第21話 宝石箱の中の幼子
◯ヴァルミタール家 二階 アレクシスの自室 飾り棚の中 宝石箱 (1902年 3月 深夜)
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アレクシスの自室にある鍵付き棚には、
宝石箱が収められている。
ビロードの内張りの中には、石が4つ。紫、緑、
青、黄色。紫の石は、
新しい主人に思いをはせる。
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アレクシスが眠りについたあと、アメティスは宝石箱の中で、新しい主――アレクシス坊っちゃまのことを考えていた。
アレクシスが幼いころ、アメティスは彼の《先生》だった。
それは彼の父グレゴールの依頼によるものだった。幼いアレクシスにいつまでも一緒に遊んでくれる《先生》を与えたい。それがご主人様が望んだ、《夢》だった。
食事や着替えの世話は、メイドであるズッカが行っていた。しかし、勉強は彼女の守備範囲外だった。そこで、アメティスに白羽の矢が立ったのだ。
もともとアメティスは余り社交的なほうではない。本来宝石少年は主人の要請に応えて客先に赴き、様々な夢を提供するものだが、彼は宝石箱の中に引っ込んでいるのが性に合っていた。
彼の最古の記憶は、天井まで本で埋められた図書室。彼の持ち主は書見台の前に座り、静かに本を読む。持ち主が誰だったのかは思い出せない。しかし、その人物は本を愛していた。その人物が最後に願ったのが――この叡智を、どうか覚えていてほしい、ということだった。
本は焼かれ、彼は本来の役目――図書室の鍵――から切り離された。鍵は捨てられ、大粒のアメジストだけが、時には盗品として、時には商品として、旅をした。
彼は旅路の苦労はほとんど覚えていない。限られた記憶力を、すべて本へ。彼の最初の持ち主の願いが、彼自身に挿入されたかのようだった。
幼いアレクシスは、彼の語る数々の物語を喜んだ。七つの海を巡る海賊の物語。遠い昔の神々の神話。数学、科学、哲学。
(まあ、覚えているはずもないけれどね。)
アメティスからすれば昨日のことのように感じられる思い出も、ヒトであるアレクシスにとっては人生の半分以上昔のこと。わかってはいても、少し、寂しさを感じた。
(仕方ないか。ヒトにとっては、子供が大人になるような月日なのだもんな。)
彼の鍵付き棚に入っていた本は、哲学的なテーマをはらんだ古典小説に、若干官能的なシーンが含まれる流行の小説。社会の退廃を描いた短編集。17才には若干刺激が強いラインナップだ。
(背伸びして買ったものの、目立つ本棚に置いておくのは恥ずかしい、といったところか――)
幼児だった彼が、そんな本を読むようになったのか、と微笑ましく感じた。寂しさはすぐに、慈愛へと変わった。宝石少年の時の流れとヒトのそれは大きく違う。アメティスにとってそれは、慣れた感傷だった。
(グレゴールだって、すぐに大人になり父親になった。彼もきっと、そうなのだろうな)
自分も眠ろう、そう思ったときに、エメラルドが薄く光った。
「せんせい?」
「スマグラーダ。起きてしまったの?」
アメティスは優しく語りかける。サフィルとジョーヌは静かに眠っている。いや、2人はたとえ目覚めたとしても、会話に入ってくることはしないだろう。ジョーヌは優しさ故に。サフィルは単に面倒くさがって、という違いはあるが。
スマグラーダはこの宝石箱の中で、最も幼い宝石少年。保護者役をアメティスがつとめている。スマグラーダはアメティスのことを「先生」と呼ぶ。アメティスにとって彼は過ごす時の流れを同じくする、生徒なのだ。
「こわいゆめを、見たよ」
「どんな夢だい。話してごらん。」
「悪いドラゴンが襲ってくるの。」
「前に話してあげた、この街の伝説のお話だね?」
「そう。黒いドラゴンが火を吐いたよ。それで街が燃えてしまうの。」
「それは夢だよ。」
「うん。知ってる。」
「知っているなら、怖くない?」
「こわい。」
「はは、やっぱり怖いかあ。」
スマグラーダは幼い少年の心を持つ宝石少年だ。
彼ははじめ、もうすこし年が上の心を持っていたようだが、破傷が入ってしまい、星幽心核が流出した。
宝石少年は星幽心核なしに、人格を保つことができない。彼は普通のエメラルドとなり、長い眠りについた。目覚めたのはごく最近だ。
宝石少年としての記憶を一度失い、生まれ変わった彼は、外界の記憶をほとんど持たない。星幽心核の量も少ない。必然的に、幼い心となる。
いちど破傷が入った宝石少年は割れやすい。アメティスは幼いスマグラーダが恐怖を上手に消化できるように、慎重に言葉を選んだ。
「では、前に話した物語では、黒いドラゴンはどうなった?」
「祈りのチカラで、炎がしりぞけられて……」
「そう。それから?」
「聖女様が炎をドラゴンに向けて跳ね返して、ドラゴンがは、石になった……。」
「そう。街は守られた。さて。スマグラーダなら、どうする?」
寓話を自分に置き換えることで、心を癒す手法。心理学の本に書いてあった方法だ。スマグラーダは淡く光を放つと、元気よく言った。
「ボクのチカラで、炎を跳ね返す!」
「それは良いアイデアだ。想像してみて、どうかな、ドラゴンは」
「うーん……ボクの力だけじゃ、やっつけられなさそう。」
「では。先生も力を貸そう。そうすると、どうなる?」
「ドラゴンが、どんどん固まって、石になっていく。」
「そうだ。もう怖くない。どうだろう、眠れそうかい?」
「うん。ドラゴンの羽が、夜空に大きく拡がって、まるで天蓋付きのベッドみたいだよ。」
「それは素敵だ。それでは、すてきな屋根を見上げながら、おやすみ。」
「うん。おやすみ。」
スマグラーダはすっかり安心したようで、すぐに眠りについた。
緑の光は消え、宝石箱の中は、ただの石入れのようにしんとした。明日まで穏やかに眠るだろう。
(アレクシス坊っちゃまは、スマグラーダの状態をご存知ないようだったな……)
スマグラーダとの対面をの方法を、考えないといけないな、とアメティスは考えを回す。片や背伸びしたい年頃の青年、片や幼子。
(いくつか、文献を漁ってみるか……。同じような関係性が出て来る物語を――)
アメティスは色々と思索を巡らせる。自分の存在意義は、人と人との「より良い物語」を作ることなのだから、と、噛み締めながら。
『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』
原案:神田明子
作:西瓜すいか・差異等たかひ子
企画・制作:Hisshigumi Project
※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。
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