第29話 双子の少年コンパニオン
◯ヴァルミタール家 二階 アレクシスの自室 (1902年 4月 夜)
ジョーヌの求めに応じて彼を少年挿入すると、現れるやいなや、彼はサフィルに飛びついた。
「水臭いじゃんか、サフィル。誘うなら双子のオレ、一択だろ」
「まだ誘うとも誘わないとも言ってない」
サフィルは目線をそらし、迷惑そうにしている。サフィルの反応には一切構わず、ジョーヌは上機嫌でいった。
「いいよな、アレク。オレとサフィルが行くってことで」
アレクシスはディアマンテとヨハンの反応を伺ったが、ふたりとも取り立てて反対はしていないようだった。――もっとも、賛成もしていないようだったが。
「どうだろうか、ヨハン、サフィルとジョーヌの2人で」
「そうですね、ディアマンテが少年の姿に化けて、というやり方もありますが――、本人もこう言っているので、サフィルとジョーヌで良いかと」
「容姿に優れ、教養がある者、だけど?」
サフィルが言葉に棘を持たせて反論を述べるが、ジョーヌが発言をすぐに上書きする。
「オレ、容姿は優れていると思うぜ、教養だって、無いほうじゃない。だろ?」
ジョーヌは一点の曇りも無い目で、アレクシス、ディアマンテ、ヨハンを順に見つめる。ディアマンテが静かに口を開く。
「確かに、彼は街の少年のような口調で話すのが常ですが、彼とて宝石少年。一般的な十代前半の少年に比べれば、教養は豊富と言えるでしょう。」
「だろ!さすが兄貴!わかってるじゃん!」
満面の笑み。サフィルと一緒に仕事ができる喜びが伝わってくる。
「では、決まりだな」
アレクシスが主人としての決定を告げると、ふう……とサフィルがため息をつく。
「なら、通り名を決めないとね」
「通り名ってなんだ?」
ジョーヌが聞き返す。アレクシスにとっても初めて聞く言葉だった。
サフィルの語ったところによると、高級娼婦たちが使う偽名のことを通り名と言うのだという。相手に夢を見せている間は、自分自身ではなく、役を演じる。その役二名前をつけることでよりよく演じられるのだという。
「サフィルはどういう名にするんだ?」
「僕は海の蒼と名乗る。昔からそうしているんだ。」
「お前が海か。ならオレは太陽かな。そうだな……太陽なんてどうだ。」
サフィルの肩がぴくり、と揺れる。うつむいたまま、いいんじゃないかな、とサフィルはつぶやいた。
「では、若旦那様、わたくしのほうからお返事を差し上げてよろしいでしょうか。」
執事が了解を求める。頼んだ、と告げると、ヨハンはかしこまりました、と一礼し、書面を持って、部屋から出ていった。
ヨハンはが部屋を出ていくと、ぽつり、とディアマンテがつぶやいた。
「坊っちゃん、パーティのお作法は、大丈夫でしょうか」
「え。僕も、パーティに?」
予想外だった。
「当然だろう、君は僕たちのご主人様なのだよ?僕たちの働きを管理監督する義務がある」
「そういえば、グレゴールもいつも、仕事のときは一緒だったよな」
「当然君も、容姿に優れ、教養のある若旦那様である準備はできているのだよね?」
ふたりに挟まれ、アレクシスはうろたえる。
通り一遍の教育は受けているものの、独りでパーティ、それも貴族を接待するようなパーティに行くのは初めてだ。ディアマンテがニッコリと笑って言う。
「今回の依頼、対価はいかほどか、ご存知でしょうか。」
(しまった。確認していなかった。)
なんとも迂闊な主人だ。ディアマンテは微笑んだ。
「中金貨1枚です」
「中金貨1枚?!」
それはメイド数名の月収に匹敵する額だった。
「一晩で?」
「ひとばんで。それなりの家、ということでしょう」
サフィルは、ふたりでその程度か、とつまらなさそうにつぶやいた。アレクシスは世の中は知らない事だらけだ、と驚くばかりだった。
(そんな家のパーティに、僕が?)
固まっているアレクシスの肩に、ディアマンテが手を添える。
「というわけで、若旦那様、そしてジョーヌ。これから毎日、特訓をいたしましょう!」
「毎日?!」
「当たり前ですとも。爵位や家格の見分け方、貴族家の関係性などは頭に入れておきませんと。それに、今年の流行も。そうですね、新聞で話題になった出来事や、話題のファッション、ワイン、葉巻、有名俳優のゴシップなんかの話題も」
《若旦那様》アレクシスは早くも机へ突っ伏した。
「……そんなもの、全部覚えるのか」
「全部です」
「…………。」
有無を言わさぬ口調に、黙るしかない。ディアマンテは続けた。
「それに食事作法。魚料理のいただき方、スープの飲み方、給仕への合図、夫人方との会話距離。女性を褒める際に服飾へ触れるべきか、宝飾へ触れるべきか」
「め、面倒すぎる。」
「人間は面倒なものです。貴族は特に」
「オレ、怖くなってきた……」
ジョーヌが小さく震えている。
腕を組んで聞いていたサフィルが、小さく笑った。社交界や舞踏会の空気をよく知る彼は、天使の笑顔で、怯えるふたりにお告げを与える。
「そうだね。それに知識だけでは足りない。身体の使い方も特訓が必要だ」
「身体?」
「姿勢。歩幅。椅子を引く動き。グラスを持つ位置。目線の配り方。令嬢へ道を譲る所作。夫人へ挨拶する角度。踊り。階段の上り下り。疲れていても背を曲げないこと。驚いても表情へ出し過ぎないこと」
「確かに。それは毎日練習が必要ですね、若旦那様も、ジョーヌも。」
ディアマンテはさらさらと、特訓メニューを書き留めてゆく。
「では、歩行練習と姿勢は毎朝。食事作法は二日に一回。舞踏会形式の応対訓練は週二回。ワインと葉巻の知識は夕食後。会話練習は毎日」
「毎日!?」
生徒2人の絶望の叫びが重なる。その様子を見て、二人の教師はは顔を見合わせ、微笑んだ。
「大丈夫ですよ」
「さあ、頑張ろう、君たちならできる!」
パーティーの日までの詰め込み教育。紳士への道へのブートキャンプが始まった。
『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』
原案:神田明子
作:西瓜すいか・差異等たかひ子
企画・制作:Hisshigumi Project
※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。
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