第10話 生きた鎧とレディ
◯教会裏 倉庫から炊事場への道 夕方(1902年 4月)
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
デアリスとマルスが
重そうな袋をかついでいる。
小麦を炊事場まで運ぶところだ。
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
シスター・ベルの洗濯もの拾いを手伝ったあと、デアリスは普段自分がしている仕事を、マルスと一緒に行った。
水くみに、石炭運び。掃除に、子どもたちの喧嘩の仲裁。
子どもたちは、はじめこそ「この人誰?」と不思議そうだったが、デアリスの知り合いであるとわかるとすぐに順応した。
大人たちに対しても街で知り合った人だ、で通し、特に問題は起きていない。
神父様たちが使う馬にエサをやり、つぎは食材運びだ。
気付けばもう、夕方になっていた。
「なぁ、マルス」
デアリスは小麦の袋を運びながら言った。
「マルスって、どんな暮らしをしていたの?」
「俺か? 俺はまあ、戦ってたよ。長いこと」
マルスはデアリスの二倍くらいの小麦を肩にかつぎながら言った。
「戦っていた?」
「ああ。兄弟は、生きた鎧って知ってるかい?」
「リビングメイル?」
「ああ。古い城を舞台にしたおとぎ話にに出てくるやつだ。鎧が勝手に動くっていう」
デアリスはむかーーしに聞いた話を思い返してみた。
鎧が動いたかどうかは覚えていないが、ゴーレムとか、城の幽霊の話は聞いたことがある。
「お城には幽霊がいて、いたずらする、みたいなやつ?」
「そうそう。幽霊とか怨霊が空っぽの鎧に乗り移って、飾られている鎧がひとりでに動き出す。それが生きた鎧だ。俺は、その、生きた鎧ってやつだったんだ」
「え?動くの? 鎧が?」
「おう」
「マルスが動かすの?どうやって?」
「兄弟、考えてみろよ。俺が今、この姿で動いてるんだ。鎧くらい動くだろ」
考えて見ろ、と言われたが、なんだか理屈が分からないような気もした。
けれど、そう言われればそうなのかもしれない。
デアリスは難しいことを考えるのが嫌いだ。
とりあえず、そういうもん、なのかもしれない。よくわかんないけど。そう思いながら会話を続ける。
「じゃあさ、つまり、鎧に少年挿入してた、ってこと?」
「まあ、少年挿入ってのが何なのか、俺も正直よく分からないでいるんだが」
「よく分かってないのかよ」
デアリスは思わず突っ込んだ。わからないであんな現象を起こせる宝石少年は一体何者なのか謎が深まった。
「まあ、魂を持つ石である俺たちが身体を得て動く、という意味でいえば、同じ様なモノなんだろう」
マルスは少し考えるような素振りを見せる。当時を思い出しているようだ。
「とにかく俺は、気がついたら鎧の中にいた。もう――何年も前の話だがな」
「どんな、鎧だったの?」
「興味あるのかい、兄弟」
小麦の袋をキッチン裏にどさり、と置きながら、ふたりはやりとりを続ける。
「興味あるよ。マルスのこと、もっと知りたい」
そうだナァ……と、マルスが語りはじめたのは、デアリスがうまれるずっと前、古い時代の物語だった。
◇ ◇ ◇
硬い金属で出来た鎧。胸の中央には、一つの石がはめ込まれていた。
心臓の位置にはめ込まれたその石は、そこを狙えと言っているようでもあって、どこか挑発的ですらあった。
何かの願いをかけて、持ち主がその位置に石を配置したのだろう。
そして、その鎧には文様が刻まれていた。鎧を作った部族に伝わる、祈りの文様だった。
命を守ると言い伝えられている模様。
その文様のせいなのかは分からない。
けれど、鎧にはめ込まれた石――マルスは、次第に意志を持つようになった。
――生きろ。
――この鼓動を守り抜け。
戦場に立つ男たちの祈りが、少しずつ石の中へ染み込んでいくかのようだった。
戦場での暮らしは、男ばかりだ。柔らかいものなど一つもない。
男たちは互いを「兄弟」と呼び合い、擬似的な家族のように暮らしていた。
「この鎧を着れば死なない」
いつしか、そのように言われるようになった。
鎧には徐々に、特別な価値がついていった。
初めは、ある部族の長が持っていた。
その部族は滅ぼされ、そのあとは、その戦で名を挙げた隊長の持ち物になった。隊長が退役してからは、その部下へ。
マルスが埋め込まれた鎧は、「不敗の鎧」として男たちの間で受け継がれてきた。
だが、男たちが剣を振るい、互いの身体を直接ぶつけ合うような戦争は、だんだんと減っていった。
火器が使われるようになり、車そのものを装甲で覆い突撃する戦。塹壕を掘り、身軽な服装で行う作戦行動。
そうしたものが増えるにつれて、豪奢な鎧の出番はなくなっていった。
マルスは「不敗の鎧」の言い伝えとともに、それでも時折、戦場に出ることがあった。最後にマルスと共に戦に出たのは、地方の小領主だった。
この小領主は、騎士だった。淑女を守ることを、誇りとしていた。彼にとっての淑女とは、娘だった。
母親は亡くなり、娘ひとりが残されている。早く帰ってやらなければ、といつも言っていた。
騎士はもうその頃は、華々しい職業ではなくなっていた。古臭い遺産、そう思う人のほうが多かった。騎士を揶揄するような大衆小説も流行るくらいだった。しかし、彼は騎士道を重んじる人物だった。
「弱きものを守る。それが戦うということだ」
主人はよく言っていた。
彼は古くからの恩義にもとり戦に出て、心臓を狙われた。鎧からマルスの石が外れた。
そして、その時に使われた火器の衝撃で、主人は亡くなった。
主人は、昔ながらの騎士だった。
「わたしの可愛い、小さな淑女………」
老いてからできた娘を、最期まで心配していた。
◇ ◇ ◇
「その時だったな。俺の身体が、この姿になったのは」
「その時?」
「ああ」
◇ ◇ ◇
鎧に刻まれた文様と呼応するかのように、マルスは初めて人の姿を取った。
初めは何が起きたのか分からなかった。
けれど、やがて分かった。
自分は鎧と同化し、人の形を取っているのだ。
動く鎧。中身は空洞だった。
――娘を助けてくれ。
主人の最後の祈り。
マルスはその願いに従った。
なんとか国境を越え、主人の故郷へたどり着いた。
そこには、落ちぶれた小さな城があった。
娘と、昔からその土地に仕えていた老人が、慎ましく暮らしていた。
帰ってきた鎧を見て、父が帰ってきたのだと思った娘は、大層喜んだ。
そして、兜の面を上げた瞬間に悲鳴を上げた。
当たり前だ。中身は空っぽなのだから。
マルスは恐怖を与えまいと、慌てて人の姿を取りたい、と願った。
◇ ◇ ◇
「そうしたらさ、なれたんだよなぁ、この姿に」
「自分で《変身》したってこと?!」
「仕組みは俺にもわからんが。ただ、なんだろうな、死んじまった主人と、レディの祈りと、俺の想いと。それが重なった奇跡、なのかもしれんな」
奇跡。たしかに、そうなのかもしれなかった。
「人の姿になって、俺はレディと初めて落ち着いて話ができた。父の鎧を着ているあなたは何者ですか、って聞かれてなあ。それで、彼女のお父さんの部下だって名乗ったんだ」
「部下だったの?」
「いや。とっさに思いついただけだ」
マルスは笑った。
「この姿だって、今思えば、あのお方に似せてやればよかったのにな。そこまで気が回らなかった」
とりあえずニンゲンの姿にならなければ。
そう思って、これまで戦場で死んでいった数多の「兄弟」たちの顔を思い出しながら作り出したのが、
この顔なのだ、とマルスは言った。
「じゃあ、その顔、いろんな人が混ざってるんだ」
「まぁ、そういうことだな」
人の顔を見せてからは、娘もマルスを信用するようになった。
代々その家に仕えていた老人も同様だった。
老人はもともと使用人などではなくこの領地の農民らしく、あまり賢い方ではなかった。
寡黙で、身の回りのことは一通りできたけれども、あまり頭の回る男ではない。
「俺の言うことを素直に受け入れてさ。『やっと頼りになる人ができた』って言ったんだ」
マルスは、そうして彼女を支え続けた。
「その後、どうなったの?」
「兄弟」
マルスは少しだけ笑った。
「彼女は人間で、俺は石だ」
「……うん」
「彼女は成長した。大人になって、老いていった。それだけさ」
これ以上聞いてはいけない気がして、デアリスは黙った。
「まあ、ともあれ。それが俺の大体の人生ってやつだ」
「その後は?」
「その後は、長い間、眠ってたな」
マルスはあっさりと言った。
「家も途絶えてしまった、よく覚えてないが、多分、俺は鎧のそばで眠りについた。
そのあとはどうだったか――たしか、盗人が入ったんだっけか。
とにかく俺は彼女を見届け、もう終わってもいいと思ってたな」
「それで?」
デアリスが、続きを促す。
「そしたら、なんかよく分からん奴に起こされて、こうしてお前さんと一緒にいるってわけだ」
マルスの言葉に、デアリスは少し落ち込んだ様な表情を浮かべる。
「……なんか、ごめん」
「何がだい兄弟?」
「守るのが、綺麗な女の人じゃなくて」
「ははは!」
マルスは豪快に笑い、デアリスの肩に腕を回した。
「俺はずっと男たちの中にいたんだ。レディを守るより、気楽でいいさ」
デアリスは、改めてマルスの顔を見た。
その姿は二十代後半くらいに見える。
沢山の戦いの歴史を背負った存在だなんて、とてもではないが思えない。
けれど、真っ黒に光る瞳は、とても深かった。
この瞳で、どれほどの生き死にを見届けてきたのだろうか。
それを思うと、デアリスは少し悲しくなった。
「俺、さ」
デアリスは呟くように言った。
「結構、不幸な生まれなのかな、とか思ったことあるんだ。でも、マルスが経験したことに比べれば、全然だな」
親もわからない。豊かではないし、毎日仕事ばかりだ。
でも、周りがどんどん死んでいったりするわけではない。
マルスが語った《戦場》というものがいつの時代のどんな国の話なのか、学のないデアリスにはわからなかったが、自分の日常とは全然違うのだということだけはわかった。
「おう、時代が違うと言うのはきっとそういう事だ、兄弟」
マルスは辺りを見回した。
「ここには、たくさんの子供たちもいれば、たくさんのレディもいる。皆、まあ、そりゃそんなに豊かじゃないだろうが、笑って暮らしてる」
そして、にっと笑った。
「いいところだ。人の温もりと血が通っている」
「うん、そうだね」
デアリスも笑った。
炊事場のほうが騒がしくなってきた。そろそろ夕食の支度を始めるのだろう。
マルスは、自分が食堂に行くと目立つから、と、デアリスの自室で待機することになった。
『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』
原案:神田明子
作:西瓜すいか・差異等たかひ子
企画・制作:Hisshigumi Project
※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。
____________________
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
『ディスポーザブル・キャスト』を面白いと思っていただけたら、ぜひ応援していただけると嬉しいです。
ページ下部の【★評価】や【ブックマーク】をしていただけると、今後の連載の大きな励みになります!
ご感想も大歓迎です。
「このキャラクターが気になる!」など、一言でもぜひ聞かせてください。
毎日更新していきますので、これからも『ディスポーザブル・キャスト』をよろしくお願いいたします。




