第25話 エメラルドの少年
◯ヴァルミタール家 玄関 (1902年 4月 夜)
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アレクシスが帰宅したのは
もうあたりが暗くなった頃だった。
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アレクシスが屋敷に帰ると、ディアマンテが出迎えた。
「おかえりなさいませ、若旦那様。」
「ヨハンは?」
「彼は馬の世話を。代わりにお出迎えをするようにと申しつかっております。」
「すっかり、ここの人間みたいだね、ディアマンテ。」
ディアマンテは穏やかに微笑んだ。
「はい。以前もここでこのように働いておりました。懐かしいです。」
ディアマンテは流れるような仕草で荷物とコートを受け取る。所作が美しく、貴族の家の執事になってもやっていけそうだ。
「若旦那様、少しお伝えしたいことが」
「なんだろうか。」
あらたまって聞かれると、こちらも主人らしく応えなければならない気がして、アレクシスは背筋を伸ばした。
「スマグラーダ――エメラルドと一度会ってほしい、と、アメティスから伝言がございました」
「アメティスから?」
一瞬、どうやって伝言をしたのだろうかと思ったが、彼らは例のチカラ――星幽心核のチカラで、話ができるのだろう。
なるほど、この件があるから、ヨハンはあえてディアマンテを出迎え役にしたのかもしれない。
「今日、会えば良いんだろうか?」
「はい。まださほど遅くはないですから。まずはアメティスを呼んで、話をしてからのほうが良いかと存じます。」
「エメラルドは、幼い少年なのだって?」
「はい。アメティスが詳しく話すと思いますが、彼は一度破傷が入った石なのです。」
「破傷?」
「はい。宝石少年は傷つくことがあります。すると星幽心核が流れ出してしまうことがあるのです。」
「流れ出すと、どうなるんだ?」
「完全に流出すると、宝石少年はただの宝石となります。残存量が多ければ、宝石少年としての魂を維持することができるのですが、絶対量が減ってしまうと、記憶と力を失います。」
「記憶と、力を。」
「もう、ずいぶん昔のことなのですが、彼は破傷により星幽心核を大量に失い、記憶を失い長い眠りにつきました。旦那様の代でも、ほとんど目覚めなかったのです。彼が目を覚ますのは、五十年ぶりのことです。」
「五十年!」
「ですから彼は、宝石少年として、本当に赤ん坊のような状態です。それをご理解頂いた上で、彼と会っていただきたいのです。」
アレクシスのまわりに赤ん坊はいない。一人っ子である彼は、年下の子供と遊んだ経験も多くない。街の祭りで、教会の孤児たちと触れ合ったことはあるが、それだってせいぜい、2,3歳下の子どもたちだ。
赤ん坊の相手をする自分など想像もつかないが、父から宝石少年を譲り受けた以上、自分は彼のご主人様なのだ。会う準備ができているというなら、合わなければなるまい。
「わかった。とにかく、アメティスといっしょに会えばいいんだな。」
「それが良いと思います。彼はスマグラーダのことをよく解っていますから。」
◯ヴァルミタール家 二階 アレクシスの自室 (1902年 4月 夜)
アレクシスが自室に戻ると、ディアマンテは、ミルフィオレとのやり取りを知ってか知らずか、例の人形をアレクシスのベッドの近く、サイドテーブルに置いた。
「可愛らしいですね。」
「あぁ。今日会った子に、少し似ているんだ。」
「今日お会いしていたのは、お嬢様ですよね?これは男の子の人形のように見えますが。」
「そうだよなあ。」
アレクシスは苦笑した。
「でも、髪の色と目の色が似てるんだ。だからそばに置いておいてくれって。」
「若旦那様――それは。かなりアプローチされておりますね。」
「そうかな?」
ディアマンテはふう、とため息をついた。
「じきに判ります。そちらのお嬢様、大切にされると良いかと存じます。」
(大切に、ねぇ………)
実感はわかなかったが、超・年長者の言うことなので、とりあえずありがとう、と受け取っておく。ディアマンテは優しく微笑むと、部屋を出ていった。
(エメラルドの瞳、か……)
アレクシスはスマグラーダのことに思考を移した。エメラルドの化身である幼い少年。この人形のような子なのかな、と想像する。ともあれ、まずはアメティスを呼ばなければ。宝石箱を開けると、今日はきちんと、紫色の石が箱の中に収まっていた。
鋳造心臓を取り出し、中央にアメジストを配置する。そして、彼を呼ぶ。
「少年挿入」
紫の光が集まり、色濃くなると六角柱の結晶が現れる。結晶が枝のように生えて、光とともに弾け飛ぶと、モノクルをかけた青年が現れた。
「アレクシス坊っちゃん。数日ぶりですね」
「アメティス。ディアマンテから、エメラルドと会うようにと伝言を受けた」
「ええ、ええ!ジブンが頼んだのです。坊っちゃんに伝えてほしいと」
「君たちはやはり、会話ができるのか。」
「もちろんですとも。星幽心核を持つ相手であれば。」
「そういうものなのか。便利だなあ。」
「さすがに、いつでもどこでも、とはまいりませんが。この屋敷の中くらいなら話ができるのです。」
さて、とアメティスは一呼吸おいて、宝石箱の中からエメラルドをそっと取り出した。
「彼について、聴きましたか?」
「ああ、聞いた。いちど破傷が入った石だ、と。」
「はい。エメラルドは傷つきやすい石です。破傷が入ればなおさら。」
「慎重に扱わなければならないな。」
「ええ。物理的にも、精神的にも。」
「……精神的にも?」
予想外の言葉に、アレクシスは顔を上げた。深い紫の瞳がまっすぐに射る。モノクルの奥から、アレクシスの中を探るように。
「ジブンたちは、魂を持った石です。人間と同じように魂と肉体の両方を持っています。破傷とは、身体――石にヒビが入ることもですが、魂にも、ヒビが入っている状態なのです。」
アメティスはふう、と息をついてから、アレクシスに問いを投げかけた。
「『退行』という言葉をご存知ですか?アレクシス坊っちゃん」
「いや、はじめて聞く。」
「人間でも、大きく心が傷つくと、幼子のようになってしまうことがあるのです。心のエネルギーが失われ、独りでは生きていけなくなる。それと同じことが、五十年前、彼に起きた――そう、聞いています。」
「聞いている、というのは。」
「五十年前、ジブンはまだヴァルミタール家に居ませんでした。これは以前からスマグラーダと共にいた、ディアマンテとサフィルから聞いた話です。」
「皆、昔から一緒にいたわけではないのか……。」
意外だった。てっきり、5石揃って受け継がれて来たのだと思っていた。
「はい。ディアマンテ、サフィル、スマグラーダがはじめの3人。その次にジブンが来て、最後にやってきたのがジョーヌです。ジョーヌはお父上の代で手に入れた石なのですよ。」
教師が幼い生徒に教えるような口調で、アメティスは続けた。
「ジブンが来る前から、スマグラーダはずっと眠っていたのです。ほとんどの時間を宝石箱の中で過ごしていました。彼には破傷を受ける前の記憶がありません。つまり――」
アメティスは、まっすぐアレクシスを見て、覚悟を問うように、告げた。
「貴男が、彼の初めてのご主人様となるのです。」
アメティスはアレクシスの手を取り、エメラルドを置いた。ほんのりと緑に光るそれには、確かに、内部に大きなヒビがあった。衝撃を加えたら、真っ二つに割れてしまいそうな、大きな破傷。
「アメティス。」
「なんでしょう。アレクシスさま。」
「彼は、僕に会いたいと言ってくれているの?」
主人」たるもの、不安を見せてはいけないと思いながらも、語尾がふるえた。割れそうな傷をうけた、幼い少年。その子のはじめての主人となることの重みは、アレクシスにもわかっていた。
「もちろんですとも。」
力強く、紫水晶の化身が言う。アレクシスは意を決して、鋳造心臓を手に取ると、エメラルドを重ねた。
「少年挿入」
緑の光の筋が、鋳造心臓を取り囲む。光の筋が六角形を描いたかと思うと、縦に伸びてゆく。他の宝石少年よりもだいぶ小さな緑色の六角柱が、ふわりと浮かび上がる。結晶の中に明るい光がゆっくりと集まってゆき。光が凝集したかと思うと、閃光となってあたりを照らした。
眼の前に現れたのは、くるくる巻いた黄緑の髪にエメラルドの瞳。白いシルクのナイトウェア姿の少年だった。少年というより、幼児と言ったほうが良いかもしれない。身長もアレクシスの腰の高さほどしかない。
何が起こったかよく解っていないのか、あたりを見回してキョトンとしている。
「スマグラーダ。」
アメティスが優しく語りかける。
「せんせい?」
スマグラーダの目線が、アメティスを探す。そして、先生その人を見つけると、安心したように微笑んだ。
「せんせいだ!」
駆け寄ってきた幼子を、師が受け止める。スマグラーダは背の高いアメティスを見上げている。
「スマグラーダ。この姿で会うのははじめてですね。」
「うん。」
「この方が、アレクシス様ですよ。」
「…………。」
スマグラーダは、じっとアレクシスを見つめる。
(どうすりゃいいんだ、これ……)
赤ん坊がじっと大人を見る、あれと同じ目。なんの雑念もなく、ただ見たいから見る、という目。大人の方は目を合わせ続けるべきか、そらすべきか悩む、あの目。
何十秒、いや、何分経ったのか。沈黙に耐えかねてアレクシスは口を開いた。
「スマグラーダ。」
「…………。」
「はじめまして。アレクシス・ヴァルミタールだ。」
「…………。」
(こ、子供って、わからない……!!)
内心冷や汗モノのアレクシスとは対照的に、スマグラーダは落ち着いている。
(何かしゃべらないと……)
アレクシスと、スマグラーダが口を開いたのは、同時だった。
「あの……!」
「パパ!」
(………パパ??????)
『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』
原案:神田明子
作:西瓜すいか・差異等たかひ子
企画・制作:Hisshigumi Project
※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。
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