第15話 宝石の王は完璧を志向する
◯ルビアの街 中央広場に至る道 (1902年 3月 夜)
ディアマンテの突然の申し出に、アレクシスはどう答えたら良いかわからず、ヨハンに助けを求めた。
ヨハンがふう、と軽いため息をつく。
「ディアマンテはいつもこうなのです、仕事となれば《完璧》を目指したがる」
なるほど、宝石の王たるダイヤモンドは、不完全が嫌いなのらしい。アレクシスがうーん、と悩んで居ると、モアゴールドが口を挟んだ。
「《こらしめる》――つまり、財産を取り返すことができる、というのかね」
質問はディアマンテに向けられている。ディアマンテの瞳が一瞬、主人のほうを向く。アレクシスが答えてかまわないよ、とうなずくと、ディアマンテはモアゴールドに向けて口を開いた。
「はい。可能と思います」
「本当か。実は、我が家に伝わる指輪もとられてしまってな、それでだけでも……」
財産はともかく、それだけでも、ということらしい。大切なものなのだろう。
「いかがいたしましょう、若旦那様」
そこまで聞いてしまっては、請けないわけにはいかない。
「解った。ヨハン、良いだろうか。帰りは遅くなってしまうけれど」
「問題ございません。が、ディアマンテが本気になると、長いかもしれませんよ」
夕飯の時間をとうに過ぎている。食事に特化した店はもう閉店の時間。残るは酒場や夜の店ばかりという時間だ。
「まあ、いいよ。僕だってもう学生でもないのだし。ちょっとくらい遅くたってよいだろう」
アレクシスはディアマンテに向き直った
「ディアマンテ、モアゴールド先輩の指輪を取り戻す。頼めるかな」
「もちろんでございます。若旦那様」
満面の笑顔で答える。よほど《こらしめる》をやりたかったと見える。
モアゴールドから賭場の場所や、どんな賭け事をしたのかを聞き取る。街道の端っこにある酒場の裏、倉庫で賭け事が行われているのだという。強い酒を飲ませて気を大きくさせ、美人がおだてて、賭け事で遊ばせる、というのが手口のようだ。
「必ず勝てる、財産が倍にはなる、と言われたんだよ……」
「先輩、それ、どう考えても詐欺じゃないですか」
「酒というのは怖いものだな」
「そもそも先輩は、お金に困ってなどいらっしゃらないのに――」
「例の女がだなあ、新しいアクセサリーが欲しい、あなたが勝ってくれたら、そのぶんで買えますわ、なあんて言うもんだから」
ただでさえ小さいモアゴールドは、よけい小さくなっている。
「それで、どんな賭け事だったんです」
「カードだ。相手より強いカードを出したほうが勝ち。5回対戦して0点負けだと掛金三倍のペナルティ」
「0点負けだったんですか」
うむ、とモアゴールドが頷く。
ディアマンテはそれを聞いて「なるほど、アレですか」とつぶやいた
アレクシスが知っているのか、と問うと、ディアマンテは微笑んだ。
「はい。とてもシンプルな賭けごとです」
「ああ、私も自信があったのだ。あれは運もあるが、頭を使えば大きく負けることはない、はずだったのだが――。まるで手札がバレているかのように、煽られて」
「モアゴールドさま。相手には、手札が見えていたのだと思います」
モアゴールドは「ばかな」と一瞬言い返したが、すぐにはっとした
「あの女か!」
「そうです。その女性は何かを手にしていませんでしたか。例えば、扇とか」
「持っていたぞ、赤い羽飾りのついた扇を!」
「イカサマ、というよりは心理トリックですね。味方のふりをしてカードを覗き込んで助言をし、実際は相手方に合図を送っていたのだと思います」
モアゴールドは、タネがわかればなんということはないのになあ、と、自嘲した。
人の良さが仇になった形だ。
「それで、あの、どれくらい損を?」
「はじめに小金貨一枚を賭けたんだが――」
小金貨一枚といえば大銀貨の五枚分。ざっと、メイドの月給くらいだろうか。
「煽られて二倍のペナルティ、それから0点負けで三倍のペナルティ」
「六枚ってことですか!?」
それはなかなかな額だった。小市民なら生活が傾くレベルだ。
「当然そんなに持ち合わせはなかったんでね、それで、ゴロツキが出てきて――あの有様さ。賭けの対戦相手は我が家の指輪を気に入ったようでな、指にはめて周囲に自慢していたよ。」
小男は背中を丸めている。
その様子を見て、ヨハンがモアゴールドに告げた。
「モアゴールドさま、ヴァルミタール家の者が、これからひと仕事してまいります。少々、お待ちいただけますか」
「私は行かなくて良いのか」
「モアゴールド様は賭場に顔を知られております。我々はこれから、多少変装をしてから、賭場にまいります」
「――そうか。先に家に帰るとするかな、では、君たちへの謝礼も用意せねばならんし。辻馬車をつかまえて――」
アレクシスが口をひらいた。
「送っていってさしあげて。ヨハン」
もう、辻馬車もまばらな時間だ。それに先輩は一文無しだ。
「良いのですか、若旦那様。ディアマンテとふたりで」
ヨハンは新米主人の采配に少し驚いた様子を見せた。何せ今日がアレクシスにとって初仕事。そして賭場などという、普段出入りしない場所に――。小さいころから彼を知っている執事としては、心配が先にたった。
「うん。もともと、僕たちの初仕事だからね」
アレクシスが軽く胸を張る。その様子を見て、ディアマンテは若き主人を、まぶしそうに見つめる。
ヨハンと、ディアマンテが視線を交わす。「若旦那様の初仕事を、よきものにしよう」と。
アレクシスは、ふたりの視線に気づくことなく、モアゴールドにいたわりの言葉をかけている。
ヨハンは苦笑しながら「見ているだけの簡単な仕事、ではなくなってしまいましたがね」と言い、送迎業務を受け入れた。
ヨハンはモアゴールドを馬車に乗せ、家まで送っていく。
ディアマンテとアレクシスがその場に残された。
「若旦那様、すみません。おつかれではないですか」
宝石少年と違って、人間は疲れるものだ。それをつい忘れていたディアマンテは慌てて問うた。
「平気だよ。それより、どうやって賭場へ?変装をする、ってヨハンは言っていたけど。」
冷静に考えれば、顔が割れているのはディアマンテも同じだった。先程のゴロツキが、賭場に連絡した可能性もあるだろう。
それに、モアゴールド身ぐるみ剥がすような連中だ。目をつけられたらたまったものではない。
「そうですね……若旦那様、こちらへ」
アレクシスはディアマンテに促され、木の影に入った。そもそも夜の通りに人影はまばらだったが、ここならば通りからは見えない。人がいることすらわからないだろう。
「おっしゃるとおり、変装が必要です。支度をいたしましょう」
ディアマンテはそう言うと、胸元にふっと手をあてた。
次の瞬間、美しいブルーグレーの瞳だけはそのままに、ぼさぼさの髪に質素な身なりの、まるで別人のような青年がそこに立っていた。古びたシャツに、くたびれたズボン、横がけのボロい布のバッグ。貧乏学生ここに極まれり、といったような出で立ちだ。
「いや、待って」
アレクシスは思わず声を上げた。つい先程まで、ここにいたのは執事風の美青年であったのだ。それが、どうして?
「申し上げましたでしょう。ある程度、自由な姿を取ることもできますと」
「確かに聞いた。だが、ここまで姿を変えられるなんて聞いていない」
アレクシスの疑問にはとりああわず、 ディアマンテは平然と言った。
「これなら、まず気づかれはしないでしょう」
「ディアマンテは変装できるかもしれないけれど、僕は――?」
心配にはおよびません、と、ディアマンテは布バッグからメガネと大きなハンチング棒を出して、アレクシスに被せた。
流れるような手つきでフロックコートを脱がせると、丁寧に畳み、大きな袋に入れる。
シャツやベストを着崩させると、あっという間に「下町の少年」が出来上がった。
「掛金はどうするの?」
こちらで、とディアマンテが出したのは、大銀貨一枚。指輪を取り返すだけなら、この金額で良いということなんだろうか?
(まぁ、確かに、小金貨一枚を賭けるのは現実的じゃあないよな……)
モアゴールドのような大富豪の家ならともかく、ズッカやチェリカの一月分の給料を賭け事に、というのは、アレクシスも首を縦にふりずらかった。
大銀貨が五枚で小金貨一枚。奪われたのは小金貨六枚分。金の指輪は――安く見積もっても小金貨三枚分はあるだろう。
(指輪だけでも取り戻せたら、御の字、ってことだな――。)
少し不安そうなアレクシスに、宝石の王の化身ははにっこり笑って、手を差し出した。
「さて。参りましょうか。その賭場へ」
『ディスポーザブル・キャスト-夢を見せる宝石少年-』
原案:神田明子
作:西瓜すいか・差異等たかひ子
企画・制作:Hisshigumi Project
※本作は複数の小説投稿サイト・媒体にて同時掲載しています。
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