第23話 紳士淑女はデエトする
◯ルビアの街 広場近くの馬付き場 (1902年 4月)
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広場近くの馬付き場に、
小型の馬車がやってくる。
そこから、ドレス姿の元気そうな少女が、
アレクシスに向かって駆け寄ってくる。
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「お久しぶりでございますわね、アレクシスさま!」
ちょこんとドレスの端を持ち上げて、少女はにっこりと笑った。アレクシスの許嫁、ミルフィオレ・ヴェネ・アルディーニ嬢だ。
今日は復活祭。港町から馬車を飛ばして、アレクシスの住む街までやってきたのだ。
髪には花を飾り、胸元には、水滴に花を閉じ込めたようなデザインの、花咲きガラスと呼ばれる細工物のペンダントが輝いている。
少女はゆるくカールしたはちみつ色の髪を元気に揺らして、アレクシスのもとに駆けてくる。アレクシスは彼女の手を取った。
「あら、エスコートしてくださるの!」
エメラルド色の瞳が、ぱっと明るく輝く。嬉しくて仕方ない様子だ。
「ヨハンから、紳士らしく振る舞うようにときつく言われているからね。」
「フロックコート、お似合いですわ。跡継ぎ修行をはじめたのですって?」
「あぁ……うん。父がそろそろはじめたほうが良いだろうって。」
父が肺病かもしれない、という話は伏せた。これは年が近い者同士の「デエト」であると同時に「社交」の場でもある。
「わたくしもお勉強をはじめたほうが良いのかしら」
真剣な面持ちでミルフィオレがつぶやく。
「なんの勉強を?」
「アレクシスさまと同じようなお勉強よ。わたくし、数字には強いんですのよ。帳簿付けとか、お役に立てると思うわ。」
(やれやれ、すっかりその気だ)
アレクシスは心のなかでため息をつく。
この少女は、幼いころからアレクシスと結婚するものだと信じて疑っていない。
立場を考えれば致し方ないかもしれない。アレクシスは勢いのある家の跡継ぎだが、彼女は没落貴族の娘。この縁をのがしたら結婚が難しいかもしれない。彼女がアレクシスを好ましく思っているのは事実だろうが、両親から言い含められている可能性もある。
「それで、君の本日のご希望は?」
「わたくし、お買い物がしたいですわ。」
祭りでお買い物。年頃の娘らしい回答だ。復活祭では卵料理に菓子、花に細工物。女の子の好きそうなものがたくさん並ぶ。
舶来物の雑貨やアクセサリーを売る店も出る。復活祭に関係があるか、なんて二の次、人が集まるところすなわち、モノが売れるところ。商人たちはしたたかなのだ。
「僕が買ってあげるよ。」
アレクシスは少し背伸びして言った。するとミルフィオレは首を横に降った。
「わたくし、お買い物を自分でしたいのですわ。コレを使って!」
ミルフィオレが小さなバッグから取り出したのは、美しいガラスのビーズだった。透明なガラスに、虹のような色が浮かんでいるもの、花の模様がついているもの。二十個ほどはあるだろうか。大きなものも、小さなものもあった。
「花咲きガラスのビーズか。」
「ええ。これはお父様の取り扱っている商品なのだけれど、少し難のある品ですの。」
「難があるようには見えないけどな」
「ビーズの穴が少し歪んでいたり、模様が滲んでいたりするものなのですって。わたくし、今日はこれを《お財布》にするんですの!」
どうやら、彼女はビーズを硬貨の代わりに使って買い物をする気らしい。アレクシスはビーズを手にとる。どれもそれなりに美しく、それぞれ硬貨1枚分くらいの価値はありそうだった。うまく話をすれば、菓子や茶、ちょっとした雑貨くらいとは交換できそうだ。
「良いアイデアでしょう?」
ミルフィオレは得意気に言った。
「わたくしたちがうまくお話すれば、これなんかは、硬貨3枚分くらいにはなるんじゃないかと思いますの。」
ひまわりのような黄色い花がついたビーズを指して、少女が言う。
「こちらはいいとこ1枚分だな。3つセットで2枚分、かも。」
アレクシスも負けていない。
喋りひとつで手元の商品の価値が変わる、そう思うと、2人とも熱が入った。アレクシスは、商家の跡取りとして。ミルフィオレは、未来のおかみさんとして。ごっこ遊びの延長のようなものではあったが、将来への備えでもある。ビーズのだいたいの値幅を決めて、目標を《すべてのビーズを、何らかの商品と交換すること》と定めた。ふたりは祭りへと繰り出した。
――ナッツの揚げ菓子、小さなビーズひとつで、2人分。
――花の髪飾り、サテンリボンとセットで、ビーズ2つ分。
――繁栄を表す縁起物、金色の美しい模様が入った卵の細工 大きなビーズ2つ分。
硬貨で支払うよりも時間はかかるが、ふたりにとっては価格交渉も楽しみのひとつとなった。途中、ビーズを気に入ったおかみさんがお金を出して買ってくれる、なんていう場面もあった。
(商売をするって、こういう感じか)
アレクシスは手応えを感じていた。頭の片隅で、これって、もしかしてヨハンや、自分たちの父親が仕組んだのかしらん、と思わなくもなかったが、それはそれ。親の手のひらの上で転がされていたとしても、モノを自分で売るという経験は面白いかった。
アレクシスだけではない。ミルフィオレも、この売り込みを楽しんでいた。
「楽しいですわね、アレクシスさま!」
頬を上気させて、ミルフィオレが笑う。
「わたくしたちの花咲きガラス、欲しいと思ってくださる方がこんなにいらっしゃるのね。」
ミルフィオレの住む街では、このガラス細工はごく一般的なものだが、アレクシスの街では余り出回っていない。ミルフィオレ自身が身に着けているペンダントが人目をひき、そこから会話がはずむ。妙齢の女性たちがこぞってビーズを欲しがり、一気に6つも売れたこともあった。
ミルフィオレはにこにこと嬉しそうだ。彼女のエメラルドの瞳がきらきら輝くのを、アレクシスは眩しそうに見つめていた。
『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』
原案:神田明子
作:西瓜すいか・差異等たかひ子
企画・制作:Hisshigumi Project
※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。
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