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第32話 娼婦の首飾り


◯ディターニアの都 高台の古城 パーティ会場 (1902年 4月)


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アレクシスとジョーヌが眠ってしまい、

サフィルが《閣下》の相手をしている。

卓に出された食事も少なくなり、

《閣下》も、酔いが回っている。

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 サフィルは老人の話を静かに聴いていた。


 過去への憧憬を語る老人。それは昔、サフィルが高級娼婦の首飾りであったころにも頻繁に目にしたものだった。

 努力、競争、戦場、そして若さ。若さの中には体力、知力、それにいくつかの欲の話が混ざる。これもお決まりの話題だった。

 サフィルは、窓の外を見る。満月が空高く輝いている。


(今日は、満ちる日(・・・・)、だな――)


 サフィルは話を聴きながら、ぼんやりと考えた。

 満月の夜は、星幽心核(メルト・クオーレ)が騒ぐ。他の宝石少年(ジェムズ)はそのようなことはないようだが、サフィルは自分の生理現象(リズム)を自覚していた。

 満月の光を浴びると、星幽心核(メルト・クオーレ)がもっと、もっと、と騒ぎ出す。


 もっと生命力を集めたい。

 もっと、人と触れたい。


 そんな欲求が高まるのだ。


(以前の女主人(ドミナ) の影響、なのかな――)


 高級娼婦の持ち物であった経験から、人間の女性が月ごとの生理現象(リズム)を持っていることは知っていた。身体も、心もその影響を受ける。

 サフィルが《満ちる日》となると、不思議と客が増えた。そして客が増えるごとに、サフィルの輝きは増していった。


(この御方も、若かりし頃は、さぞ浮名を流されたことだろう)


 サフィルは老人の体躯を見る。老いに伴って痩せてはいるが、引き締まった肉体。顔も均整がとれていて、やや上がり気味な眉はりりしい印象だ。サフィルはあえて、酔ったふりをして老人にもたれかかる。


「どうなされた、海の蒼(アジュール)よ」

「すみません、閣下。少し酔ってしまったようです。風にあたってもよろしいでしょうか?」


 誘い、だった。


 月光差し込む窓のそばの長椅子にもたれかかる。窓は半円状に突き出しており、ちょっとした小部屋のようになっていた。細いリボンタイをするりと外すと首筋があらわになる。老人がごくり、と喉を鳴らす音が聞こえる。

 今晩依頼された夢は《過去の栄華の再現》――。若かりしころに感じた、強い欲求を満たすこと――。食べること、寝ることに継ぐ、人前では言いにくい欲求が存在することを、サフィルは見抜いていた。


「閣下……」


 細く白い指が、老人の髭を撫でる。


 気がつくと、サフィルは闇の中に居た。老人が小部屋のカーテンが閉めたのだろう。こういった古城の半円窓は、秘密の話をするために広間と窓際を仕切るカーテンが備え付けられている。小さな空間に、少年と老人はふたりきりだった。

 耳元で息が聞こえる。聞き慣れた、生き物の本能の音。


「くすぐったいです。閣下」


 無垢な少年を演じる。夢を演じる手練手管はずっと間近で見てきた。

 はあはあと荒い息。


「閣下。」


 細い指を頬に添える。老人の目の焦点が合う。紺碧の瞳に吸い寄せられるように。


(――あぁ、満ちてくる。)


 サフィルは無生物たる自分に向けられた熱を味わう。命の力、星幽心核(メルト・クオーレ)が注ぎ込まれる感覚。高級娼婦の首飾りであったころから、人の欲望というものに触れると心が満ちる気がしていた。


 ――人の精を吸い、輝きを増す宝石少年。それがサフィルだった。


 背徳?不道徳?禁忌?人間は口では綺麗事を言いながら、影では正反対の行動をとるということを彼はよく知っていた。


「生きている……」


 老人は、サフィルの肩、腕、胸元。存在を確かめるように触れながら、うわ言のようにつぶやく。


「ええ、生きていますとも。閣下」


 サフィルは応える。老人はサフィルの小さな身体を、痛いほど掻き抱く。老人の心は、戦争に出て居た頃に戻っているのだ、とわかった。死んでしまった若き部下のことでも、思い出しているのだろう。


(この老人にとっては、食べることは、生への執着だったのだな……)


 武勇伝のように語っていたが、喪失も大きかったはずだ。食べること、生きている若い命と触れ合うことは、彼にとって傷を癒す行為でもあるのだと、サフィルは理解した。

 わざわざコンパニオンとして少年を指定したのも、そのためだろう。


 老人は少年の肌に触れ、耳をつけ、心音を確かめる。五感で命を確かめるように。それははたから見れば性的な欲望のようにも見えたが、生命そのものへの渇望であり、祈りのようでもあった。


(性は生だと、昔の女主人(ドミナ)も言っていたっけ――)


 どちらの欲望であったとしても、サフィルにとってはどうでも良いことだった。綺麗か汚いかは、解釈ひとつで変わる。ここにあるのは生への欲望。それだけだ。

 サフィルはその熱をその身に受け止めた。冷たい石にすぎない自分の身体も、熱を帯びた気がした。


 かすかにあいたカーテンの隙間から、月光が差し込む。サフィルの身体が薄く照らされる。


「痛っ……!」


 不意に思考が途切れる。うなじを強く噛まれたのだ。カッと身体が熱くなる。


「そこ、はッ……!」


 欲望に溺れた老人には、サフィルの拒否の声は届かない。老人は欲望の赴くまま、もう一度サフィルのうなじを噛んだ。


「――ッ!!」


 思い出さないようにしていた記憶が、蘇る。遠い記憶。たった一度きりの、恋の記憶。


(――ダメだ、飛ぶ…っ!)


 サフィルの意識は、真っ白な光のなかに溶けていった。



『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』

原案:神田明子

作:西瓜すいか・差異等たかひ子

企画・制作:Hisshigumi Project


※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。



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