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第31話 美食閣下


◯ディターニアの都 高台の古城 パーティ会場 (1902年 4月)


 案内された会場につくと、そこは美食の楽園だった。長い白布のかかったテーブルの上に、香草をまぶして焼かれた若鶏、湯気を立てる牛肉の煮込み。

 その横に並ぶのはつややかな野菜、焼きたての白いパン。

 銀の器には遠い海から運ばれた牡蠣、小皿には黒い魚卵。見たこともない異国の菓子や、砂糖をまぶした果物まで揃えられていた。 燭台の炎が磨かれた銀食器に揺れ、バターや香辛料、焼けた肉の香りが温かな空気に溶けていく。

 アレクシスは思わず息を飲んだ。まるで、昔の栄華がそのまま閉じ込められているようだった。


 そしてテーブルの中央、ひときわ豪華な椅子に、老人が腰掛けていた。


 年の頃はおそらく、70を超えているだろう。髪は白く、たくわえた髭も白い。きりりとした眉は軍人を思わせるが、目と口元は柔和な印象で、優しい笑みをたたえている。美食好きという割には痩せているように見えるが、これはお年を召しているせいだろう。


「おお、おお。君がヴァルミタール家の若旦那か」


 低くよく通る声だった。アレクシスは慌てて頭を下げる。


「アレクシス・ヴァルミタールです。本日はお招きいただきありがとうございます」

「うむ。そちらは」

「ヴァルミタール家より参りました、海の蒼(アジュール)でございます。閣下」

「太陽(ソレイユ)と申します。よろしくお願いします。閣下」


《閣下》は満足そうに微笑み、若者たちを席へと促した。料理に目をきらきらさせているジョーヌを見て言う。


「美味しそうじゃろ?」


 すこしいたずらっぽい言い方だった。まるで、おじいちゃんが孫に話しかけるような。


「はい!すっげ――すごく、美味しそうです!」


 慌てて言い直すジョーヌを見て、豪快に笑う。


「ははは、元気な子じゃ。たんと食べるが良い。この爺ではとても総ては食べ切れんからの、手伝ってくれ。」

「はいっ!」


 その様子を見て、アレクシスは安心した。少年趣味の貴族かも、なんて、考えすぎだったんだ。美食家の老人が若者の食べっぷりを見たい。何とも健全な話だ。


 そのあとの宴席はただただ楽しかった。《閣下》は元軍人とは思えぬほど気さくなお人柄で、ジョーヌの食べっぷりを褒め、アレクシスには珍味を次々に勧めて、感想を聞いては楽しそうにウンチクを語ってくれた。

 サフィルは流石というべきで、閣下の若かりしころの話を上手に聞き出しては、それぞれに適切な相槌を打ち、またあたらしい話を掘り起こしていっている。


 剣の訓練に明け暮れていた青年時代――。

 一個小隊を任され、国境線防衛のために戦ったこと――。

 無謀な戦争に抗議し、前線に送られたこと――。部下とともに生き残りをかけて戦った日々――。


「戦いの間は、固いパンだけ……」


 サフィルが、想像もつかないです、と続ける。その反応を受け、《閣下》は過去を饒舌に語る。


「そうじゃ。部下も、わしも腹が減って仕方がなかった。」

「僕がこのように、安心して食事が出来るのも、その時の戦いで国を守っていただいたからなのですね。」

「そう気負うことはない。ともあれ、わしは帰ってきて、はじめて宴席についたとき、食に目覚めたのだよ。食べきれないほどの料理、美しい女性に、生きて笑い合う少年達――。」


 生きて、という言葉に力がこもっている。きっと、命を落とした者も多く見てきたのだろう。

 サフィルがそっと《閣下》に寄り添う。《閣下》は軽く鼻をすすると、悲しみを振り払うかのように明るい声で、飲め飲め、と全員に促した。


 アレクシスは勧められたワインを一口、また一口。だんだんと眠たくなってきた。ジョーヌは勧められるがままに次々と料理をかき込み、もうお腹いっぱい、と満足そうな顔で椅子にもたれかかった。


「少し、おやすみになられたらいかがですかな?」


 依頼主がそっと、アレクシスに耳打ちした。確かにずいぶん酔いがまわっているので、少し体を休めたかった。幸いサフィルは食べすぎることもなく、飲みすぎることもなく、閣下のお話を静かに聞いている。

《閣下》のお相手は大丈夫だろう――。若き主人はそう判断した。ありがとうございます、と告げて、長椅子にもたれかかる。そうしてアレクシスは、目を閉じた。


『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』

原案:神田明子

作:西瓜すいか・差異等たかひ子

企画・制作:Hisshigumi Project


※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。



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