第34話 拡散―αと収束―Ω
◯ヴァルミタール家 二階 アレクシスの自室 (1902年 4月)
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アレクシスは自室で、前回の仕事の依頼主、
アリオ・ペペローニ氏から届いた手紙を眺めている。
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パーティから数日。依頼主から手紙が届いた。
《閣下》が大変満足されていたこと、酔って世話を駆けて申し訳なかったとおっしゃっていたことなどが書かれていた。そして、予定通り中金貨一枚が振り込まれていた――。
帰りの馬車で、アレクシスはサフィルにあの夜何があったのかを聞かなかった。
ジョーヌがいたせいもあるし、話してくれそうにない雰囲気も感じていた。
実際、サフィルは帰ったあとすぐに、疲れた、と言って早々に取り外しを求め、宝石の姿になって眠ってしまったのだ。
(けれど、あの夜のサフィルは、普通じゃなかった)
彼にまとわりつく青い炎。あれはなんなのだろうか。
アレクシスは事情を知っていそうなふたり――ディアマンテとアメティスに、話を聞いてみることにした。
若旦那様の呼びかけに応じて、アメティスとディアマンテはアレクシスの部屋に、人の姿となって現れた。
アレクシスがパーティーの夜に見た、サフィルの様子について告げると、アメティスが口を開いた。
「彼はおそらく、特別に生命力が強い魂を持っているのです。」
アメティスが言うには、生命力が強い個体というのはどの種にも一定の確率で生まれるのだそうだ。宝石少年も魂を持つ存在である以上、例外ではないという。
これは、アレクシスにも理解できた。人間でも明らかに「強い」人物というのは居るし、動物でも群れのリーダーになるのはとりわけ強い個体だと聞く。
話を聞いていくと、生命力の強い個体には、2のタイプがある、という説があるらしい。
生命を拡散させる性質を持つ者と、生命を収束させる性質を持つ者が居る――。
「そのような本を読んだことがあるのです。確か前者を便宜的に生命拡散性、後者を生命収束性と名付けていました」
聖書の一節、神は生命のはじまり であり、生命の終わりでもある、という文言から名付けたものだろう。
サフィルはどちらなのだろう、というアレクシスの疑問を察するように、アメティスが続ける。
「サフィルはおそらく、生命収束性の性質を持って居るのだと思います」
かたわらでディアマンテが頷く。
「わたくしもそう思います。彼は、満月の夜に強い飢えを訴えることが度々ありました」
「飢え?」
宝石少年は通常、食事を必要としない、と聞いていたが、とアレクシスが問いかけると、アメティスが応える。
「おそらく、先日のスマグラーダと同じです。星幽心核そのものを欲しているのだと思います」
生命収束性、というのは、大量に生命力を消費する、ということなのだろうか?そもそも、生命拡散性と生命収束性の違いが今ひとつわからない。首をかしげていると、アレクシスが学者らしく、メモを書きながら解説してくれる。
生命拡散性は、生命力にあふれ、生命力をばらまく存在。
生命収束性は、生命力を大量に集めようとする存在。生命力を集めることで、あたらしい命を成す存在。
「ばらまく側と、命を成す側。まるで、人間で言う男性と女性のようだな」
「まさに、そのとおり、この性質を《第二の性》として扱っている論文もありました」
アメティスは目を輝かせている。本の話をしていると、本当に楽しそうだ。
この性質については東洋で研究が盛んだったそうで、そちらの文献では、生命拡散性を持つ者と、生命収束性を持つ者との間では異種族間でも子を成すことがある、とされているらしい。
「例えば、人として生を受け、生命拡散性の性質を持って居るものと、魚として生を受け、生命収束性の性質持つ者、この2人が交わると、人魚が生まれる。狼と人なら狼人間が、森の木々と人なら森の精霊が。世界に残る数々の伝承は、そのような異種族の交わりにより生まれた子たちではないか、という説がその文献の中で語らられています」
わたくしも聞いたことがあります、とディアマンテが続ける。
「聞いた話は、異種族ではなく、同性間のこと、でしたが」
「同性間?」
「ええ。雪に閉ざされた小さな村で、不幸なことに病が流行り、女性が全員亡くなってしまった。残った男たちは村が絶えると絶望していたが、そのとき奇跡的に、村の長と、その友人との間に赤子が生まれた、という伝承です。」
そんな馬鹿な、と思ったアレクシスの様子を察して、ディアマンテが、まぁ、はるか昔の伝承、おとぎ話です。と付け加た。
「いずれにしても。通常であれば交わらない生命が交わるという伝承が各地にあることと、そのような事象にこの2つの性質が関わっているという説があることは事実です」
アメティスが論をまとめた。それを受けて、アレクシスは自身の問いへの答えを形作る。
「つまりサフィルは、満月の夜に《大量の生命力を集めたくなる》性質がある、ということか」
「そうでしょうね。生命収束性を持つものは、定期的にそのような時期が訪れるようです。女性の生理現象と似ていますね」
アメティスが学術用語らしく、感情を交えずに説明するので、アレクシスも赤面せずに話すことができた。
「生理現象か……。ということはやはり、先日のアレは、サフィルが被害をこうむったわけではなく――」
「どちらかというと御客様のほうが、サフィルに生命力を吸い取られた――といったほうが適切かと」
ディアマンテが、結論を引き取った。
ふう、とアレクシスは息を吐いた。
「……大丈夫なのかな、《閣下》はかなりお年を召していたけど……」
ディアマンテは大丈夫でしょう、と微笑んだ。
「サフィルが吸いとっているのは、命というよりも《精》だと思いますよ」
精を吸い取る、まるで淫魔のようなたとえだ。でも実際にそうなのかもしれない。彼の蠱惑的な佇まいは、彼の生命収束性という性質によるところも大きいのかもしれない。
「そうですね、生命収束性が危険視されるのは、むしろ生命拡散性と出会った場合です。」
「生命拡散性と?」
生命力が強い者同士なら、危険などなさそうだが――。首をかしげていると、アメティスが、「生命収束性は生命拡散性を目覚めさせてしまうらしいのです」とつぶやいた。
目覚めさせる、とはなんなのだろう?
――すると、頭の中に声が聞こえた
『――ぼくの主人、噂話かい?』
サフィルの声だった。
『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』
原案:神田明子
作:西瓜すいか・差異等たかひ子
企画・制作:Hisshigumi Project
※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。
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