第33話 満月の記憶
◯ディターニアの都 高台の古城 パーティ会場 (1902年 4月)
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
宴会場の端には、休息のための長椅子がある。
酔いがまわったアレクシスは、
長椅子に横になっている。
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
宴会場の端に備えられた長椅子の上で、アレクシスは夢を見ていた。
✕ ✕ ✕
金髪の青年と、サフィルが居る。サフィルは安心しきった笑みを浮かべて青年を見つめている。
二人の声は聞こえない。
けれど、心から信頼しあっているのが分かる。
(なんだ?これ……)
青年は心なしかアレクシスに似ている。
青年がサフィルの手を取り歩き出す。夜の海。大きな満月が空に浮かんでいる。
波打ち際で遊ぶふたり。
水面に映る月が、駆け回るふたりの足元で砕ける。
サフィルが青年にじゃれつき、揃って水のなかに倒れ込む。
サフィルが意を決したように何かを告げる。祈るように、必死に。
沈黙。青年はゆっくりと首を横に振る。
サフィルは何度も青年に訴えかける。
青年は、うつむいたままだ。
サフィルは泣きそうな顔で青年にすがりつく。
青年はサフィルを見つめ返す。
泣きじゃくり暴れるサフィルを青年は抱きしめ、うなじに強く、口づけをする。
瞬間、サフィルの身体がまるで少年挿入する時のように眩しく光り輝いた。
水面がキラキラと光る。青年は、サフィルを抱いたまま、光に飲み込まれるようにしてそこに立ちつづけた。
じきに、強い光が一点に収束してゆく。光は、サフィルの瞳からこぼれた涙の粒となって、海に落ちた。
落ちた粒は、光を放ちながらも、暗い波に飲まれて消えていった……。
サフィルは、仄かな光を纏いながら立ち尽くしている。青年はサフィルをその場に残し、立ち去った。
サフィルは、空を見上げる。
大きな満月を背にした彼の周りに、青い炎のような光がゆらめく。まるで、獲物を捉える触手のように。またたく間に、その炎があたり一面に拡がり、視界が真っ青に染まる。伝わるのは、猛烈な寂しさ――。
✕ ✕ ✕
「サフィル?!」
アレクシスは身を起こした。パーティはとっくに終わり、辺りは静まり返っている。ジョーヌは隣で安らかな寝息を立てている。
(眠ってしまった。くそ、僕はふたりのドミヌスなのに。)
あたりを見回すがサフィルの姿はない。
不安に駆られて、月明かりを頼りに屋敷をさまよう。ホールには誰も居ない。玄関にも。ホールの奥には小部屋があるようだが、窓からの光が届かず、探すのは難しそうだ。仕方なく明るい方、窓のある方を目指して歩く。
ホールから少し離れた半円窓には、サフィルのリボンタイが落ちていた。
心臓がどきん、と跳ねる。ここに、彼は居たのだ。他に痕跡がないか、目をこらす。すると、バルコニーに向かう廊下に、金のボタンが落ちているのがわかった。彼のベストについていたボタンだ。アレクシスはバルコニーを目指して足早に歩いた。
バルコニーに出ると大きな月が空の真上に昇っていた。
雲一つない空。するとバルコニーの端に、ぼんやりと立ち尽くす人影が見えた。
サフィルだった。
月を見上げて、アレクシスの存在には気づいていない様子だ。
普段の彼とは違う、憂いを帯びた表情。ちょうど夢で見た彼のようだった。夢と同じように、うっすらと、彼の周りに青い炎のようなもやが、現れては消える。薄い光をまとった彼は、人というより、精霊のように見えた。
「……サフィル…?」
おそるおそる、名を呼んでみる。するとわずかに視線が動く。目は焦点が合わぬままだ。体の角度がわずかに変わったことで胸元が月明かりに照らされる。シルクのブラウスは引き裂かれ、素肌が見えている。そしてうなじには血の滲む傷跡。
「――サフィル!!」
迷っている暇は無かった。すぐに駆け寄り、手を握る。冷たい手だ。近くで見るとうなじだけでなく、身体のあちこちに傷がある。
「サフィル、何があった。すまない、ひとりにして」
自分で自分を殴りたい気分だった。アレクシスがほろ酔い気分で眠りこけている間に彼が《何か》をされたのは明白だ。
謝っても謝りきれない。自分への怒りで涙があふれてきそうになるのを必死でこらえた。目を固くつむり、上を向く。それを見ると、サフィルの瞳に光が戻ってきた。
「泣いているの、ぼくのヴァルミタール」
心底心配そうに、アレクシスの頬に触れる。破れたブラウスの袖がヒラヒラと舞う。気がつくと青い炎は消えていた。
「本当にすまない。」アレクシスが目を伏せると、サフィルは微笑んだ。
「何を謝ることがあるんだい?」
「だって、ひどいことを。痛かっただろうに」
ああ、これ?と、サフィルは何事もなかったように傷を指さす。
「どうってことはないよ」
「いや、あるだろう。やはりあの老人は、君を手籠めに――」
いいかけた唇を、サフィルの細い指が封じる。
「ぼくは仕事をしただけだよ、ぼくの主人。言っただろう、これは太古からある仕事、人に夢を見せる仕事だと」
いたずらっぽく微笑む様子は、もう普段通りのサフィルだった。
「僕をみてよ、ご主人様」
月を背にして、彼は踊るように歩く。光っているのは月か、彼自身か。
「ぼくは、傷ついているように見える?」
傷は、ついている。赤い血がにじんでいるのだから。けれど彼の輝きは増したようにも見える。
「ふふっ。心配しなければならないのは僕ではなくて、あの老人のほうかもしれないよ?」
いたずらっぽく、少年は笑う。
「この僕の輝きが増したのは、彼の《欲望》を、僕が喰らったせいなのだから」
「そういえば、彼はどこに?」
サフィルがくいっと顎で指した先を見ると、老人が倒れていた。着衣は乱れ、口を大きく開けて横たわっている。
「ま、まさか、死……?! 」
「死んでないって。めくるめく夢に、酔いつぶれたってところさ。」
アレクシスが近づいて見ると、確かに老人の表情は満足げだった。着衣の乱れがなければ、お腹いっぱいで眠ってしまったジョーヌの表情と区別はつかない。
「さて、僕の主人、もう夜も遅い。今日のところはこちらに泊まらせていただこう」
「ま、まず、君のその服をなんとかしないと」
服?ああ、と、サフィルは思い出したかのように言うと、一瞬で洋服を再生してみせた。これも星幽心核で出来ているからね。とこともなげに言う。傷も消えているようだ。本当に人知を超えた《機械》だ、とアレクシスは内心舌を巻いた。
サフィルが、依頼主を呼んでくれ、あとは僕がうまくやるから、と言うので、アレクシスは仕方なく、依頼主を探しに出た。
しばし後、使用人棟でパーティ後の収支計算をしていた依頼主を見つけ、《閣下》が倒れている現場につれてくる。するとサフィルが言った。
「申し訳ございません、僕が、散歩をしながらお酒をもっと一緒に飲みましょう、とお誘いしたのです。そうしたら、閣下がふらふらと歩きだされたのです。」
超、純粋な少年、といった口調でサフィルは話す。
「少しご気分が悪そうでしたので、お召し物を緩めて、長椅子にお連れしようと思ったのですが、力及ばず……途中の床で眠ってしまわれて。大変申し訳ございません」
アレクシスがサフィルのほうをちらりと見ると、器用に、シルクのブラウスにワインのシミをつけている。アレクシスが依頼主を呼びにいっている間に、作り話と整合性がとれるように細工をしたのだろう。
依頼主は、大丈夫ですよ、とサフィルに声をかけ、数名の使用人を呼び出すと、数名がかりで《閣下》を寝室へと運ばせた。
そして、夜が明けるまで使ってくださいと、大きなベッドのある客間を用意してくれた。
アレクシスは眠ったままのジョーヌを客間に運び込み、まだ抜けきらぬ酔いをを感じながら、サフィル、ジョーヌとともに眠りについた。
『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』
原案:神田明子
作:西瓜すいか・差異等たかひ子
企画・制作:Hisshigumi Project
※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。
____________________
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
『ディスポーザブル・キャスト』を面白いと思っていただけたら、ぜひ応援していただけると嬉しいです。
ページ下部の【★評価】や【ブックマーク】をしていただけると、今後の連載の大きな励みになります!
ご感想も大歓迎です。
「このキャラクターが気になる!」など、一言でもぜひ聞かせてください。
毎日更新していきますので、これからも『ディスポーザブル・キャスト』をよろしくお願いいたします。




