第30話 ディターニアの都
◯音楽と芸術の都 ディターニア (1902年 4月)
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アレクシスたちの暮らす街、
ルビアの街から少し離れた都、ディターニア。
賑わう鉄道駅に、アレクシスたちは降り立った。
行き交う人々の数はルビアの街よりはるかに多く、
人々の行き交うスピードも早い。
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地獄の特訓をなんとか終えて、パーティ当日、ディターニアに三人は降り立った。
街からディターニアまで鉄道で半日。旅費を節約したほうが良い、とヨハンの助言を受けて、ジェムズの二人は宝石の姿で持ち運ばれたため、正確に言うと降り立ったのはアレクシスひとりだったが。
鉄道の二等車は快適だったが、約十時間におよぶ移動だ。どうしても肩や首が凝る。アレクシスは大きく伸びをすると、鞄から移動用の小さな宝石箱を取り出した。駅の裏の木立の間、目立たぬ場所で2人を少年挿入する。
「もうついたのか、早いね」
「ここがディターニアか、すげえ、建物も人もいっぱいだ!」
二人は街によく馴染むような、少年然とした格好で現れた。
サフィルに聞いてみると目立たないように配慮しているとのこと。そういえば、挿入するときの閃光も少し弱かった。これも、屋外だから控えめに調節したという。宝石少年というのは本当に器用なものだ。アレクシスは感心した。
鉄道に乗り込むときに見た空は青かったのに、もう夕暮れを過ぎて紫色に染まり始めている。
パーティは夜。馬車を捕まえて、パーティ会場に向かう。
しばらく石畳の上を走ってゆく。街の中央から遠ざかり、人影も灯りもまばらになる。
大きな木を曲がったところで、馬車が速度を落とす。窓の向こうに屋敷が見えた。
城を思わせる建物だった。古城を改修して屋敷として使っているようだ。車寄せには馬車が数台。給仕や使用人が忙しく行き来している。料理人が木箱を運び、銀盆を抱えた若い使用人が廊下を急ぐ。
「うまそうな匂いがするな!」
ジョーヌが目を輝かせる。香草の匂い、肉の匂い。さわやかな果物の香りもあれば、甘い菓子のような匂いも混ざっている。一言で言えばご馳走の匂いだ。ジョーヌの鼻がヒクヒクと動いている。その様子を見てサフィルが物申す。
「礼儀作法は何処にいったの、兄さん」
「兄さんって呼ばれるの、なんか照れるなあ」
「そこじゃなくて。礼儀作法のほう」
まるでホンモノの兄弟のような喧嘩をする二人の様子は微笑ましい。
だが、ここはもう、仕事の場だ。街の少年風のままの姿では困る。そろそろーー と、アレクシスが言いかけた瞬間、馬車が止まった。
アレクシスはふたりを残して馬車を降りる。
支度をしておいてくれよ、と小声で念を押した。サフィルが居るから大丈夫だろう。
馬車を降りると、門の前に屈強そうな男が一人。このパーティでは初めに身元確認があると知らされていた。門に立つ男は、無言だ。アレクシスは招待状を手に、ヴァルミタール商会のものだと名乗った。
男は招待状を手に取り、じっくりと確認すると、お待ちしておりました、と言って門を開けた。
屋敷の中に入ると、依頼主がやってきた。くるんと巻いた口ひげが印象的な紳士だった。
「ヴァルミタール商会様、ようこそ」
「お初にお目にかかります、アレクシス・ヴァルミタールです。この度はご用命いただきありがとうございます」
散々練習した、エレガントな仕草が成功した。依頼主の男はその仕草に満足したようで、髭をさすりながらニヤリと笑った。
「どうも。アリオ・ペペローニと申します。高級食材を商っております」
どうやら依頼主は高級食材商だったらしい。あのご馳走の匂いにも納得だ。
「いやあ、想像したよりもお若い方がいらしたと思いましたが、心配ないようですね」
値踏みされている。だがそれも当然だ。今回売るのは「夢」。形のない商品だ。そんなものに、メイドの一月分相当を払おうというのだから、当然だろう。
「さて、問題の、夢を見せてくださる少年たちは何処ですかな?」
「馬車で待たせております。しばしお待ちを」
アレクシスが声をかけると、二人が馬車から降りてくる。先ほどの格好とは違い、二人ともシルクのブラウスに襟付きベスト、いかにも少年従者といった趣だ。サフィルは長い髪を後ろで三つ編みにしている。
「おお、これはこれは。美しい少年たちだ」
依頼主は眩しげに目を細める。どうやらご満足いただけたようだ。
「双子の兄弟です。海の蒼と、太陽」
「海と太陽ですか。これはまた華やかな」
通り名の紹介に合わせて、なめらかに礼をする2人。練習通りだ。アレクシスは続ける。
「本日の仕事ですが、彼らはまだ年若い。私が同伴させていただく形で彼らを指導します。宜しいでしょうか」
「もちろん、構いませんよ」
「ありがとうございます。それでは、本日の仕事について、詳細をお聞かせ願えますか」
貴族を接待してほしい、という旨は事前にに手紙で聞いていたが、具体的に何をすれば良いのか、までは書かれていなかった。こういった秘密の依頼は、文書に残ることを恐れて詳細を書かない依頼人が多いらしい。しかしながら、満足できる夢を提供するためには、聞き取りは必須だった。
「そうですね――事前にお伝えしている通り、さる高名な方の宴席のお相手をしていただきます」
「宴席の相手、とは――」
「なんのことはない、一緒にお食事をして、歓談していただければ良いのです」
「一緒に、食事を?」
ジョーヌが身を乗り出す。
「はい。皆が美味しそうに食べる姿を見るのがお好きな方なのです」
(これは …………どっちだ?)
アレクシスは心の中で、この発言を素直に捉えれば良いのか、何かの暗喩として捉えるべきか迷った。しかし、迷ったところで問いただせるわけでもない。聞いていいことと、聞いてはいけないこと。その判断がつかないまま無言でいると、サフィルが手を挙げた。
「あの、申し訳ございません、一点お伺いしても宜しいでしょうか」
「なんでしょうか、海の蒼さん」
「本日、僕たちがお相手する方のこと、なんとお呼びすれば宜しいでしょうか?」
依頼主は少し考えた後、
「そうですね、閣下、とお呼びいただければ」
閣下――閣下。と、サフィルが名を口になじませるようにつぶやいた後、続けた。
「かしこまりました。あの、大変申し訳ないのですが、もう一つお伺いしても?」
「なんでしょう」
「僕たちは夢を見せるのが仕事です。閣下はどのような夢をお望みでしょうか」
それを聞くと、高級食材商はしばし考え、空をあおぐようにして言った。
「過去の栄華の再現――でしょうか」
「過去の栄華、ですか」
「閣下は――以前は晩餐会など開かれていた社交的な方だったのですが、だんだんとお年を召して誘える友人がいなくなってしまったのです」
依頼主、ペペローニ氏は眉を八の字に下げる。悲しみ、同情。そんな感情が見てとれる。
「閣下は、わたくしどものお得意様でしてね。客人に世界の珍味を振る舞うのがお好きでした。とりわけ、若者が美食に目覚める瞬間を愛しておられた。昔の晩餐会はそれはそれは華やかなものでした。屋敷には馬車が何台も並び、閣下のお知り合い――軍人、芸術家、学者に華やかな御婦人がた。それに社交界デビューまもない、貴人の御子息方もおられましたし、見目麗しい少年従者もおりました。話題は政治から商売、当世の流行まで幅広く。閣下の晩餐会がきっかけで、家どうしが結びつくこともございました」
数十年前といえば、貴族が政治も富も、総て支配していた時代だ。貴族文化の粋を集めた、たいそう豪華なものだったのだろう。
「しかし昨今――このような晩餐会はめっきり減ってしまいました」
実際、貴族が主催するパーティは減っている。商人が富を握るようになり、没落する貴族が増えた。
商人が主催するパーティは存在するが、それは商談の場という意味合いが強い。食事はあくまでも添え物だ。
「工夫をこらした料理をふるまい、それについて語り合いたい。人と人との社交そのものを楽しみたい。閣下はそのようにお感じなのだと存じます」
「かしこまりました。ご満足いただけるよう、尽くします」
アレクシスがまっすぐな目で言うと、依頼人、ペペローニ氏は安心した表情を見せ、アレクシスたちを晩餐会会場へと招き入れた。
『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』
原案:神田明子
作:西瓜すいか・差異等たかひ子
企画・制作:Hisshigumi Project
※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。
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