第17話 新しい役割 後編(マルス視点)
◯孤児院 中庭 1902年4月
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挨拶行脚中
中庭には洗濯婦のウルシュカ
デアリスがマルスを紹介している。
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マルスは教育棟から中庭へとやってきた。
中庭には洗濯婦達がせっせと働いている、そこには、年長のウルシュカという老婆が居た。
デアリスは、マルスと一緒にウルシュカを始めとした選択婦達に挨拶をした。
「ウルシュカ婆さん、オレ便利屋の仕事することになってさ。今日はその挨拶に来たんだ」
その声に顔を上げるウルシュカ、マルスが視界に入る
「こっちは一緒にやってくれるマルス。なんか助けられることがあったら頼ってよ」
「ああ、こりゃよろしくお願いしますねぇ。」
「マルスと言います、よろしくお願いします、レディ。」
レディと言う言葉でウルシュカは頬を染めた。
そしてでアリスに向かって口を開いた
「……デアリス、アンタ迷惑掛けるんじゃないよ?」
その姿は恥じらう乙女の表情だった、ウルシュカは青年にそう言い聞かせる。
それに対して主のデアリスは反発をした
「ウルシュカ婆さん、なんでオレが迷惑掛ける前提なんだよ」
「アンタは昔から抜けてるところがあるからねぇ、心配だよ……イタタタ…」
「婆さんまた痛めたのか?だから無理するなって…・・」
「ちょっと失礼するよ」
ウルシュカは腰を押さえてつらそうだ、それを見てマルスは軽々とウルシュカを持ち上げる。
老婆はウへぇと声にならない声を漏らす。マルスはそのまま彼女をベンチへと降ろし、腰を擦る
「突然すまない。なに、少しは楽になるはずだ」
マルスはシュピナが前に教えてくれたヘマタイトの疲労回復の事を思い出しながら、ウルシュカの腰に手を当てた
ウルシュカの腰の辺りが、じんわりと温まっているのを感じる。
「ああ、温かいねぇ」
「レディ、これからは困ったら俺や、彼を頼ってください」
「ははは、便利屋とはね、あんなに小さかったデアリスも大人になっちまったねぇ。」
「おう、ちゃんと成長してっから、頼ってくれな」
「ああ、わかったよ」
デアリスのその反応に、調子乗るんじゃないよとウルシュカは笑った
そして、腰を擦っていたマルスの腕に手を添える。
「……マルスさん、この子を頼みますね。」
「はい、おまかせください」
「デアリスも、あんまり苦労掛けるんじゃないよ?」
「わかってるって」
(皆が兄弟を頼むと言うのは、頼りないとかでは無くて。この場所とって大切な存在だから、頼む、と言っているんだな。……そういえば神父もそんな風に言っていたな)
「おーい、デアリス」
「ああ、モックさん」
声を掛けて来たのは、デアリスも昔から世話に成っている、ここで働いているモックという男だった
「この人は?」
「ああ、一緒に便利屋をはじめる……」
「マルスと言います。これからよろしく頼みます。」
「便利屋……?」
首を傾げるモックにマルスは続ける
「デアリス、そして俺や仲間達と、人手が足りない所を手伝う商いをすることになってね。きょうは、その挨拶回りをしているんですよ」
「ほお、なるほど。人手不足なぁ……なぁ、デアリスちょうど助けてもいたいことがあるんだよ」
「お、なんですか、モックさん」
モックと呼ばれた男の話を聞くと中庭と食堂の厨房が面している場所にある薪置場で薪割りを頼みたいという事だった。それを聞いてマルスはデアリスにアイコンタクトをする
(丁度よく、俺の得意分野だな、兄弟)
それに気付いてデアリスは頷く。そしてモックの仕事を受けると応えた。
「助かるよ、男手が足りないからさ、厨房からどやされるんだよ」
「厨房って事は、ベイクさんから?」
やれやれと言うポーズをして、モックはマルス達に事情を語る。モックはこの教会、しいては孤児院で薪割りや、資材の調達等を手伝っている。薪は冬の生活だけでなく、厨房のかまどに無くてはならないものだ。
その為、ベイクという厨房長にモックはいつも急かされているのだと言う。
「ここじゃあ、子ども達に教えながら薪割りやってるんだが、今、教えてるまだジョシュアもまだ及第点以下だからな、時間が掛かるんだ……」
「子ども等も、手伝うのかい?」
マルスは思わず疑問を投げかける
(重い刃物を使う作業だ、男児と言え、危なくないか?)
「ああ、ここではみんな十をすぎると教えられるんだよ。と言っても数年後にはみんな引き取られたり、ここを卒業するから、人手は中々、ね…
「そうか、事情は把握した」
「でも教えた側からみんなここを出る事になる、また教え直しだから。今日はデアリス、ジョシュアのコーチも頼むぞ」
「おう!まかせてくれよな」
デアリスは笑顔でそう応える、そしてマルスに耳打ちをした
「まぁそういう事で、ここじゃずっと男手不足が深刻なんだよ、マルス」
「なるほど、そうか……」
(そう考えるれば兄弟と付き合いが長い奴は既に大体ここを離れてるわけか……)
そんな話をしていると薪置き場へと到着する。
薪を割るために使われている丸太の前にフラつきながら薪を割ろうとしている少年が居た。
その手には大人用の鉈が握られている。それを見て デアリスが駆け出した。
「おい!モックさん達が居ない時は鉈を持たない約束だろう」
思わず大きな声が出たのだろう
「デアリス兄ちゃん!」
「ジョシュア、お前どうして約束守れなかったんだ?」
「みんな忙しそうだからさ、大きい鉈ならモックおじさんみたいにいっぱい薪が作れるとおもったんだ。僕ももう大きくなったから」
デアリスがクシャッとジョシュアの髪を撫でる、少年は少し泣きそうな顔をして、兄貴分の顔を見上げている。
「ありがとうな、おまえはやさしいな。でもさ、ジョシュアが怪我したらみんな悲しいだろう?」
「ごめん……なさい」
ジョシュア少年は、しゅんとしながら素直に謝罪した。謝れる子どもは、ちゃんとした大人になる
昔の主がそう言っていたのを、マルスは思い出す。
デアリスは、素直に謝った彼と目線を合わせたるためにしゃがんだかと思うと低い声で続けてこう言った
「あとな。……大きい鉈は、代々試験に合格したものしか持っちゃいけないんだ」
「試験?」
少年の瞳が真剣になる。しかし、考えればわかることだがここは孤児院だ、代々伝わる試験と言うのは出任せだと大人にはわかる。
「試験はお前にはまだ早い。だがな……それまでにオレがお前を鍛えてやる」
「本当?!兄ちゃん!」
「おう!オレと一緒なら大きい鉈使っていいからな。今のうちに慣れる練習だ」
そこには、ふたりの少年が居た。
(なるほど、兄弟が慕われるのは、相手と目線を合わせる事ができる、から。なんだな)
マルスが彼らを眺めていると、モックが笑いながら、鉈をマルスに手渡しに来た
「デアリスの奴、どんどんガキんちょの扱いが上手くなるなぁ」
「教育棟でも思ったがマスターは、子どもに慕われてるんだな」
「面倒見がいいからな、色々な奴を教えて自分も成長させて、腐らず育った。本当に感心するよ。何よりアイツはいっつも笑ってる、そこが意地らしくてみんなアイツを構いたくなるんだよ」
「それには、同感だ、な――!」
そう言って、マルスは鉈を振り下ろした
――ガッ、パキン。ガッ、パキンっ
マルスは小気味いい音で、的確に、一発で薪を割り続ける。
それを見て、ジョシュアが「わぁ」と声を上げている
「すごい!おじさん、あんな簡単に薪を……!兄ちゃん、この特訓を続ければ僕もあんな風に割れる様になる?!」
「お、おう。そうだなぁ……ちゃんと、続ければ、もしかしたら出来る、かも、な」
「こいつぁ、すごいな!こんないい兄ちゃん連れて来てくれてありいがとうな!これで調理場のベイクさんにも文句言われなくて済むってもんだよ。デアリス大手柄だよ」
モックが嬉しそうに、デアリスを褒める。マルスはハハハと笑いながら薪割りを続ける
「役に立てたなら、御の字だ。」
小気味良い音の連続の中、デアリスがジョシュアに手とり足取り薪割りのコツを教えているのを見て
マルスは、自分の主に可能性を感じていた。
(俺達の兄弟は、本当に磨けば輝くだろうな。それに、人を磨く才能がある)
懸命に教えるデアリスのおかげか、少年は上達していく、その様を眺めながら、薪を割り終えると
厨房に薪を運んでいたモックがありがとう、と謝礼を持ってきてくれた。
「マルスさん、今日は助かたよ。これ、謝礼。」
「ああ、ありがたく頂戴するよ」
「今度はおじさんにも、薪割り教わりたい!」
「おい、オレじゃ駄目なのか?」
「ダメじゃないけど、あの神業は僕も出来るようになりたいんだよ」
その言葉にマルスは豪快に笑い、ジョシュアの頭を撫でる
「おう、大きくなったら、教えてやるさ」
「約束だからね」
「よし、それじゃあ。今日はここまで、ジョシュア今日は頑張ったから街でなんか買ってやるよ」
「え、本当?!モックさん!」
嬉しそうに、薪置き場をモックとジョシュアが去っていく
「また頼むよ」とモックは少し離れたところから手を振ってくれた
手を振り返しながら、マルスはデアリスに声を掛ける
「兄弟、随分とお兄ちゃんだったな」
「いいだろう?オレにとってはみんな家族みたいなもんなんだから。世話くらい焼くさ」
照れくさそうに、鼻の下をこする主。マルスはその背中をポンと叩く。
「兄弟、今日は肩が凝ったろう。ほぐしてやるぞ」
「え、いいよ。オレよりマルスの方が……うっ。」
マルスは優しく、しかし的確にデアリスの肩のコリのポイントを捕らえる。
(若い肉体とは言え重労働の後は凝っているな)
「どうだい、兄弟気持ちいいか?」
「凄い、上手だな、マルス。それになんか……あったかい」
恐らく、ヘマタイトの持つ磁力だろうか、血行が良くなっているのがマルスにも伝わる。
筋肉が柔らかくなり、デアリスの肌からうっすらと汗が浮かんだ。
「兄弟、この感じなら、便利屋、どうにかなりそうだな」
「ああ、マジで助かったよ。挨拶回りからすぐの仕事だったけど、シュピナもリーチアも、上手く出来る気がする。」
そう言いながら肩をほぐすマルスの手に、デアリスが右手を置く。
「ありがとうな」
「……こちらこそ」
「ああ! 居た居た。デアリス!」
不意に、主を呼ぶ声が聞こえる
「え?その声はベイクさん?」
マッサージの夢見心地から覚めたように、声の方へ振り向いたデアリスの視線の先には
汚れた生成りのエプロンをして、頭に布を巻いた壮年の男性が紙袋を持って立っていた。
デアリスの発言から、先程モックとの話に出た厨房長のベイク、その人だろう。
「モックから聞いたよ。薪割りありがとう、マルスさん。助かったよ。ウチも困ったらお願いしようと思う」
「是非、頼みます。何かあれば、デアリスと一緒に呼んでください、力になりますよ」
礼を言われ、マルスもそれを返す。そしてベイクはデアリスに付け足したように礼を言った。
「それとデアリスも、たすかった、たすかった」
「ついでみたいに言うなよな」
拗ねるデアリスにベイクから紙袋が、雑に手渡された
「ん、これやるよ」
「これなに?ベイクさん」
「何か、いい匂いがするな。食い物かい?兄弟」
「いいから、ほら、開けて見な」
そう言われてデアリスが袋を開けると、香ばしいパイ生地の香りが広がり、デアリスの目が輝く
そこにはきつね色をした、包パイがふたつ入っていた。
「うわぁ、これ、貰ってもいいのか?!」
「お前、それ好きだろ?中身は昨日のシチューの残りだ……シスターたちには内緒だぞ」
「まじ、ありがとうベイクさん!」
「そっちの兄ちゃんの分もあるからよ。……ほら、誰か来る前にさっさと食っちまいな」
悪い顔をしながら厨房長は芝居がかった大袈裟だが息の掛かった小声で食べる様に促してくれた
デアリスも何か違法な取引をする売人の様な顔でシチューのパイ包をマルスに渡す。
「食おうぜ、兄弟、誰も来ないうちに、な」
(……フッ、子どものごっこ遊びみたいだな)
等と、一瞬考えている間に、一瞬素に戻ったデアリスが耳打ちをしてくる
「マルス、食わないのか……あ、もしかして宝石少年はパイが食えないとか……」
「ハハっ、食うさ。……だが、上物なんだろうな、ベイクおやっさん」
「ああ、あたぼうよ。ベイク様特性の最上級品だぜ」
マルスもそのごっこ遊びに乗ることにした。ニヤっと笑うデアリスがパイを頬張る
それに続きマルスも包パイを口にした。
何層にも折り重なったパイのサクサクとした食感に、ブラウンシチューの旨味。
そしてにんじんとトマトの甘みと鶏肉の野性味が口の中に広がった。
「「うまい!!」
「だろう……?」
そう言って目を合わせ3人でドッと笑い合いあう。こういう人間の説明が難しい共鳴が、マルスは好きだった。
その余韻を感じながら、パイを食べ進めていると、物音が聞こえた」。
マルスが振り返ると、そこに小さな人影……。
「あ、あんちゃん達、何してるの?」
「!」
そこに居たのはデアリスをあんちゃんと慕うオレアだった。
オレアは、ふたりの手にある、ブツを見て指を差し声を上げる。
「あ!ずるい!ごはんの時間以外でなんか食べてる!」
「オレア、しー。ほら、半分やるから」
そう言って、デアリスが半ばむりやり自分のパイを半分にしてオレアの口にパイを押し込んだ
あまり関心しないが、華麗な早業に、マルスは関心した。
「むうぐ……や、やめろお……」
一瞬だけ暴れたが、口の中にパイが収まるともぐもぐと咀嚼をはじめ、オレア性根は大人しくなった。
「おいひい……。」
「そうだろうそうだろう、俺が作った上物だからな」
「クックックッ、これでオレアも共犯だぜ」
「え、なに、じょうもの?きょうはんって……なに?」
怯えるオレアをマルスは穏やかな声で諭す
「ハハハ、大丈夫だぞ、ただの冗談だ」
「本当……?」
「ああ、オレア、オレが悪かった。でも、お前も一緒に食べたんだから、シスター達には内緒だぞ?」
「う、うん。ベイクさん、これ美味しかった、……また食べたいな」
「気に入ったんなら、今度昼飯で出してやるよ」
デアリスとオレアが歓喜の声を上げる。
「そんじゃあ、厨房にもどるわ。またな坊主たち」
「ご馳走様、ベイクさん。とても美味かった」
マルスは軽くベイクに手を振った。
「よし、そんじゃあ、オレア部屋まで送るぞ、夕食までに色々片付けとかやらなきゃだろう?」
「あ、そうだった。」
「ほら、行くぞ」
まるで駆けっこの様に走るふたりを、マルスは眺めた。
(若者は未来の宝だなぁ……健やかに過ごしてく欲しいものだ)
「さて、俺達も、兄弟を磨ける様に、気合をいれないとな」
マルスは、デアリスの向かう方向へと、見守るような距離感で歩き出した。
『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』
原案:神田明子
作:西瓜すいか・差異等たかひ子
企画・制作:Hisshigumi Project
※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。
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