第20話 放浪癖の文学青年
◯ヴァルミタール家 二階 アレクシスの自室 (1902年 3月 夜)
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アレクシスの自室。書き物机にベッド。
大きめの窓の横に、
ガラス扉のついた小さな鍵付き棚。
その中には、本。
アレクシスは本の上に転がっていた紫の石を、
鋳造心臓に嵌めた。
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少年挿入 というアレクシスの言葉に応え、鋳造心臓が光る。淡い紫色の光がどんどん濃くなってゆき、光でできた六角柱をなす。大きな結晶のまわりには、同じ形の小さな結晶が、根本から枝分かれするように生えてゆく。
人一人が入る大きさになったあと、光が弾け飛び――現れたのは、モノクルをかけた学生風の青年だった。
大学式服のようなケープ、エスニック風の飾り布のようなものを身に着けていて、異国の僧のようにも見える。帽子は被らず、伸びっぱなしの髪がところどころ肩にかかっている。
「こんばんは。アレクシス坊っちゃま」
「アメティス。それが君の名だね?」
アレクシスはあえて、主人としての威厳を強調した口調で言った。勝手に持ち場を離れる使用人には厳しくあたらなければならない。それがたとえ、年上だったとしても。まぁ、論理づけてはみたものの、実際は、主人を大慌てさせた宝石少年をこらしめてやらなければ、という、子供っぽい感情もあった。
「はい」
「そして、先程の声の主も」
「はい」
悪びれない。どころかニコニコとして、何が悪かったかわからない、といった様子だ。アレクシスはためいきをついた。
「君が宝石箱にいなくて、こちらとしては大変焦ったのだが。」
するとアメティスははじめて、ハッとした顔をした。
「すみません。ジブン、本が近くにあるとつい。」
眉が八の字になって、捨てられた子犬のようになっている。二十代半ばほどの青年に見えるが、表情だけ見ると子供のようだ。
「本に《入って》いた。そう思えばいいのかな。」
アレクシスは再び、ため息交じりに言った。
年齢は逆――というか、どう考えても宝石少年は自分の5倍10倍の時を生きているはずなのに、眼の前のアメジストの化身たる青年に相対すると自分のほうが大人のような気がしてくる。
「はいっ!ジブン、倉庫に居る間は暇で暇で!新しい物語が読みたいと切望していた折に、手の届く場所に本をみつけてしまい、つい。」
「手の届く場所とは、どういう意味なんだ?」
アメティスはアレクシスを見て、一瞬きょとんとした顔をし、しばらくあとにぽん!と手を打った。
「なるほど、アレクシス坊っちゃまは、まだジブンたちの《性質》を知らされていないのですね。」
「《性質》?」
「はい。宝石少年は、鋳造心臓に入り、人の姿となることができるほか、モノや、動物そして魂の力が弱った人間に《入る》ことができます。」
それは、アレクシスも父から聞いていたことだった。
「主人が挿入の手順を踏むことで、宝石少年のチカラ――星幽心核が対象物に移動するのですが、チカラが充分あれば、自発的に対象物に侵入することもできるのですよ。主人の力を借りずとも、ね。」
ソレは、初耳だった
「まぁ、届く範囲はごく近くに限られますが。」
青年は頭をポリポリかきながら、付け加える。
「それが先程の事象、つまり、本に入っていた、ということか。」
「その通りです。驚かせて申し訳ない。」
「もう一つ教えてほしいのだが、いいかな?」
「ジブンで応えられることなら、何なりと。」
色々と聞かれる事が嬉しいのか、少し語尾がはずんでいる。研究者が自分の研究について質問を受けるときは、こんな感じなのかもしれない。アカデミックローブのような衣装とあいまって、アレクシスはそんな印象を抱いた。
「先程の《声》はなんなのだ?」
「あれも星幽心核のチカラです。チカラを視覚に影響させれば、光となり、聴覚に影響させれば、音となって認識される、ということです。この姿も、星幽心核が鋳造心臓を通して爆発的に増幅され、五感に訴えかけた結果、実在するニンゲンのようになって現れている。そう、ジブンは考えています!」
目をきらきらさせて語るアメティスに、怒りがだんだん収まってゆく。勝手に宝石箱から居なくなった、と思って憤りを感じていたが、彼にとってはそれも日常の一部だったのかもしれない。
「アメティス。」
あらためて、アレクシスは彼の名前を呼んだ。
「なんでしょう。アレクシス坊っちゃま」
嬉しそうに、慈しむような声が返ってくる。
「苛ついた態度で接してすまなかった。すでに知っているかもしれないが――僕が君たちの新しい主人だ。」
「存じ上げておりますとも。サフィルとジョーヌから、聞いております。」
「君たちは宝石箱の中で、話をしたりするのかい?」
「はい。お互い、目覚めているときだけですが。」
「君たちは宝石箱の中では眠っていることが多いのか?」
「そうですね。もともと、ジブンたちは地中深くで眠っていた《石》です。必要がなければ、動きません。」
必要がなければ動かない、とはいえ、今日のようなことも起こり得るのだ。彼らも生きていて、意志がある。ならば、これは聞いておかなければなるまい。
「もう一つ質問させてくれ。君たちは自分から鋳造心臓に《入る》こともできるのか?」
アメティスは小首をかしげた。
「ジブンは、試したことはありませんね。モノや動物に侵入するのは『自分自身の力を移すだけ』ですが、鋳造心臓での受肉は違います。アレはチカラの大巾な増幅を伴う。やはり、主人に求められてこそ、成し得ること、と思います。」
やはり、宝石が人の姿になる、というのは、特別なことらしい。勝手に人の姿になって逃げ出すことはない、と知れただけでも、安心した。
「アメティス。ありがとう。」
感謝を述べると、嬉しそうに微笑む。この青年は若干周りが見えない傾向はあるものの、根はお人好しな性格のようだ。父が宝石たちと話をしてみると良いと言っていたのを思い出し、彼に話題を差し向ける。
「君は、本が好きなのか?」
「ええ!大好きでございますとも!本こそ人類の叡智!数多の世界を駆け巡る、魂の旅でございます。」
まるで戯曲のセリフのように、大仰な言い方をする。彼の芝居がかった物言いは、本のセリフから来ているのかもしれない。
「そんなに好きなら、定期的にこの棚に本を入れることにするよ。狭い箱の中で暇なのだろう。」
「本当ですか。なんとありがたい。これで、スマグラーダに聞かせる物語に困ることもなくなります。」
「スマグラーダ?」
「エメラルド、です。彼は――まだ幼い少年なので。」
アメティスは一瞬、エメラルドについて言い淀んだが、アレクシスに気づかれることはなかった。
「そういえば、エメラルドにはまだ会っていないな。今から挨拶できるだろうか?」
「いえ。彼は幼い少年――子供です。もう真夜中です。寝かせておくのがよいかと。」
「君たちにも生活リズムというのはあるんだな。」
「無かったとしても。ヒトの中で生きる為には、そのように教えたほうが良いのです。」
「解った。君は彼の先生みたいだな。」
「先生というとおこがましいですが、そのようなものですね。多くの本を読んでまいりましたから、お話できることが多いのです。」
「読み聞かせを?」
「ええ。七つの海を巡る海賊の物語。遠い昔の神々の神話。数学、科学、哲学、色々と。」
「ずいぶんと幅が広い読み聞かせだ。僕も聞きたいくらいだ。」
ふふっ、と、アメティスは微笑んだ。慈しむように。
「ええ。是非。アレクシス坊っちゃま。」
月はもう傾き、夜明けまで数時間の時刻になっていた。アレクシスはアメティスを取り外しすると、鍵付き棚のものをすべて戻し、宝石箱をしまい、眠りについた。
『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』
原案:神田明子
作:西瓜すいか・差異等たかひ子
企画・制作:Hisshigumi Project
※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。
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第20話までお読みいただき、本当にありがとうございます!
ついに20話。
「もう20話なんだ」と、制作チームもなんだか感慨深い気持ちです。
『ディスポーザブル・キャスト』の第一章について、みんなであれこれ話していた頃が、すでに懐かしく感じられるようになってきました(笑)
というのも――
制作チームは現在、皆さまが読んでくださっている物語よりも、もっともっと先の物語を書いています。
あの頃にはまだ見えていなかった世界や、キャラクターたちの物語も、どんどん広がっています。
でも、皆さまにお届けしている第一章は、ここから後半へ。
まだまだ見届けていただきたい物語が待っています。
ここまで一緒に読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。
これからも『ディスポーザブル・キャスト -夢を見せる宝石少年-』をよろしくお願いいたします!
「続きが気になる」「もっと読みたい」と思っていただけましたら、★評価やお気に入り登録で応援していただけると、制作チーム一同とても励みになります。
それでは、第21話もお楽しみに!




