第28話 貴族街からの依頼
◯ヴァルミタール家 二階 アレクシスの自室 (1902年 4月 夜)
ディターニア。音楽と芸術と美食の街として名高いそこは、貴族街でもあり、商人たちにとっての晴れ舞台でもあった。貴族や文化人、芸術家や商人が集い、毎日のようにパーティが開かれる。貴族に認められた商品は高く売れる。商人や芸術家は貴族御用達の立場を得るために、パーティーで宣伝活動をするのだ。
(そんな大商人から、依頼……?)
アレクシスは依頼書を開いた。
依頼内容は少年コンパニオン。豊かな街ディターニアの、比較的豊かな商人からの依頼のようだった。貴族の接待をするという。
「この依頼は、はじめてのものなんだろうか」
「はい。この者からの依頼ははじめてです」
知らぬ者からの依頼。何処から知るんだろう、というアレクシスは疑問に思った。首をかしげていると、ヨハンが解説してくれる。
「はじめての依頼が舞い込むことは、めずらしくありませんよ。ヴァルミタールの有能な《人材派遣》のことは、伝承のように伝わっているのです。」
「伝承?」
アレクシスは少しおもしろくなった。自分の家の事業が、おとぎ話のように伝わっているなんて。
「ええ。《何でも夢をかなえてくれる、夢を見せる機械》を貸し出している家がある。そんな噂が、特に上流階級には。まことしやかに伝えられているのですよ」
「宣伝もしていないのに」
「ご想像におまかせします」
ヨハンはにっこりと微笑んだ。アレクシスはその笑顔にピンときた。
「……噂を、流してるってこと?」
「……ご想像に、おまかせします」
ヨハンは軽く目を伏せ、わざとらしく礼をした。
「なるほど、わかったよ、そこは想像どおりと解釈しておく。で、この依頼書はどこから?まさかウチの住所を触れ回っているわけでもないだろうし。」
「ご安心ください。依頼は、この家とは違うところに投函される仕組みになっております」
聞いてみると、依頼書は教会の懺悔箱に入っているのだそうだ。届いた懺悔の中で、ヴァルミタール家への依頼と思われるものが、ひそかにヨハンに渡される、という仕組みらしい。
教会といえば祈りを捧げる場所、くらいの認識しかなかったアレクシスは驚いた。どうやら、父の代には、もうすでにそういう仕組になっていたらしい。
ヨハン曰く、教会を通じた依頼というのは何もヴァルミタール家に限ったことではないらしい。
教会はもともと、要望を振り分け、適切な場所に届ける役目もありますから。
例えば、橋が危険で不安だ、という悩みが寄せられたら、街の有力者にそれを届ける。困っている親子が居ると分かれば、慈善家に寄付を募る。尋ね人がいれば、探偵につなぎを取ってやる。
教会というのは、街の困りごとの交通整理を担っているのだ。
「そのうちのひとつが、ヴァルミタール家、というわけです。この《人材派遣》に限らず、舶来ものの商品に関するご相談などが来ることもありますよ」
オトナの社会というのはうまく回っているものだと思った。跡継ぎ修行をはじめていなければ、気が付かなかったことだ。
依頼の出自が解ったところで、アレクシスは依頼内容に再び目を落とす。
(パーティーのコンパニオン……何をするんだろう?少年、と書いてあるからスマグラーダみたいな子のことかな?)
アメティスとディアマンテが、アレクシスに視線を向ける。ディアマンテは心配そうに、アメティスは少し、咎めるように。アレクシスはその視線に気づかず、手紙に目を走らせている。
「少年コンパニオン――子どもの遊び相手、とか……?」
『あそびあいて?』
頭の中でスマグラーダの元気な声がひびき、アレクシスはパッと顔を上げた。すると、心配そうな2人の顔。
ディアマンテが静かに言う。
「若旦那様。この件はサフィルに相談するのがよいかと」
穏やかな、でも有無を言わさぬ調子だった。アレクシスはおもわずうん、とうなずいた。
「では、アメティスはスマグラーダを寝かしつけていただけますか?」
アメティスも、心得たという風にスマグラーダの入った人形を抱き上げる。
「わかりました。さ、スマグラーダ、帰りましょう、宝石箱の中へ」
『えーもっと遊びたい』
「アナタは目覚めたばかり。休まないとまた傷を負ってしまいます。さ、先生と一緒に帰りましょう」
傷を負う、という言葉がきいたのか、スマグラーダはおとなしくなり、わかった、とうなずくと、目をアレクシスのほうに向けた。
『パパ、また今度、甘いの一緒に食べようね』
すっかり《パパ》になついている。アレクシスも笑顔で応じた。
「わかった。」
微笑ましい場面に、ヨハンの口元も緩む。
「2人を、取り外しすれば良いんだな?」
「ええ、そうです」
ディアマンテが促し、2人がアレクシスの前に立つ。
「では、おやすみなさい。アレクシスさま」
『おやすみー!』
「おやすみ。スマグラーダ」
挨拶を交わすと、アレクシスはアメティスの手に抱かれたスマグラーダの髪を撫でながら、魔法の言葉を発した。
「取り外し」
淡い緑と薄紫、2つの光が収束し、手のひらに2つの宝石が現れる。
アレクシスはそれを宝石箱に戻した。ディアマンテは、ことりと床に転がった人形をベッドサイドに座らせる。
「さて、サフィルに相談したほうが良いと言っていたけど……」
「はい。この件は彼が適任かと」
「わかった。とりあえず、彼を呼び出すことにしよう」
アレクシスはサファイアを指でつまんだ。 少し冷たい。深い青がきらりと光る。
次に鋳造心臓を一つ手に取り、サファイアをはめ込む。そして少年挿入と告げると、青い六角形の結晶が拡がり、閃光とともに美しい少年――サフィルが現れた。
「ぼくのヴァルミタール。おはよう。」
美しい少年は主人にかしずき、手の甲にキスをする。細く冷たい指が手のひらを撫でる感覚に、アレクシスは心拍が上がるのを感じた。
(耽美小説に出てくる女性のよう、なんだよな、サフィルって)
男とも女ともつかない色香がある。蠱惑的、退廃的、そんな言葉が彼には似合う。
「パーティーのコンパニオン役に少年を指定する意味、判らなかったみたいだね」
くすくす、と笑いながらサフィルが言った。
アレクシスは若干鼻白んだ。子どもの遊び相手、という想像が的外れであることはわかったが、真の答えはまだわからない。
「聞いたことないかい?貴族が美しい少年を囲って――性愛にふけるという遊びがある、と」
背中がざわりとした。
物語の中では読んだことがあった。しかしそれが現実にある、それもこんな身近にあるとは想像もしなかった。
(では、これは……)
手の中の依頼書に視線を落とす。文面自体は変わらないのに、先程までと違って禍々しく見える。
(そうか、だからディアマンテとアメティスは、スマグラーダを眠らせようとしたんだ。この話を聞かせないために)
アレクシスは自分の不見識を恥じた。
「気にすることはないよ、|あたらしいヴァルミタール《ドミヌレ・ノーヴァ》。君はまだ若い。そして純粋だ。知らないのも無理はない」
「ありがとう、知らせてくれて」
アレクシスが素直に礼を言うと、サフィルは少し驚いたように目を見開いたあと、目を細めた。
「本当に、まっすぐなんだね、君は。」
「え?」
「そのままの意味だよ。さて、ぼくを呼んだということは、この仕事、僕を指名してくれる、そういうことだよね」
ずいっと、距離を縮めながら言われる。
「ちょちょ、ちょっと待ってよ」
アレクシスは思わず声を張り上げた。
「そんな、退廃的な営みに君を送り込むなんてそんな。君たちの主人として、許可できないよ」
サフィルはうろたえるアレクシスを見て、心底不思議そうに言った。
「どうして?」
「どうしてって、そんな、性愛の相手をさせられるかもしれない、なんて……」
顔が赤くなってゆく。アレクシスにとってこんなことを、大声で話すのははじめてのこと。しかしサフィルは違った。
「そうか、君にはまだ、僕の過去を話していなかったんだったね」
「過去?」
「僕は昔、高級娼婦の首飾りだったのだよ。だからね、こういう仕事は実に僕向きなんだ。ディアマンテも、アメティスも知っているから、僕を呼べと言ったのだよ。そうだろう?ディアマンテ。」
「ええ。」
ヨハンもうなずく。サフィルが色ごとに長けているというのは周知のことらしかった。
「だいたいね、」
サフィルはわざとらしく、頬を膨らませて言った。
「性愛が汚らわしいなどと、誰が決めたんだい?僕の所有者だった女性は、王族に最高の《夢》を見せていたよ。太古からある《夢を見せる職業》それが娼婦なのだと、いつも言っていた。」
「ご、ごめん」
確かに、有名な戯曲にだって、高級娼婦は出てくる。文学好きの彼はサフィルの言っていることが頭では理解できた。
ずっと黙っていたヨハンが、口を開く。
「サフィルの言う通り、彼はこのたぐいの仕事に長けています。上流階級から下層まで、少年として、時には少女として、相手に合わせた夢を見せることができます」
「少女として?」
「少し星幽心核の配置を変えてあげれば簡単なことさ」
ふわり、と青い光が立ち上る。サフィルの身体が夜光虫のように光っているのが、薄いブラウスから透けて見える。しばらくすると光が落ち着いた。サフィルはおもむろにアレクシスの手を取り、
「触ってご覧」と言って、自身の胸元に、アレクシスの手のひらを導いた。
(!!柔らかい!)
アレクシスは慌てて手をひっこめる。その様子を見てサフィルがふふふ、と悪戯っぽく笑う。その姿はまるっきり少女のそれだった。
「ね、簡単だって言っただろう?」
先程より少し高い声。サフィルの肉体が組み替えられ、少女になったのだ。
「サフィル。若旦那様をからかってはいけません」
咎めるディアマンテに、はあい、と生返事をして、サフィルは元の少年の姿に戻った。
さて、と、ヨハンが仕切り直しの声をかける。彼は続けた。
「若旦那さま、依頼内容の詳細を良くお読みください」
「ええと、パーティの少年コンパニオン。2名、なるべく容姿に優れ、教養のある者――。2名?」
「2名です」
これは予想外だった。てっきりひとりだと思っていた。
(どうしよう、2名か……)
すると、宝石箱の中から、黄金色の光がキラキラと漏れ出してきた。そして頭の中に響く声
『オレが行くよ!なあ、オレを外に出してくれよ、アレク!』
ジョーヌの声だった。
『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』
原案:神田明子
作:西瓜すいか・差異等たかひ子
企画・制作:Hisshigumi Project
※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。
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