の経験値が大きいのかもしれない。
「まあ多分、若く見えると言ったこと…あれが決定打だね。確かお祖父様も若く見られて苦労なさったと聞いている」
それが、ただ一つの言葉にだけに心を揺らしたのだ。アレクシスもクリフォードと同じく、とても伊織が三十路過ぎとは思えなかった。
思い返せば、母もこの国では童顔な方であったので、そういう人種なのかもしれない。
「…あ、兄上こそ。冗談にしてはらしくなかったではないですか」
「お前ねえ。いくらお祖父様の縁者とはいえ、見極めは要るだろう」
クリフォードが苦し紛れのようにアレクシスの冗談を指摘するが、アレクシスとて無為に放った言葉ではない。この国の英雄の縁者とて、無条件に懐に入れるわけにはいくまいという考えはあった。
どんな人物であろうが、血縁であるなら保護はするつもりでいる。だが、その度合いは人となりを見てからにすべきだろう。
兄妹で性質がまるで違うなどとはよくある話なのだから。
しかし、その辺り伊織は信用してもいい善人であるだろう、というのがアレクシスの見解だ。
こちらの説明には真摯な態度であったし、冗談めかしたあの提案も一つの方法としては見てくれたことだろう。あの感じからするとおそらくは乗ってはこないなと予想をしているが、万一乗ってきたとしてもアレクシスは自分が受け入れれば良いと思っている。その程度には好意はあった…というよりは嫌悪感というものがなかった。
ここでの誤算は、弟にも冗談として話を振ってしまったところだろうか。
アレクシスにとってこの程度の軽口はいつものことだから、つい流れで弟もからかってしまった。
無口で無愛想で口下手。そんな弟からは常の通り「はあ」と言葉にならない相槌か、出たとしても伊織の盾となりましょう、程度のものだと思っていたのだ。
それがどうだ、本人としてはアレで懸命に誉めたつもりなのだ。いままで女性に気の効いた言葉の一つも言ったこともない男が。
「お前こそどうしたの。慣れないことを言うからあんなことになったんだろう?」
「俺、は……」
言葉を探しているのか目線が忙しい。
ここで急かすと言葉を飲み込むのは経験上分かっているので、アレクシスも目の前の弟を見つめるだけに止める。
辛抱強く待っていると、言うべきことがまとまったのかクリフォードの視線が上がる。
「……俺の鑑定だと、あの人…イオリ殿は、“理解者”なのだと示されていたんです」
「そういうことはもっと早く言いなさい」
そんな分かりやすい原因を抱えておきながら、なぜそれを最初に言わないのか、という言葉はかろうじて飲み込んだ。
ステータスボード。斎がもたらした概念で、鑑定により自分の現在の状態や、レベルとスキルによっては相手の情報をも見ることができる画面が現れるというものだ。
斎が由来のものとされるので、この世界では現在それが使えるのはアレクシスとクリフォード、そして伊織だけだ。もしかするとメールシャロルの異世界人にも備わっているのかもしれないが、今は置いておこう。
その伊織のステータスボードの見える範囲はまだ分からない。
アレクシスは割と詳しいことまで見抜けたりするのだが、クリフォードは「人となり」ぐらいしか見えなかったはずだ。それなのに、アレクシスには見えなかった項目があったというのか。
しかしクリフォードはこんな嘘を吐くタイプではない。彼が読み取れたということは事実であると判断し、優先して考えるべきものだということ。
「……やけにお前の目が輝いてるとは思ってはいたんだよ。お祖父様の縁者だというのが理由かと思っていたけど」
アレクシスはこめかみを揉みつつ眉を寄せる。
自分の予想をこんな時に裏切らなくてもいいのにと思うが、済んでしまったことは取り返しようもない。
裏切るというよりは、予想外の加算というのが正確なのだろうけれど。
「お祖父様の縁者だという点でも興味深い方だと思います」
「お前、本当に本人の前でそんなこと言うんじゃないよ?」
興味があること自体は悪いことではないのだが、残念ながらこの男はこの言葉を一言一句そのまま本人に伝えるタイプである。
ここで釘を刺しておかなければ、間違いなく近い未来に伊織の心象は再び悪化してしまうことだろう。
首をひねりながらも了承したから、ひとまずは安心と思っておいていいだろう。真面目で心の機微に疎い男がゆえに、兄であるアレクシスの言には意味があるものと考えて従うから。
(さて……彼女はどういう選択をしてくれるか)




