第16話 賭場の仕事
◯ルビアの街 街道の外れにある酒屋の裏倉庫(1902年 3月 夜)
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
賭場。暗いランプの明かりの中に、
テーブルがいくつかある。
それぞれのテーブルではカードが拡げられ、
金貨や銀貨が積まれている。
賭け事に興じているのは、男が多い。
何人かの女たちが、
男に絡みついて何やらささやいている。
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
賭け事に興じる複数の客たちの間を、給仕がせわしなく歩いている。銅貨を転がして、いかにも仲間内で遊んでいる、という風なグループのテーブルには、酒にナッツ、ドライフルーツが並び、和気あいあいとした雰囲気だ。対象的に、銀貨、金貨が積まれた緊張感漂う卓もある。こちらにも、酒と、銀の盆に載ったナッツ。ナッツの殻を定期的に給仕が掃除して回っている。
「おやあ、初めてでいらっしゃいますか」
店の奥に居る男が、貧乏学生風の青年――ディアマンテに声をかける。
店の客の視線が痛い。見定めるような視線だ。あからさまに嘲笑う者も居る。
ディアマンテは周囲の反応を気にすることなく、大銀貨を一枚テーブルに出す。
この身なりの者がする賭け事の金額としては、及第点だったのだろう、男はふうん、とつぶやいたあと
「そちらのお子さんは?」
いかにも邪魔だ、といったふうに、問いかけた。
子供扱いされたアレクシスは少しむくれた顔をしたが、ディアマンテは表情を変えず「弟だ」とだけ告げた。
「坊っちゃんは、卓につきますか?」
「いや。弟はいい」
「そうですか。じゃ、あのへんに座っていてもらうんですな。ここは――イカサマには厳しい店なんでね」
――どの口で。とアレクシスは内心憤ったが、ディアマンテが目線で制する。アレクシスは卓から離れたベンチに独り、座ることになった。
「何処でこの賭場のことを?」
「噂で」
ディアマンテは口数を意図的に減らしているようだ。正体を悟られないためなのだろう。
「なあるほど、御客様、生活費、学費のため、というところでございましょうか」
ディアマンテは黙ったままだ。
「まあ、よいですよ、この店は、合言葉を知っている者なら誰でも賭けに参加する権利がある。さ、どのテーブルを選びます?」
あいているテーブルは2つ。そのうち1つに、目立つ紋章入の、大きな金の指輪をつけた男が居る。
(あの男だ――!)
ディアマンテも、その男の指輪に気づいたようだ。男の向かいに座り、大銀貨一枚をテーブルに置いた。
「はん、シケてんなぁ、兄ちゃん」
男は馬鹿にしたような表情で、貧乏兄弟を煽る。ディアマンテは表情を変えない。
煽りに乗らない相手だとわかったようで、男はチッと舌打ちをしたのち、無言でカードを配ろうとする。
「こちらが配ってもよいか」
ディアマンテはカードを渡すように促した。男は不満そうながらも――いいぜ。と、カードをディアマンテに渡した。
手持ち無沙汰になった男は、給仕に何かを注文する。
「三、二だ」
ディアマンテが無言でうなずき、カードを切る。カードに不正が無いか、よく確認するのだろうと思っていたアレクシスは意外に思ったが、口には出さなかった。ディアマンテのことだ。何か考えがあるのだろう。
はじめに三枚、つぎに二枚。配り終えたあと、大銀貨を一枚、テーブルに置く。
その後、一つのカードが場に開かれた。ハート。ここで開かれたマークが、特別な役割を担うようだ。
「ルールはわかるな?交換拒否でダブル。完全勝利でトリプルだ」
ディアマンテがこくりと頷く。そうして、カードを手に取る。するとディアマンテの表情が変わった。苦虫を噛み潰したような表情だ。対する男はカードをあけて、ほう、という表情。片眉を挙げて、ディアマンテの様子を観察している。
給仕が酒とナッツを持ってきた。銀盆の上からナッツがコロリと転がり落ちる。給仕が転がり落ちた胡桃を盆の中央に戻した。ディアマンテはカードの束をぎゅっと膝に押し付け、言った。
「あのっ…交換、させてください」
男は嘲笑う。
「何枚だ?」
「四枚……」
ディアマンテは弱気だ。ディアマンテがアレクシスのほうをすがるように見る。弟に助けを求めるのか、と男は笑った。
違う!とディアマンテがテーブルを叩く。グラスのなかで酒が跳ね、卓に赤いシミを作る。
「――すみません」
ディアマンテが、卓のシミを袖先で拭う。
男はつまらなさそうに、酒とナッツに目をやると、ナッツをひとつまみして言った。
「拒否だ。慈善事業じゃないんでね」
(――ディアマンテ!)
アレクシスは今にも声を上げそうだった。近くにいる、仲間同士で楽しんでいる風の男たちは気の毒そうにアレクシスを見ている。
「じゃあ始めるぞ。お前が配ったんだから俺からだ。いいな?」
くっ……とディアマンテが唇を噛む。胴元の男が出したのはダイヤのクイーン。
――と、即座に、同じマークのキングが出される。
「お…?」
男が目を丸くする。怪訝そうにディアマンテを睨みつけるが、ディアマンテはまだ、青い顔をしている。その顔を見て、男の顔に笑みが戻ってきた。
「これが唯一の強いカードってことか。次。」
次、男は自信ありげに次のクイーンを出す。今度はクローバーだ。
――重ねられるのは、キング。
次、ハートのエースが出される。
――重ねられたのは、ハートのジャック。
男が出したカードは、ことごとく強いカードで上書きされてゆく。
「お前!」
男はもう笑っていなかった。
次。ダイヤの10が出され――ディアマンテの手により、ハートの8が重なる。切り札のマークのほうが強いのだ。
四連勝。ディアマンテはもう、微笑んでいる。代わりに顔を真赤にしているのは、男のほうだ
男がハートのクイーンを出すと、ディアマンテは涼しい顔でハートのキングを重ねる。
完全勝利だ。
「六倍」
ディアマンテは無表情で言った。男は給仕を呼びつけてお前!と殴りかかろうのする。店主らしい男がそれを止めた。
「お客さま。ここは、オトナの社交場ですから」
(――なるほど、あの給仕が)
アレクシスもあの給仕がグルなのだということは察しがついたが、どんな方法でディアマンテが不正を封じたのかは全く分からなかった。
(それに、なんであんなに強いカードを。)
キングが三枚もある布陣。あまりにも強すぎた。店主は無言で、ディアマンテに大銀貨一枚と、大銀貨五枚分である金額――小金貨一枚を渡した。
「これで、もうひとゲーム。先ほどと同じ条件で六倍ルールあり。どうか」
ディアマンテは、卓に金貨を一枚、出した。
申し出を受けるべきか迷う男に、店主が何かを囁く。このまま賭けが続くのかそれとも……。
(指輪を、取り戻せるのか?)
アレクシスの視線に気づいているのかいないのか、ディアマンテは、店主に告げた。
「金がいるんだ。その指輪でもいい。それに――あんたたちが買ったら、これも渡そう。家に伝わる宝石だ」
宝石、という言葉に場が色めき立った。
何処から出したのか、ディアマンテの指先の間には、コショウの実くらいの大きさの光の粒が輝いていた。
店主が顔を寄せて、その透明な粒を見る。ランプの光にかざし、つぶさに観察する。
「あんた、これは」
「母の形見だ。これを賭ける」
ガラスとは違う独特の輝きは、それが宝石の王であることを如実に告げていた。
「いいだろう。私が相手になる。君が買ったら金貨六枚と、その指輪。保証しよう。ただし――」
店主は短くいうと、自ら卓についた。
「ゲームを変えよう。アンタのソレを賭けるのにふさわしいゲームがある」
そう言って店主が店の奥から出してきたのは、宝石箱。中には色とりどりの、丸く磨かれた石が入っている。四、五十個はありそうだ。ゲーム用のコマなのだろうが、見た目が美しいので賭場にきている女性陣から感嘆の声が上がった。
あれは水晶かしら、あの薄桃色の石は、ブローチにしたらきっとすてきだわ、などと声が上がる。
「美しいだろう。これは私の得意とするゲームだ。ここにはたまに不埒なやからも来るのでね。カードなら偽装できても、これは――難しい」
店主が黒のビロードを拡げると、じゃらり、と、宝石箱の中から石がこぼれ出る。
親指の先ほどの大きさで、丸く磨かれた石たち。確かにこの駒を偽装するのは難しそうだった。美しさと不正対策を兼ねたオリジナルの駒、ということだろう。
すべての石を箱から出すと、店主は言った。
「石取りだ。いちどに5つまで。最後の1つを取ったほうが、負けだ。先行後攻はダイスで決める。いいな」
ディアマンテはこくりとうなずいた。
ダイスを振る。大きなほうが先行だ。ディアマンテが4,店主が6.店主が先行に決まった。
ざらり、と宝石の山が場にすべて出される。
このゲームのルールは単純だった。いちどに5つまでの石を取ってよく、最後の1つを取らされたほうが負け。
石は水晶が多いようだったが、薄桃色のものや、緑の斑点が入った石、蛍石やヘマタイトのような石も混ざっていた。石を握るたびにかちり、と、高い音が響く。
店主は迷いなく、一度辺り3つ、4つ、など、石を取っていく。ディアマンテは時々悩みながら、石をとってゆく。
アレクシスは給仕や、あの黒ドレスの女のように着飾った女性が何か不正をするのではと注意深く見ていたが、そのような気配はない。テーブルの上に広げられた赤ビロードの上で、美しい石が音を立て、刻一刻と減ってゆく。それぞれの皿の上に重ねられた石が増えてゆく。
卓の上の石は随分と少なくなった。
突然、店主が叫んだ
「――いかさまだ!」
店主の顔から余裕の笑みが消え、唇はわなわなと震えている。
卓にのこったのは、一粒の水晶。
そして、ソレを取るのは――店主だった。
「勝ちだ。約束通り、金貨六枚とあの指輪。貰うぞ」
ディアマンテの瞳がランプの炎を映し、ぎらりと光った。遠目には微笑みに見えるが、目が笑っていない。
「こ、こいつ……」
店主は穏やかな所作を忘れ、完全に悪党の表情になっている。
「やれっ!やってしまえっ!」
客たちに動揺が拡がる。おそらく一般客であろうと思われる女性は連れの男の陰に隠れて怯え、老紳士は店主を諭そうとしている。しかし、おそらく店と繋がりがあるであろう男たちは、もう戦闘態勢をとっている。先程カードで対戦した男も同様だ。
「イカサマとはどのような?」
ディアマンテは、微笑んで言う。もう貧乏学生の芝居はやめたようで、普段のように優雅な口調に戻っている。ボロをまとっていても分かる、そのきらめき。
「石の数を。操作しただろう。数えろっ!すぐにだ!」
「どうぞ」
ディアマンテは迷いなく、自分の皿を明け渡す。給仕たち――おそらく、この店の《手下》たち――が慌てて数を数える。
「32です!」店主の皿を数えた給仕が言う。
「こちらは28」ディアマンテの皿を担当した給仕が言う。
「数は――合っています。ボス」
「――あわせて60。合っていたんですね」
微笑むディアマンテ。「嘘だ……」とつぶやく店主を横目に、金の指輪を持つ男のところへ歩いてゆく。
「指輪を」
周囲には一般客もいる。さすがにここで暴れるのは外聞が悪いと判断したのか、男は素直に指輪を渡した。
「金貨は?」
店主はふうっ、と、感情を押さえるように息を吐くと、店の奥から小金貨を6枚出してきた。
「二度と来るな」
「来ませんよ」
ディアマンテが、ベンチに座るアレクシスに手を差し伸べた。
「――行くぞ」
貧乏学生の芝居は終わりだが、兄弟の芝居は続いていたようだ。アレクシスは「うん、兄貴」と、あえて大きな声で言い残すと、店を出ていった。
『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』
原案:神田明子
作:西瓜すいか・差異等たかひ子
企画・制作:Hisshigumi Project
※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。
____________________
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
『ディスポーザブル・キャスト』を面白いと思っていただけたら、ぜひ応援していただけると嬉しいです。
ページ下部の【★評価】や【ブックマーク】をしていただけると、今後の連載の大きな励みになります!
ご感想も大歓迎です。
「このキャラクターが気になる!」など、一言でもぜひ聞かせてください。
毎日更新していきますので、これからも『ディスポーザブル・キャスト』をよろしくお願いいたします。




