第24話 紳士淑女を繋ぐもの
◯ルビアの街 広場近くの馬付き場 (1902年 4月 夕方)
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時が経ち、祭りの周辺の市も、
少し人がまばらになっている。
もうすぐ日が暮れる。
祭りの終わりも近い。
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そうしてしばらく経つと、ビーズは残り2個になっていた。祭りも終盤。商品を片付けはじめる店も出てきた。
「大変、弟にお土産を買って帰る約束でしたわ!」
ミルフィオレが慌てて、雑貨の店に駆け込む。輸入モノや、質流れ品なんかを扱う店だ。動物の人形に、子供用の弓と矢のセット。女の子向けの人形なんかがところ狭しと並んでいる。ミルフィオレは、弓と矢のセットを手に取った。
「おっ、いいのに目をつけたね。それはセットで銅貨80枚」
「銅貨80枚……。どうかしら、アレクシスさま。これ。」
「君の弟に?」
「ええ。」
「いくつだっけ」
「11歳よ。」
「ちょっと子供っぽくないか?ホンモノの弓矢使ったことは?」
「無いのですわ。本ばかり読んでる子なの。少しは身体を動かしたほうが良いと思いますの」
「なら、いいんじゃないかな。」
「これ、いただけるかしら。それでね、こちらで支払いたいのだけれど、良いかしら?」
「お嬢さん、こりゃ、花咲きガラスじゃないか。」
店主は品定めをするように、指先でビーズをつまんでジッと見つめた。ミルフィオレが渡したのは、赤に白い花が浮かび上がるビーズと、透明な中に金の粉が舞い、白い花が咲いているビーズ。どちらもとても美しいものだが、若干、紐を通す穴が中央からずれている。
「ええ。2つでどう?」
「こりゃぁ、釣り合わんよ。」
店主が難しい顔をして唸る。アレクシスは口をはさんだ。
「やはり、硬貨でないと難しいでしょうか?」
硬貨が無いわけではない。しかし、彼女は今回ビーズで買い物をしたかったのだ。アレクシスとしても、せっかく2人で決めたのだから、最後までビーズでの買い物をやり切りたかった。しかし、店主は難しい顔をしたまま、ビーズと、弓矢のおもちゃを見比べている。しゅん、としてミルフィオレはうなだれ、つぶやく。
「だめ、でしょうか……?」
心底残念そうな顔を見た店主はあわてて、打ち消すように言った。
「逆だよ、お嬢さん。この花咲きガラスは2つとも高級品だ。確かに、よく見れば穴の位置がずれてはいるが、細工としては一級品だ。子どものおもちゃ1つでは、もったいないよ。どうだね、もう1つか2つ、何か選んではくれんかね。」
「良いのですか?」
ミルフィオレの顔が明るくなる。その様子を見てアレクシスもほっとした。
ミルフィオレはしばらく商品を見てまわると、金の髪、エメラルド色の瞳を持つ人形と、木を複雑に組み合わせた細工物のカフスボタンを選んできた。
「こちらにいたします。」
「お嬢さん、お目が高い。そのカフスボタンは、海の向こうの国の細工物だよ。人形も、上流階級のお嬢さん向けのものだ。いやあ、さすがだねぇ。」
「どういたしまして。」
商売人同士が笑い合う。店主は商品を丁寧に袋に詰めた。
「では、ビーズ2つと、この3つで交換だ。まいど!」
店主に手をふり、市を離れる。道を見ると、店はもうほとんど閉店している。
「人形にしたのか」
ミルフィオレは人形を袋から出し、自分の顔の隣に並べた。
「ええ。わたくしに似ていると思いませんこと?」
確かに、人形の瞳はミルフィオレの瞳の色にそっくりだった。髪の色は人形のほうが少し薄い色だけれど、全体の印象としては似ていると言える。
「けど、これ、男の子の人形じゃない?」
髪は肩に掛かる程度、服装は、ブラウスこそ豪華なレースがついているものの、ズボンをはいているように見える。
「いいの!」
ミルフィオレは、自分の髪を飾っているリボンをはずし、人形につける。
「ほら、リボンをつければ、女の子に見えますわ。わたくしだと思って大事にしてくださいませ」
「僕が持って帰るのかよ!」
「良いではありませんか、今日の記念、ですわ。」
ふふっ、と笑って、ミルフィオレはアレクシスに人形を押し付ける。それに、ころんとした丸いものも。
「これは?」
「カフスボタンはアレクシスさまにプレゼントです。身につけて……いただけますか。」
手のひらに載るカフスボタンを改めて見る。磨かれた木の深いブラウンは、アレクシスの瞳と同じ色だった。
「ありがとう」
アレクシスはシャツにもともとついていた簡素なデザインのカフスボタンをはずし、もらったばかりの細工物に替えようとした。が、なかなかうまく嵌まらない。ミルフィオレはその様子を見て、つけて差し上げますわ。と言って、アレクシスの手を取った。
許嫁同士とはいえ、この時代の若い男女の距離感としてはいささか近い。アレクシスは少しだけ、鼓動が速くなるのを感じた。ミルフィオレも、少し顔を赤らめている。
ミルフィオレが作業しやすいように、アレクシスが腕が持ち上げる。すると、留め具を失った袖から、腕がちらりと覗く。
肌色とは違う、黒い色――その傷跡を見て、ミルフィオレは目を見開いた。
「アレクシスさま、これは」
古い火傷の痕だった。皮膚の一帯が黒く、引き攣れたようになっている。
「あぁ、子供の頃の火傷だよ。大丈夫、今は痛みも何もない」
もう7年も前のことだ。アレクシスは気にしていなかったが、ミルフィオレは心配そうだ。
「ほんとうに?――ずいぶん、大きな傷跡ですわ」
「街で火事に巻き込まれたらしい。」
「らしい、って、ご自身のことでしょう」
「よく覚えていないんだ。実際、当時は大変な怪我だったらしくてね、高熱を出して寝込んだ」
痛い、熱い、と叫んだことしか覚えていない。さらに心配そうな顔をするミルフィオレ。あわてて、彼女の不安を打ち消す。
「でも今は本当になんともないんだ。袖、留めてもらえるかな」
少女ははっとして、カフスボタンに意識を戻した。慌てて作業を再開する。
少年の袖に深いブラウンが光る。もう片方も同じように。
「ありがとう」
青年は上着の袖から、カフスをちらりと見せて言った。瞳のブラウンと揃いのボタンは、若々しい彼によく似合った。
「お似合いですわ」
少女も微笑む。
広場に、迎えの馬車が来ていた。別れの時間だ。
「本日はありがとうございました。とても楽しかったですわ。」
「こちらこそありがとう、ミルフィオレ嬢。とても楽しい時間だった。」
「またお会いいたしましょう。次はいつになるかしら。」
「謝肉祭の頃、だろうか。」
「秋まで、だいぶありますわね。今度、わたくしたちの街にもいらしてくださいませ。では、わたくしは、これで。」
淑女らしくお辞儀をすると、少女は馬車に乗り込んだ。馬車は遠ざかり、すぐに見えなくなった。
夕暮れ。昼の祭りは終わりを告げ、街のざわめきに夜の騒々しさが混ざってくる。
酒を飲み騒ぐ者たちの喧騒の中、アレクシスは彼女に似た人形を抱いて、その瞳が月を写すのを見ていた。
『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』
原案:神田明子
作:西瓜すいか・差異等たかひ子
企画・制作:Hisshigumi Project
※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。
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